6. エピソード5 健康管理
今回の一件でセレーナは体温計と血圧計それと聴診器の必要性を感じた。確かに父親であるドクトリヤ公爵はこの世界での医師としては優秀で、帝都にある国立病院の医院長も務めている。ただそれはドクトリヤ公爵の特殊魔法のおかげであり、他の医師がは軽い治療魔法を使うか薬草を処方する程度である。それに魔法がなければ医師になれないのはおかしな話だし、看護師の数もまるで足りていない状態だ。そういうこともあり、セレーナは皇宮内のカトリーヌの実験室で魔鉱石を使った体温計と血圧計それと聴診器の開発に取り組んでいた。
一ヶ月が経った頃、ロゼリアがカトリーヌの実験室に来た。
「どうしたのですかお姉さま?実験室にいらっしゃったのは初めてですよね。こんな雑多な場所をお見せするのはお恥ずかしいですわ。お茶を入れますからお待ち願えますか?」
「ロゼリア皇女殿下、クリスティーヌ ファルマシヤご挨拶申し上げます」
カトリーヌとクリスティーヌがロゼリアの出迎え。その間ロゼリアはセレーナの方に歩み寄った。
「セレーナ嬢、何を作っているの?」
実験に集中していたセレーナは、ロゼリアが近づいてくるのも気が付かず体温計の開発を行っていて、ここで無礼を働いたことに気が付いた。
「も、申し訳ありませんロゼリア皇女殿下。ご挨拶が遅れました。今は魔鉱石を使った体温計を開発しております」
「よいよい、妹の実験室にわらわが来るなど誰も思うておらぬだろう。実の妹すらあの慌てようじゃ。それより体温計とな。それはどういったものじゃ」
「人間の体温は平均三十六度から三十七度の間にございます。父のドクトリヤ公爵は特殊魔法で患者の体温を見ることが出来ますが、それを一般の人は出来ません。ましてや臣民にとっては無理な話です。なので、臣民も体温を自分で測れるようになったら健康管理に使えるのではないかと思い開発しております」
ようやく、カトリーヌが慌ててお茶と茶菓子を用意してきた。
「お姉さま、わざわざここまでおいでになるとは何事かありましたか?」
「いや、先日の件でそなたらの功績に何も報いてやれぬのが気になっていたのだ。何か褒美はいらぬか?」
ロゼリアは体力が回復したころ、カトリーヌの部屋を訪れ飴の正体を聞いていた。カトリーヌが開発した薬をセレーナの診察の元、クリスティーヌが飴状にして服用しやすいように工夫したことを聞いていた。
セレーナとクリスティーヌは恐れ多いこと丁重に断ったが、カトリーヌは違った。
「お姉さま、よろしければセレーナが開発中の体温計と血圧計に聴診器、それに私が作る薬の宣伝を行ってはもらえませんか?」
「例えばどのようなことを?」
「簡単な話です。毎日検温と血圧の測定をしていただき、セレーナが診察の折には聴診器の使用を許してくださいませ。あと、処方した薬を飲んでいただきその結果をお聞かせ願えれば。もちろんお姉さま自身だけではなく、メイド達のデータも下されば幸いです」
「そのようなことか。簡単な話ではないか。心に留めておくぞ。体温計と血圧計そして聴診器の開発楽しみにしておるぞ」
しばらくの間、ロゼリアはセレーナから体温計と血圧計そして聴診器の仕組みについて説明を受けてから実験室を後にした。
「セレーナ、良かったわね。これで体温計と血圧計それと聴診器の宣伝は約束されたも同然よ。クリスティーヌも飲みやすい薬の開発に忙しくなるわね」
「それを言ったらカトリーヌもでしょう。薬の製作忙しくなるじゃない」
「私の忙しさは、カトリーヌ次第ね」
そうしてカトリーヌの実験室では各々が各々の実験、製作を行っていた。
ロザリアの訪問から一ヶ月したころ、セレーナが開発中であった体温計と血圧計、そして聴診器が出来上がった。体温計の血圧計の使用を三人で行った。
「使用結果についても問題なさそうね。日本に居た時の物と遜色ないわね。使い勝手も。聴診器の方はどう?」
カトリーヌが体温計と血圧計の使用した感想を述べ、聴診器の使用感をセレーナに聞いた。
「流石に複雑な装飾を施されたドレスの上からは無理ね。でもメイド服の上からはちゃんと音は拾えたわ」
「そうしたら早速お姉さまのところに行かないと」
「訪問の予定とかは大丈夫なの?」
そうクリスティーヌに突っ込まれると
「午前中はお勉強で、お昼過ぎからは剣術の稽古だったような。とりあえず空いている時間があるか問い合わせてみるね」
と言いながら手紙を書き始めメイドに渡した。
しばらくしてからメイドが戻ってきて、手紙をカトリーヌに渡した。
「お姉さまからだわ。明日の午後三時にお茶会を開きますって。その時に診察をお願いって書いてあるわ」
次の日の午後三時、カトリーヌたちはロゼリアの部屋を訪問した。ロゼリアはいつものように豪華絢爛なドレスを着ていた。
「お姉さま、私お手紙に書きましたのに豪華なドレスを着ていらっしゃるのですね。聴診器での診察はダメでございましたか?」
「そんなことはなくてよ。ただメイド達がうるさくて。診察を受けるときは着替えるわ。ただどこまで簡素にしたらいいか分からないでしょう。だからメイドを三人も待機させているわよ」
そんな話をしながらお茶会が和やかにスタートした。
ロゼリアはセレーナに体温計開発の苦労話や、クリスティーヌに薬草の製材化の話などを聞いていた。
「お姉さまそろそろ診察を受けていただきたいのですが、よろしいですか?」
「いいわよ。まずはドレスを着替えますか。どのような服を着ればよいのかなセレーナ嬢?」
「普段、お寛ぎになる服でお願いいたします」
「では着替えてまいる」
数分したのちにロザリアは生成りのワンピースに着替えてきた。
「ではまずは体温から測らせていただきます。一つは額表面の体温を測るもの。もう一つは脇の下にて測るものです。こちらの方がより正確に測ることが出来ます」
「うむ、両方試してみるかの」
セレーナは先ず額で体温を測定した。結果三十六度三分。正常値であった。
「すぐに測れるのじゃのう。では次を試すか」
「測定に一分ほどかかります。測定後にピィピィと音が鳴ります」
「どれどれ」
体温計を受け取るとロゼリアはセレーナの手を借りながら、脇の下に体温計を入れた。一分後音が鳴りまたセレーナの手を借りて体温計を外した。
「三十六度三分でございました。どちらも同じ値でしたので、普段使いは額で。体調が不調の場合は脇の下で測るのがよろしいかと思います。あと脇の下で測る体温計については使用前、使用後にアルコール消毒を行って下さい」
セレーナがそういうと、カトリーヌが消毒用エタノールを差し出した。
「なくなりそうになったら、私に使いをよこしてください、お姉さま」
「分かったわ。カトリーヌありがとね。セレーナ嬢もありがとう。では次の血圧計をお願いしようかしら?」
「ちょっときついかも知れませんがご容赦ください」
そうセレーナはいうとロゼリアの腕に血圧計のバンドをまいた。
「これからバンドに空気が入り締め付けていきますが、その時に血圧を測定していきます。もし我慢できないような痛みならすぐに仰ってください」
「分かったわ。初めて頂戴」
「では、始めさせてもらいます」
セレーナが血圧計のスイッチを入れるとバンドが膨らんでいき、軽くロザリアの腕を締め付けていった。少ししてからバンドの空気が徐々に抜けていった。
「最高血圧が百十五(115mmHg)最低血圧が七十(70mmHg)で正常範囲でございます」
「血圧ってどのくらい高いと危ないものなの?」
「最高血圧は百三十以上、最低血圧が八十以上だと病気が隠れ住んでいる可能性があります。ロゼリア皇女殿下はまだお若いので血圧の心配はございません。こちらも調子が悪い時だけお測りいただければ大丈夫でございます」
セレーナはそういうと次に聴診器を取り出した。
「少し胸の音を聞かせていただきます」
セレーナは服の上から聴診器を当て胸の音を聞いていた。ロゼリアはちょっとこそばゆい感じを受けていた。
「胸の音も問題ありません。いたって健康体ですね。体温だけ毎日お測りいただければよろしいかと思います」
「ありがとう。早速お母さまにもお伝えしなければね」
ロゼリアはウィンクを三人に投げかけた。
ロゼリアの診察が終わり三人は、ほっと胸をなでおろした。
「お姉さま、不満そうには見えなかったわよね」
カトリーヌがそう話し始めると、セレーナも同様で、
「何もお叱りを受けなくてよかったぁ。これで少しは自信がついたわ」
クリスティーヌはあまり緊張していなかったのか、
「とりあえずよかったわねぇ」
と軽い感じで話をしていた。
「さて、今度はお母さまの診察が待っているわね」
カトリーヌはそうセレーナに話を振った。
「え、いつそんな話になったの?」
「お姉さまが言っていたでしょう。早速お母さまにもおつたえしなければねって」
「あー、あれってそう意味だったのね。今日の感想をお伝えになるだけかと思っていたわ」
「その話を聞いて、お母さまがそのまま放置するとは思えないわ。きっと近日中にお召があるわよ」
「そうやって、話がどんどん進んでいってくれればよいのだけど」
「間違いなく広がっていくわよ。これからも三人で医療革命行っていきましょうね」
「そうね、そうしましょう」
三人はこれから起こることに胸を躍らせていた。




