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4. エピソード3 石油精製

 カトリーヌは薬草から解熱鎮痛剤を抽出しようと考えた。実験室の件はメイドが準備してくれているが、三歳の女の子に実験の許可が下りるなど考えづらい。それに薬草から抽出するにしても、水以外の抽出溶剤はなく、先ずどこから手をつければよいか分からなかった。皇宮図書館で調べ物をしているうちに、皇室の直轄領に黒い水溜りがあることが分かった。その水溜りの周りでは草木は生えず、異臭もして誰も近寄ろうとはしなかった。水を求める動物たちであっても立ち寄ることはないそうだ。

「黒い水溜りで、植物が生えず、異臭を放つなんて言うのは、そもそも水溜りではなく原油と考える方がだとうとは思わない」

カトリーヌがセレーナとクリスティーヌに意見を求めた。

「そうねぇ、誰も燃料として使っていないのよね」

セレーナが質問し、クリスティーナも

「そもそも、それは本当に油田なのかしら?それに使えるようになるのかしら?」

「二人の意見はもっともよね。だから先ずは調査してみる」

「どうやって調査するの?」

「簡単よ。お父さまにサンプルを摂ってくるよう命令してもらうの。

実際、黒い水溜まりの正体は、原油であまり質の良い原油ではなく、誰も燃料等に使えるとは思わずこれまで放置されていた。それどころか皇室でも不毛な土地扱いで、領地経営のお荷物でもあった。カトリーヌはこの事に目をつけ、父親の皇帝から原油を貰えるようおねだりを試みた。作戦としては、皇帝の執務室にお茶とお菓子を運び色々話しながら徐々に油田の話にもっていくというものであった。愛娘が執務室にわざわざお茶とお菓子を持ってきてくれたことから、皇帝は上機嫌であった。

「カトリーヌ、何か欲しいものはないか?今日の褒美に何かプレゼントしよう」

「なんでもいいのですか?」

「あぁ、なんでも言いなさい。宝石付きのぬいぐるみが良いか?早速手配するぞ」

「お父さま、私、ぬいぐるみよりも、黒くて泥々したお水が欲しいです」

皇帝は娘の意外な申し出に、眉を潜ませた。

「そこらあたりの黒土を水に混ぜたものか?」

「いえいえ、違います。領地に黒くてどろどろした水があって、そこが不毛の土地になっているそうで、そこを綺麗にしたいのです」

またとんでもない発言をする娘に対し、どう接するのが正解なのか分からない皇帝が、頭を悩ませていた。

「そんなものどうするのだ?」

「魔法の練習に使いたいんです」

皇帝は幼い娘の話をどうしたものかと思い聞いていた。

「どんな魔法だい?」

「浄化魔法です」

ここで、皇帝は少し興味を持った。

「ほぉ、浄化魔法か。自信はあるのか」

「ありますよ。お父さまの娘ですから」

この一言に心打たれ、皇帝は、宰相の目の前でカトリーヌに、原油の使用を許可すると念書を書いた。それとともに、魔法練習室と言う名の実験室が与えられた。部屋の方はもともとメイドが根回ししていた物だ。こうして、皇帝の命により原油が運ばれてきて、カトリーヌは様々な魔鉱石を用い、脱硫装置や蒸留装置を設計し、皇城の工房でそれらを製造してもらい原油の精製の実験を始めた。原理としては火属性の魔鉱石や風属性、水属性の鉱石に土属性の魔鉱石を作用させるというものである。初めは魔鉱石の魔力量が足りなかったり、あるいは作用が強すぎたりして、初めのころは、石油精製が思うようには進まずメイド達から黒水で遊んでいる変な皇女という奇異な目で見られていた。しかし、日に日に成長するにつれ蒸留が上手くいき始め、透明な液体が出てきた頃には尊敬のまなざしで見られるようになり、皇帝もたまに実験室を見に来ては感心してカトリーヌを褒めていた。そうこうしているうち、原油は色々な分子ごとにまで分留することができ、さながら石油化学が行なえるまでになった。皇帝はカトリーヌから、分溜した液体それぞれに使用目的があり、今は何に使えるかとは言えないが、五年後、十年後には必ず必要になるものだから、手出し無用にしてもらいたいと言われていた。そうしてカトリーヌは日々の成長を遂げ、六歳の誕生日を迎えていた。

「誕生祝いに何が欲しい?」

皇帝に訊かれると、

「原油のあるところに蒸留施設を建設してください。今の魔法練習所は別な魔法の練習に使いたいです」

そう答えた。皇帝はこのまま異臭を放つ黒い泥が精製され、五年後には必ず必要になるというカトリーヌの言葉を信じ、原油の近くに蒸留施設を建設する命令を下した。これにより原油のある直轄領では、建設要人と魔法士の雇用が一気に増え、領民から土地改良の聖女と感謝される皇女となっていった。


 カトリーヌは早速原油の精製で得られたジエチルエーテルを使い、ある一つの薬草の抽出を試みた。抽出方法としては、先ず薬草を熱湯で煮出してから冷ます。煮出した薬草を除くと布で濾して、その水層を中性にしてから、ジエチルエーテルを加える。そうしてよく攪拌し抽出を行う。ジエチルエーテル層と水層に分かれたら、水層を取り出してアルカリ性にし、またジエチルエーテルを加え抽出する。今度は酸性で抽出して同じように抽出を行った。それぞれのジエチルエーテル層からジエチルエーテルを蒸発させて、得られた物を鑑定魔法で鑑定してみた。そうすると酸性で抽出し得られたものが、サリチル酸であることが分かった。カトリーヌはセレーナとクリスティーヌと意見を交わした。

「サリチル酸は鎮静作用があるからこれ単独でも使えるけど、アスピリンやサリチル酸メチルなんかが欲しいわね」

これが二人の意見だった。

「酢酸はあるから無水酢酸は出来るし、メタノールは蒸留してあるからどちらも出来るわよ」

カトリーヌがそう答えると、セレーナとクリスティーヌは満面の笑みを見せた。

 カトリーヌは早速、酢酸に塩化チオニルを作用させて塩化アセチルを合成し、それに酢酸ナトリウムを作用させることで無水酢酸を得た。得られた無水酢酸を硫酸触媒化サリチル酸と作用する事でアスピリンを合成した。また、メタノール中、硫酸触媒下でサリチル酸を加熱することでサリチル酸メチルを合成した。得られたアスピリンとサリチル酸メチルをクリスティーヌが錠剤と軟膏にした。

「錠剤なら飲むのも苦くないし、楽だし、軟膏は塗るのも湿布にするのもいいわね。早く処方してみたい」

そうセレーナは喜んだ。しかし、問題がないわけではない。圧倒的に実験器具が足りない。そもそもガラス製の実験器具にしたって、ビーカーや三角フラスコ、試験管といった簡単な器具はあったが、現代科学で使うようなガラス器具は存在しなかった。

「これはなかなか厄介な問題だわね」

そうクリスティーヌも悩んでいたが、その時、メイドが一人のガラス職人を呼んできていた。ガラス職人の名はオスナ。皇室で使うガラス工芸品の職人であったが、第二皇女が何なら面白いことをしているらしいと聞きつけ、実験室にやってきたのだ。

「第二皇女様にご挨拶申し上げます。私は皇室で使うガラス工芸品を製作しているガラス職人のオスナであります。なにかお困りのことがある様子ですな」

と挨拶を聞くや否やカトリーヌは、職人の腕を引っ張り、机の上の図面を見せた。

「ガラス器具のこことここは、すりガラスっていうもので結合させるの。そうすると空気漏れとかしなくなるのね。それでフラスコも丸いフラスコや楕円形のフラスコも必要で、容量もなるべく同じようなものが欲しくてね」

聞いていたらいつまでも止まらない様子でカトリーヌがオスナに話しかけている。

「そうですか。それでそもそもそのガラス器具を使って何をなさりたいのですか」

オスナがそう聞くと、カトリーヌは、

「薬よ、薬を作るのよ」

「薬草なら既にあるでしょうに」

「違うの、薬草なんかより効き目が良くて、苦くなくて安価で飲みやすい薬を作るのよ」

オスナは考え込んだ。本当にそんなことが出来るのだろうか。でも、あの黒水を透明に変えた方なら何か良い方法でもお持ちなのではないか。初めは子供の戯言かと思っていたが、これはなかなか面白いことが始まるのではないか。そう思うとオスナも段々とやる気になってきて。

「姫様、私は本来の仕事もありますから、毎日姫様のお手伝いは出来ませんが、それでもよろしいですか?」

オスナがそうカトリーヌに聞くと、

「もちろんそれでいいわよ。よろしくね、オスナ」

と言い握手を交わした。

 翌日からカトリーヌらは皇室図書館でガラス器具について調べ始めた。元々日本で生活していた時は、色々なガラス器具があったので、それから選択すればよいだけだった。しかし、今となってはある器具でしか実験を行えないので、なんともならないことが多い。

「やっぱりアスピレーターは必須よね」

「そうだよね」

カトリーヌとクリスティーヌは出来る限りのガラス器具を絵に描いてオスナに渡した。しかし、自分たちの記憶違いもあるかもしれないと思い、勉強し直しているのだ。

「ロータリーエバポレーターも作ってもらえるかなぁ」

クリスティーヌはウキウキしながらカトリーヌに話しかけた。

「そりゃ、作ってもらえれば一番ありがたいけどね。実験の時間短縮になるし」

「あとは温度計も作ってもらいたいけど、できるかなぁ」

「あったらいいわよね」

そう言いながら、色々な図書をかき集めてた。

 午後からはいつも通り剣術の稽古に魔法の練習に明け暮れていた。同年代の子たちに比べれば数段大きい魔力を纏うようになっていた。

「随分精が出るわね」

魔法の練習中カトリーヌの姉のロゼリアが練習場にやってきた。ロゼリアはカトリーヌの五歳上の十一歳で、いまは国立アカデミー附属初等部の四年生だ。

「お姉さまお帰りなさい。今日学校はどうでしたか?」

「そうねぇ、お友達とお話ししているときは楽しいけど、授業はつまらないわ」

「何故です」

「だって私、授業の内容が、既知のことですから。私ならもっと先のことを理解することだってできるわよ」

「そうなのですか、お姉さま。では何故飛び級しないのですか?」

「そんなの簡単な話よ。お友達と一緒にいると楽しいからよ。貴女だってそうじゃない。セレーナ嬢とクリスティーヌ嬢と一緒にいるときは楽しいでしょう」

「確かにそうですね」

「あら、貴女膝に怪我しているじゃないの。ヒール」

「ありがとうございます」

姉のヒールは力強くはなかったが、とても温かいと思うカトリーヌだった。

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