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天国の扉  作者: 藤井 紫
序章
1/193

1.火刑台の魔女

 もうすぐ、魔女の処刑が行われる。

 王都ランスの石畳の広場では、おとといから処刑の準備がすすめられていた。

 三人の役人が、広場の真ん中に組まれた火刑台のまわりに、枯れわらを積みあげている。

 ふだん露店が並ぶ場所には、荷馬車の荷台だけが並べられていた。おそらく観衆たちがそれにのぼって、処刑を見物するのだろう。

 秋風の吹く中、子どもたちはいつもと変わらず広場を駆けまわっている。雲は飛ばされ、湿気もなく、妙にすがすがしい秋晴れだ。


 正午の鐘が街に響いた。

人々は徐々に広場に集まり、見物の場所とりが始まった。広場がすっかり見物人で埋めつくされたころ、再び鐘の音が乾いた空に鳴り響く。

 まだかまだかと人々が騒めきだしたころ「道を開けよ!」と声をはりながら、数人の兵士が人を押しのけて中央に突き進んできた。

 いよいよ魔女の登場だ。

 今日処刑される魔女は、頭から腰のあたりまで、すっぽりと大きな麻袋をかぶされている。年寄りなのか若いのか、男か女かもわからない。

 前後を役人に挟まれ、周りが見えないのかぎこちなく歩いてくる。袋の中で両手をしばられているらしく、まるで家畜をあつかうかのように、前をゆく兵士が縄をひく。魔女の服の裾は石畳をこすってボロボロで、ちらりと見える足は裸足で黒くよごれていた。

 一人の男の子どもが魔女に近寄ってきた。うまい具合に魔女の横を並んで歩む。後の兵士に「しっ! しっ!」と追い払われるが、好奇心が勝るのか、かがんで麻袋の下から魔女の姿を覗きこんだ。

 だが、袋の中は暗くて、どんな人物なのかわからない。

「おまえ、本当に魔女ウィッチなのかよ?」

 子どもは魔女の服をつんつんと引っぱった。

「……そうよ」

 上から聞こえてきたのは、か細い女の声だ。

「なぁ、本物の魔女ウィッチは火あぶりでも死なないんだろ? お前は本物?」

「…………」

 今度は返事がなかった。

 しばらくすると、魔女は「あっちへ行って」と、足元をうろつく子どもを軽くけとばした。けられた男の子はチッと舌打ちして、周りの群衆に紛れていった。

 人ごみをぬけ、観衆の真ん中、火刑台の後ろに着いたところで、魔女にかぶされていた麻袋が外された。

 観衆は息をのみ、魔女の姿に注目した。広場が一瞬しずけさに包まれた。

 まだうら若き乙女だった。

 黒く波打った髪が、風にさらされ肩と背中に広がる。

 その姿を見て、観衆が再び騒めきだした。

――【黒】だ

――魔女だ

――【黒】い髪だ

 黒髪の乙女は、髪と同じ漆黒の瞳で、観衆をぐるりと見まわした。



 黒髪の少女は深呼吸した。

 これから大舞台が始まる。

 観衆は金髪に青い瞳の者ばかりだった。その中に、知っている顔がないことを確かめて胸をなでおろす。

 立派な服を着た司祭が、少女の目の前で長ったらしい文言を詠みあげているが、もう何も耳に入ってこない。

 故郷の村にいる小さな子どもたちには嘘のような本当の話をたくさん聞かせてきたが、今からこの舞台で言うことは全て嘘だ。だが、いずれこの嘘はまこととなると、少女は信じている。

(きっと、()()()がわたしの想いを引き継いでくれる)

 おびえたそぶりを観衆に見せてはならない。この国を変えるためには、みごとに魔女を演じきらなくてはならないのだ。

 長衣を着せられていなければ、足が震えているのがばれていた。

 兵士にされるがままに、舞台に立たされ、磔柱はりつけばしらに体をしばられた。

 その時、ふっと手に掛けられている縄が緩むのを感じ、少女はハッとした。このまま両手を強く引き離せば、縄は簡単にはずれそうだ。

 仕掛けた犯人に心当たりがあり、少女は胸が熱くなった。こんなことを簡単にやってしまうのは()()()しか居ない。きっと逃げ出せるようにと活路を開いてくれたのだろうが、もう体はしばられていて動けない。

 それに初めから逃げるつもりはない。しかし、少女にとってこの仕掛けはありがたかった。

(……感謝します、()()……)

 心の中でそっとつぶやいた。

 役人と司祭が順番に通り一遍なことばを述べると、最後に魔女に弁を許した。

(さあ、魔女を演じるのよ)

 体はしばられて動けないが、少女は手首にかけられていた縄を観衆の見守る中で引きちぎってみせた。

 少女の力でちぎれるような縄ではない。魔女が逃げ出すのではないかと、広場にどよめきが起こった。

 そのどよめきを鎮めるように、少女は手ぶりとともに声をはった。

「この場に居合わせた、不幸な者どもよ!」

 少女の言葉を聞こうと、広場は今までになく静まり返った。準備された松明の火のはぜる音だけが聞こえる。

「わたしの体を燃やし、灰にするがいい!

 たとえ一度命を落としたとしても、わたしは悪魔の力によって蘇り、ふたたびここに戻ってこよう

 この後、国がいくつか滅ぶだろう

 そして世界は変わるのだ

 その時になってようやく、愚かなお前たちは、真実だと思っていたことが、すべて虚妄きょもうであったと気づくだろう

 本当の神の姿を知らぬ者どもよ

 ヴァロニアに呪いを!」


 その言葉の途中で火が放たれた。観衆からは歓声がわきあがる。

 乾いたわらは驚くほどよく燃えて、あっという間に白と黒の煙が広がってゆく。近くに陣取っていた者は、目と口元をおさえて後ろへと人々を押した。

 煙にまかれて、少女の姿は見えなくなった。悲鳴も何も聞こえてはこない。


 魔女は死んでしまったのだろうか――。

 人々がそう考えはじめた時。

 突然、広場全体が黒い天幕で空がおおわれたかのように、昼間と思えぬ闇に包まれた。辺りが一瞬にして真っ暗になった。

 まだ昼間のはずだ。その異様な暗闇に、観衆の大半が悲鳴をあげ逃げだした。

 逃げそびれ、その場に残っていた者は、全員恐ろしい光景を見ることになった。

 暗闇の真ん中、ほのおと煙の横に浮かぶのは、本物の【悪魔】の姿だった。




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