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天国の扉  作者: 藤井 紫
第一章 奴隷皇子と亡命の魔女
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4-4

 小屋に戻り、着替えの服にそでを通した。荷物の中から聖典を取りだし、光の刺すところでページをめくる。

 悪魔が人の手で火あぶりにされている絵だった。悪魔の肌は真っ黒で、耳がとがっている。ジェードはこのページが嫌いで破り捨てたかったが、聖典を破ることはできなかった。この絵を見ると、ルースが魔女疑惑を受けて王都ランスで処刑されたことを思い出す。

 聖典によると、魔女(ウィッチ)とは悪魔と肉体関係をもって契約し、不老の肉体を手に入れた人間のことだ。四年前、ルースの妊娠を知った村人たちは、王都へ連行されるルースを助けることはできなかった。

 村の誰もルースを助けてくれなかったことをジェードはずっと心の奥で恨んでいる。ただ、家族も九歳だった自分にもどうすることもできなかった。

「ルー姉さんは魔女(ウィッチ)じゃないわ。悪魔は真っ黒でこんな恐ろしい姿なのに。もし姉さんが魔女なら金の髪の子が生まれるわけないじゃない」

 聖典を見つめて、ひとりつぶやいた。怒りなのか悲しみなのかよくわからない感情が心の底でもやもやする。

 金の髪の子が生まれるかもしれないと言う秘密を守らなければ良かったのだろうか。そうすればルースの魔女の疑惑ははれたのだろうか。

 天使に祈ったが、姉を助けてはくれなかったのは、きっとルースが天使(クライス)の教えを破ったからだろう。

 姉のお産を手伝う約束をし、本当に楽しみにしていたのだ。姉に似た黒髪の子でも、天使のような金の髪の子でも、生まれてくるのを心待ちにしていた。

 そしてルースが天使に会えたように、自分も天使に会えると期待もしていた。

 姉を失ってから、ジェードは自分のこころを見失っていた。誰が悪かったのか、誰を恨めばいいのかわからずに生きてきた。

 ジェードはページをめくって天使の描かれた挿絵を探した。白い衣服を身に着けた天使の挿絵を見つけると、優しく指でふれる。

「【天使】様、聖地に行けば【天使】様にお会いできますか?」

 瞳を閉じて、心の中から真摯(しんし)に祈る。

『ええ――』

 ジェードの心の中に【天使】の声がきこえた。




*   *   *   *   *




 ヴァロニアを出発してから約三週間。

 その日ジェードは朝日が昇り始めるとすぐに無人の宿泊所を出発した。この宿泊所の壁画は、聖典の最後の挿絵とおなじだった。

「ウーノ、きっともうすぐ聖地よ」

 そう相棒に声をかけ荷物を馬の背に乗せる。そして、自分も馬にまたがり、道を進んでいった。

 木々のトンネルを抜けると、周りの景色がどんどん赤茶けた色に変わってきた。この先にはもう森はなさそうだ。

 あちこちに石垣があり、そこには鮮やかなピンクの花が群生していた。燃え上がる炎のような花にジェードは心を奪われた。春に咲く薄ピンクの花は見たことがあるが、こんなに鮮やかなピンク色の花は初めて目にする。そこかしこに群生する花が、ジェードを歓迎してくれているようだった。

「確か、国境を超えたら聖地だって聞いたけど、国境はどこなのかしら?」

 ジェードが学校で習った知識では、国境を越えた西側が聖地オス・ローだ。昔はたくさんの巡礼者が聖地を目指していたと言うのだから、聖地オス・ローはアレー村よりも大きな町なのだろう。

「もしかしたらヘーンブルグ領全体よりも大きいのかしら? 王都(ランス)みたいに都会なのかも」

 今ごろ、アレー村を出て今まで誰にも会わなかったことが不思議に思えてきた。森の中にはオオカミもいなければ野党もいなかった。聖地との国境なら誰か人がいるかもしれないと思ったが、いつまでたっても人気はない。

 赤茶けた土は徐々に薄茶色の乾燥した砂地に変わっていった。

 さらに気温が急激に上がっていて、ジェードはそでをまくり上げ胸元のボタンを一つ外した。徐々にきつくなる日差しが、ジェードの左頬を刺す。

 ジェードは慣れない熱さに耐えられず、防寒のための外套を頭からかぶって日差しを防いだ。

「天使様、聖地はまだなの……? 国境はまだなの……?」

 ジェードが首やこめかみににじむ汗をぬぐいながらつぶやくと、

『このまま海岸沿いを南へ――』

 と【声】が後押しした。

 国境がどこかもわからず、砂地ではどこが道かも良くわからない。

 ジェードは天使の声にしたがい、太陽の方向へと馬を向けた。




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