5. エピソード4 解熱剤
オスナが実験器具を数多く作ってくれたおかげで、カトリーヌはアスピリンの合成に着手した。そのころ、第一皇女のロゼリアが高熱を出して皇宮は大騒ぎになっていた。皇室の主治医であり、セレーナの父であるドクトリヤ公爵がロゼリアの診察を行っていたが、原因不明で薬草も効かず、魔法も効かず、このままでは命が危ないと診断された。ドクトリヤ公爵が診察を行う際、セレーナも同席していた。セレーナは三歳から公爵の師事を受け回復魔法を学んでおり、めきめきと上達を見せていて、今では上級魔法も扱えるようになっていた。ただ、身体の成長がまだまだのため、上級魔法を使うには体力と魔力が足りていなかった。セリーナはロゼリアの診察の後、毎回、カトリーヌを訪れていた。
「それでお姉さまの容態はどうだったの?」
ロゼリアの妹であるカトリーヌはセレーナに問いただした。
「私が特殊魔法で見た限りでは肺には影がなかったから、肺炎などを起こしてはいないわ。ただ、喉は腫れている感じだったわ。実際は血液検査をして炎症があるか確認したいところだけど、この国には血液検査の技術もないし、困ったものよね。とりあえず、今ある最高級の薬草を煎じて飲んで頂いて解熱しないと体力が持たないでしょうね」
そうセレーナは応えた。
「お姉さまは薬草が苦くて吐き出してしまうようで、全然効いていないみたいだし。困ったものだわ。アスピリンを投与できれば効果はあると思うのだけど」
「そうね。小さな錠剤にして飲みやすくすれば、薬を飲んでくれるだろうけど。それをどうやって飲ませるかが問題よね」
「秘密裏に飲ませないといけないってことね」
二人の会話を聞いていて、クリスティーヌが手を挙げた。
「ねえ、何も錠剤を飲ませるのではなく、形状を変えればいいのでは。例えばクッキーとか飴とかに混ぜてしまって」
「飴ねぇ。確かにそれはいいかも」
セレーナがそう応えると、クリスティーヌはアスピリン入りの飴を作ることにした。
飴は味の調整などをするのに三日を要した。ただ、そうして出来上がった飴をどうやってロゼリアにアに与えるかが問題となった。昼間は看病のためメイドが控えている。それに高熱が感染するといけないからといって面会は出来ない。
「原因不明だからって合わせてもらえないからなぁ」
カトリーヌはひとり呟くのだが、その時名案を思い付いた。
「夜中に、お姉さまの部屋へ侵入する。これでどう」
メイド達が下を向いた。この皇女はこうと思ったら成し遂げるまで挑戦する人だと。これは共犯になって速やかに事を遂行しなければならないと。
夜中、皇宮の薄暗い廊下をもの音を立てず歩いて行き、ロゼリアの部屋の近くまできた。
「そうしたら、部屋の守りの騎士の気を引くために、この小石を投げて。そうしたら騎士たちが確認に行くでしょ。その隙にお姉さまの部屋に侵入するわ。貴方はそれを見届けたら私の部屋へ戻りなさい」
投石能力が自分にないことをしっているカトリーヌは肩の良さそうな自分の護衛騎士に小石を投げさせた。廊下の遠くで音がしたのにロゼリアの護衛騎士が反応し、様子を見に行き扉の前見張りがいなくなった隙にカトリーヌは、ロゼリアの寝室に潜入することに成功した。その物音でロゼリアは目を覚ましていた。
「お姉さま、体調はどうですか?」
「カトリーヌなの?あなたが来たっていうことは今は昼間なのかしら?」
ロゼリアは息苦しそうに応えた。
「いえ、夜中です。薬草を飲むことが出来ないとお伺いしました」
「ええ、どうしても吐き出してしまって。今口に入るものと言ったら果汁くらいで」
「飴ならば大丈夫ですか?」
「そうね飴ならば口にできるかも」
「それならば、これを舐めてみてもらえますか?」
カトリーヌが飴の入った瓶から一粒取り出してロゼリアに渡した。
「これはとっても美味しい飴ね・・・ありがとうカトリーヌ。私が死んでも皇室が揺らがないようあなたが支えてね」
「なにをおっしゃってますの、お姉さま。この飴を舐めていればすぐ元気になりますよ。ただ一気に何個も舐めないでくださいね。四、五時間間隔を空けてください。約束ですよ」
「ええ、わかりました。夜遅いのならあなたもお眠りなさい。まだ子供なのだから」
「分かりましたわ、お姉さま。それでは失礼します」
カトリーヌはテラスに出てロープを手すりに掛け、地上へと降りて行った。
翌日の昼間にドクトリヤ公爵がロゼリアの診察のため登城した。セレーナも一緒に診察へ向かった。診察の結果は熱が下がってた。ロゼリアが言うには朝方には熱が下がって、体が幾分か楽になったということであった。ドクトリヤ公爵の診たてでは、今まで碌に食べ物を摂取出来なかったため体力が落ちているが、今の状態であれば食べることも可能であるし、徐々に回復していくだろうとのことであった。ロゼリアはカトリーヌがくれた飴のおかげで熱が下がったと言ったそうだが、大人たちは誰も信じなかった。しかし、カトリーヌとセレーナ、クリスティーヌの三人は自分たちが作ったアスピリンの飴に自信を持った。




