7. エピソード6 皇后の健康診断
ロゼリアは早速母親である皇后に体温計と血圧計それと聴診器の話をした。皇后は頭痛や眩暈など体調に不安を覚えていた。主治医であるドクトリヤ公爵にもそのことを相談していたが、年齢のせいや疲れからきているのではないかといわれるだけだった。なのでロゼリアの医療器具に対する話には興味を示した。そこで、ドクトリヤ公爵夫人とファルマシヤ侯爵夫人を招いてお茶会を開き、そこにセレーナを呼び三人で健康診断を受けることを考えた。もちろんその席には、ロゼリアはもちろんのこと、カトリーヌとクリスティーヌも同席させることにした。お茶会の趣旨はドクトリヤ公爵夫人、ファルマシヤ侯爵夫人には秘密にして、カトリーヌを通してセレーナとクリスティーヌには知らせてあった。
「「皇后陛下にご挨拶申し上げます。ロゼリア皇女殿下、カトリーヌ皇女殿下にご挨拶申し上げます」」
ドクトリヤ公爵夫人とファルマシヤ侯爵夫人がそれぞれ皇后と皇女に挨拶を述べお茶会が始まった。
少しばかり世間話が進んだ後、皇后は最近の健康状態について話し始めた。
「最近、頭痛や眩暈がするのよね」
そう話すとドクトリヤ公爵夫人とファルマシヤ侯爵夫人も同じような症状を話した。
「それではセレーナ嬢に診察していただいてはどうですか?」
ロゼリアが発言すると、ドクトリヤ公爵夫人は、
「お恐れながらロゼリア皇女殿下、いくら家の娘が父親から医術の心得を学んでいようとも、皇后陛下の診察をするほどの腕前はありませんわ。皇后陛下もそう思いますわよね」
と、否を唱えた。しかし、皇后は、
「よいではないか、どれほど成長したか見るのも面白かろうて。セレーナ嬢はロゼリアの診察も行ったのであろう。何やら新しい診察器具を用いて。私のことも診察してはもらえぬか?」
そう発言し、セレーナの診察を受け入れることにした。
二つの体温計での検査では正常であった。しかし、血圧計での測定では、血圧が少し高めであった。
「左様であるか。して聴診器とやらでの診察はいかがするのか?」
「はい、皇后陛下のお召しになっていらっしゃるドレスの上からは少々無理があります。リラックスなさる時の服装でならば可能ではありますが」
「分かった。ならば今から着替えてまいろう。しばし待っておれ」
皇后は聴診器での診察の際、このような展開になるとロゼリアから聞いていたので、事前にラフなドレスを用意させておいた。なので十分少々で簡素なワンピースに着替えてお茶会の部屋に戻ってきた。
それを見たドクトリヤ公爵夫人は、セレーナの頭を捕まえて皇后に向かい頭を下げさせ自分も頭を下げた。
「よいよい、こうなることはロゼリアから聞いていたので何も謝ることではない。体面よりも健康の方が大事じゃからのう。セレーナ嬢、私から詫びよう。診察してくれるか?」
「はい、では聴診器で胸の音を聞かせていただきます」
セレーナは丁寧に皇后の胸の音を聞いていった。聴診器での診察を終えた後、セレーナは「失礼します」と言って、頭や首筋、肩を触って行った。
「胸の音を聞く限り異常は御座いませんが、先ほどから頻りに目を気にされているご様子を見る限り、目の疲れが頭や首筋、肩の血行を阻害し、頭痛を引き起こし眩暈も引き起こされているのではないかと思われます。血圧も少々高めであったことから、塩分の摂りすぎも考えられます。塩分を取りすぎると、心臓や脳、腎臓などにも負担がかかる病気になってしまいますので、先ずは塩分をお控えになられて、目のつかれるようなことはお控えになって運動をなさってください。特に肩回りの筋肉を解すようにして」
「そうか、最近公務が忙しく目を酷使していたからのう。塩分のことはシェフに伝えるとして、運動はどのようなことをすればよいかのお」
セレーナは少し考え、
「普段お召しになっているドレスではなく、動きやすい服装で散歩なさるのが良いかと思います。あとはメイドに手伝ってストレッチをするのも良いかと思われます」
「乗馬や剣術はどうか?」
「そうですね。健康状態が戻ってからならば大丈夫です。気分転換になって良いかもしれません」
「そうか、合い分かった。セレーナ嬢よありがとう」
「それと皇后陛下、頭痛が酷いときはこれをお飲みください」
と薬瓶を差し出した。
「一回一錠でお願いします。もし頭痛が引かなくても四、五時間は間をおいて飲んでください」
「これは?」
「カトリーヌ皇女殿下が開発し、クリスティーヌ嬢が錠剤にした解熱鎮痛薬でございます」
「そうかカトリーヌが開発をねぇ。もしかしてロゼリアが飲んだのもこれか?」
「はい、その時はクリスティーヌ侯爵令嬢が飴状にしました」
「三人とも医療に関して良き知恵をもっているのだな」
「ありがとうございます」
「さて、私の診察が終わったのならば、今度はドクトリヤ公爵夫人とファルマシヤ侯爵夫人の診察の番ですわね。セレーナ嬢頼めるかしら?」
「はい、承知致しました」
セレーナはそういうとドクトリヤ公爵夫人とファルマシヤ侯爵夫人の診察を始めた。二人とも血圧が高く塩分控えめを言い渡されていた。
皇后はお茶を飲みながら思い出したように言葉を紡ぎだした。
「それはそうと三人は今年で六歳であったな。六歳であれば九月にアカデミー附属初等部の入学となるが」
これはカトリーヌとセレーナ、クリスティーヌへ対する質問であったが、ドクトリヤ公爵夫人、ファルマシヤ侯爵夫人に対する質問でもあった。
「私は初等部に入学したいとは思いますが」
そうカトリーヌは応えたが、
「実験や開発もしたいと」
「そうです、お母さま」
「このことについては皇帝陛下に相談しましょうか」
お茶会が終わり、皇室の夕食ではいつもと変わったことが起きた。
「味が薄いな。特に塩味が」
皇帝が言い出した。
「私、塩分の摂り過ぎと言われましたので、今夜の料理から塩分を減らすようにシェフに伝えました」
「誰に言われたのだ?」
「私の主治医ですわ」
「ドクトリヤ公爵か?」
「違いますわ。ドクトリヤ公爵の令嬢、セレーナですわ」
「公爵の娘か。医療の実力はあるのか?」
「機械を用いて数値化もしていましたわ。そして薬も処方してもらいました。薬草ではなくてね。実際飲んでみましたけど、最近悩まされていた頭痛も治りましたわ。薬を開発したのはカトリーヌですけど」
これには皇帝も黙るしかなかった。
「それより、カトリーヌは今年六歳になり、九月にはアカデミー附属初等部の入学時期になりますがいかがなさいますか?」
「ロゼリアとライオネルは六歳でアカデミー附属初等部に入学したのだ。カトリーヌが入学してもおかしくはないだろう」
「そういう意味ではありません。あまりにも優秀過ぎてつまらないのではないかと思って。それに実験や開発に使う時間も必要でしょう」
「だからと言ってどうするというのだ?」
「飛び級でアカデミーに入学させるというのはどうですか?」
「ダメだダメだダメだ。今までの規定通り初等部に入学させる。それでいいなカトリーヌ」
カトリーヌは、これは何を言っても仕方がないなと判断し、首を縦に振るだけだった。カトリーヌとしては飛び級してアカデミー附属高等部かアカデミー自体に入学したいと考えていたが、頑固な父親によってその道を閉ざされてしまった。このまま歳を重ねるまましか学年を過ごさなければならなくなれば、医療革命に遅れが生じてしまう。本来なら救える命が救えないことも起きるかもしれない。そう考えるとカトリーヌはやりきれない気持ちになってしまった。




