エピソード32 救出作戦その3
カトリーヌはマリアとディアナの三人で街を散策していた。街の商店にはアクセサリーや魔道具、衣装等が並んでおり、市場では野菜や川魚、森で採れる果物なども売っていた。カトリーヌはリンゴを見つけると袋一杯のリンゴを購入し早速一個かじり始める。
「流石はエルフの森で採れたリンゴね。とても甘くて程よく酸味も美味しいわ」
「カトリーヌ様、今はリンゴをお召し上がりになっている場合では・・・」
マリアがそこまで言いかけると、
「この方が街を歩くのも自然に見えるでしょう。ただ漫然と歩いているよりはいいはずよ」
カトリーヌはそう返して機嫌良く歩き始めた。街を歩く人々を見ると圧倒的に男性が多く、女性が歩く姿はあまり見かけられない。
「神隠しを懸念してか女性はあまり見受けられませんね」
「そうね。ここまで女性が少ないと犯人はもうこの街を離れているかもしれないわね」
しかしながら、冒険者ギルドから依頼を受けていることもあり、数日は街の中を見て回る必要がある。夕方まで散策してみたが、この日はなんの収穫もなく宿へ戻ることになった。宿で一息ついているとエレオノーラとニーナも戻ってきた。
「何か収穫あった?」
とカトリーヌが尋ねると、エレオノーラは首を横に振るだけだった。カトリーヌは、
「こちらも収穫はなかったわ」
と肩をすくめた。
夕食は居酒屋で摂ることになり、エレオノーラが五人分のビールとおかずを店員に注文する。
「道を歩く女性少なかったわね」
カトリーヌがそう言うと、エレオノーラも同意した。
「神隠しに遭うのは嫌でしょうからね」
カトリーヌがそう言うと、エレオノーラは、
「私たちも次の村に向かいますか」
と提案する。
「そうですね。そうしましょう」
そう応えるのはマリアだった。その後、神隠し事件については話さず、お洒落の話などをしながら夕食を済ませた。
部屋に戻ると五人は小声で話し始めた。
「あの居酒屋で私たちの方をやたらジロジロ見ている人達がいたわね。何か品定めしているような感じで」
カトリーヌがそう話始めると、マリアも、
「そうですね、背筋がゾクッとするような目つきでしたね」
と返す。エレオノーラは、
「流石に昼間も女性が少ないのに、態々、居酒屋に来る女性なんかいないでしょうよ。珍しかったのでは?」
というが、ディアナは、
「皇女様を見つめる輩がおりました」
と報告をする。
「とりあえず、釣れそうな予感はするわね。明日も二手に分かれて行動しましょうか」
そう、カトリーヌが提案すると四人は了承した。
次の日、カトリーヌとマリアそれにディアナは街から出て森の中の小道を散策し、エレオノーラとニーナは再度街中を散策し始めた。
「それにしてもエリフルーデンの森は木々が大きいわね。帝国ではなかなかお目にかかれない木や草があるし、やはり植生が違うのかしらね」
等とカトリーヌらは話しながら歩いていたが、木々が高いため道にはあまり光が届かず薄暗かった。暫く歩いていたが森の様子は変わらず、一旦引き返して別の道を捜索してみようか、という話題になった時に正面から荷馬車が現れた。行商の荷馬車らしく沢山の果物を載せており、行商人はカトリーヌたちに果物を勧め始めた。
「お嬢さん方、これから次の村に向かうのかい?道のりは遠いから食料代わりに果物でもどうだい?」
荷馬車はとても甘い香りが漂っていて、どの果物も美味しそうに見えた。カトリーヌは品定めをしていたがマリアはそれを引き留めていた。ディアナは遠くからの襲撃に備え意識を外に向けていた。カトリーヌとマリアがまだやり取りをしていたのか、荷馬車からまだ動こうとせずにいた時、ディアナは荷馬車から漂う甘い香りに何時しか意識が遠くなり倒れ込んでしまった。それを見てカトリーヌとマリアはディアナに意識を向けるが、段々と眠気を感じてきて気づいた時には遅く、意識が遠のいた。
「さて、今日は三人も人族の娘をかどわかせたし、たっぷり金品をいただけるかな?」
行商人はそう言いながら、進行方向を来た道へと変え進んで行った。
夕方になってエレオノーラとニーナは宿に戻ったが、カトリーヌら三人は戻っていなかった。
「まだ、三人とも散策をしているのかしらね。帰ってくるまで武器の手入れでもしていましょうか?」
エレオノーラはそう言うと、剣や弓の手入れを始めた。それも一時間ほどで終わって夕食時になってもカトリーヌらは戻ってこなかった。
「流石に森も暗いでしょうに、何をしているのかな?」
エレオノーラも少し心配になってきたが、三人の戦闘力を考えるとそれほど大事になるとも思えなかったのだが、ニーナの
「もしかしたら、三人とも人攫いに遭ったのでは?」
という一言で、もしやと思い、ロケットを開き魔力を込め、三人に話しかけたが応答はなかった。
「本当に人攫いに遭って、今は通信できない状態みたいね」
エレオノーラはそう言うと、ロケットにもう一度魔力を込めた。そうするとロケットの鏡の真ん中に二つの点が現れた。
「この点は、私とニーナの位置ね。そして三人の位置を鏡に映し出すわね」
そう言うと暫くしてから三つの点が現れた。
「とりあえず三人は一緒の場所に囚われているようね。バラバラでなくてよかったわ。さてこれから助けに行きますか。その前に冒険者ギルドに報告に行ってきますかね」
エレオノーラはそう言うと、ニーナを連れて冒険者ギルドへ向かった。
ポタッ、ポタッと水滴が滴る音で目が覚め、カトリーヌは上体を起こすと両腕を上にあげ思いっきり背伸びをする。しかし、何か様子がおかしい。腕がいつもより重い。手首をよく見ると鉄製の腕輪がはめられており、腕輪は鎖に繋がれ、その鎖は壁に繋がれていた。首と足首も輪っかがはめられて、鎖で壁に繋がれていた。水音のする壁を見ると岩で出来ており、よく見まわすと洞窟を掘った所に鉄格子がはめられている様だった。部屋の中にはカトリーヌと見た目が同じような女の子が何人かいた。
(見事攫われてしまったかぁ~。あとでマリアに怒られるな。それでマリアとディアナはどこにいるかな?)
そんなことを考えながら鉄格子から外の様子を窺うと、洞窟内に同じような鉄格子がはめられた部屋がいくつか見当たった。
(結構、大勢攫われているようね。捕まえられているのはここだけとは考えづらいわね。逃げるだけなら何とかなるかもしれないけれど、これだけの人数を逃がしながらは無理があるわね。そうだとりあえずみんなと連絡を取らないと)
カトリーヌはそう思いつくと鉄格子から離れ、部屋の奥へ行きロケットを開いた。
「おーい、みんな大丈夫?」
魔力を込め、小声で問いかけると、
「ようやくつながったわ。今どのような状態?」
エレオノーラの第一声であった。
「ごめん、ドジして捕まっちゃった。身体に問題はないわよ。ただ鎖でつながれているけど」
「まあ身体が無事なのは何より。それでマリアとディアナは一緒?」
「いや、別々。私と見た目の年齢が同じくらいの子たちと一緒の洞窟部屋」
「なるほど、洞窟の中なのね。正確な場所が分かれば転移魔法で行けるけど、まだ距離があって洞窟には転移できないわ。馬でそちらに向かっているから距離を詰めたらそちらに転移するわね」
「マリアとディアナの居場所は分かるの?」
「貴女の近くにいるのは確かだから、そこは安心していいわよ。怪我とかはしていないのでは?」
「そうね、商品を傷物にするわけにはいかないものね」
「一先ず私が行くまでは大人しくしていてね」
「了解」
(とりあえずエレオノーラとは連絡がついたし、大人しく待っていますか。と言ってもこの鎖だけは外しておかないとね)
カトリーヌはマジックバッグから固めの針金を取り出し、器用に解錠していった。
(この子たちも救出してあげたいけど、今はどう動けばいいか分からないから解錠は出来ないわね)
一人の子がカトリーヌに問いかける
「貴女、ここから逃げ出すの?」
「まだ、逃げないわよ」
「まだ、ってことは、いつか逃げるの?」
「そうね、あなたたちを救い出すために逃げ口を探しに行ってくるわ」
「私たちここから出られるの?」
「出られるわよ。だから大人しく待っててね」
そうこう話しているうちに、エレオノーラが鉄格子の前に現れた。
「来てくれたのね、エレオノーラ」
「うん、来たわよ。ごめん、ちょっと座標がズレちゃった。今その中に入るわね」
エレオノーラはそう言うと、鉄格子の中に転移してきた。
「この部屋の中に五人もいるのね。それに部屋数だって沢山ありそうだし。一体このアジトで何人攫われてきているのか分からないわね。転移魔法を一日何回もは使えないし、ちゃんと出口を探して出ないといけないわね」
「ニーナさんはどうしているの?」
「今、外からここの入り口を探してもらっているわ。冒険者ギルドへの連絡も頼んであるから、被害者の輸送も大丈夫よ。とりあえず出口を探しに行くわよ」
エレオノーラはそう言うと、カトリーヌの手を掴み転移魔法を発動させる。
「今から出口を探してくるから、大人しく待っていてね」
カトリーヌは先ほどの子供にそう言い残すと、エレオノーラと共に出口の捜索に向かった。洞窟部屋は一階層に十部屋くらいあり、その階層の出入り口に見張りが二人配置されていた。カトリーヌとエレオノーラは見張りをあっという間に倒し、鉄格子の部屋の鍵を入手した。
「この階が一番下の階のようね。とりあえず、一階一階調べて行ってマリアとディアナを救出しないと」
そう言いながら階段を上っていくと、また見張りが二人いて見つかる前に倒していった。その階を見回していくと、ある部屋で腕輪の解錠を済ませ、もう一人の解錠をしている人物を見つけた。マリアとディアナである。
「カトリーヌ様、ご無事でしたか」
「申し訳ありません、皇女殿下。私解錠とか苦手でマリア様に解錠していただいておりました」
「まあ、二人とも元気で良かったわよ。これで四人そろったし、出口の捜索が捗りそうね」
カトリーヌらは次々と階層の見張りを倒していき、五階層あった鉄格子部屋の見張りを片付けて行った。
「ディアナは、ここで待機していて。もし誰かが来たらここで食い止めて下の娘たちに被害が及ばないようにしてね」
「ご命令、承りました」
「では、行きましょう」
カトリーヌを先頭に人攫いたちの部屋に入っては証拠になりそうなものを探し、どんどんと上の階層へ向かっていった。その度屈強そうな男たちを相手に戦闘になって行ったが、カトリーヌの剣や魔法、エレオノーラの弓矢による攻撃で撃退していった。
ようやく洞窟の出口付近まで来て、付近の部屋の捜索を始めた。机の引き出しを引っ張り出すとそこには奴隷売買の契約書があった。
「あったわよ、奴隷売買の契約書」
カトリーヌがそう叫ぶと同時に、手首に握りつぶされるよな痛みを感じた。
「おい、それをどうするつもりだ」
大声で叫ばれながら、カトリーヌは宙吊りにされていいた。
「そんなこと決まっているでしょう。これを表沙汰にするだけよ」
「そんなことさせるか!」
カトリーヌは、屈強な大男に壁に叩きつけられた。よろよろと立ち上がったカトリーヌは自分に回復魔法をかけると、大男に切りかかって行った。大男は手甲をしていてそれで剣を受け止め薙ぎ払っていく。それを十合していくと、大男は攻撃パターンがそれしかないと踏んで剣を大きく薙ぎ払った後、腕を大きく引いて殴りかかろうとした。しかし、カトリーヌはそのタイミングで雷系の魔法をその男に落とした。大男はピクリとも動かなくなりそのまま倒れた。
「死んではいないよね」
カトリーヌは恐る恐る大男の首筋を触り、脈を確かめる。
「うん、死んでいないっと」
カトリーヌは安堵した。
カトリーヌは契約書をエレオノーラと共に読んでみると、そこに書かれていたのは、
「やはり、カナーリヤ王国のトルディーヌ伯爵との間に売買契約があるみたいね」
「他の国とも売買契約があるみたいよ」
「ほんとだ。それで人身売買の内容は、やはりエルフ族の女性が多いわね。獣人族の女性も多いみたいだけど」
「人族の女の子や男の子も対象みたいよ。それにドワーフも」
「手広く商売しているわね」
そのように話しているうちに、冒険者ギルドからの輸送隊がやってきた。
「お、ご苦労さん」
馬上から傭兵団『オオカミのツメ』の団長、ガリウスが声をかけてきた。カトリーヌは恨めし気に睨みつける。
「ご苦労さんじゃないわよ、まったく。結局私たちだけにアジト一つ潰させといて」
「まぁ、それはそうなんだが」
「どうせ他にもアジトがあるんでしょう」
「多分あるとは思うが、このアジトを調べてみないとな」
「そういうことは貴方に任せるわ。じゃあエレオノーラ、私たちは王都に向かうことにしましょう」
「そうね、本来は太陽光パネルの開発に関する話し合いをするために帰国したのだからね」
カトリーヌは後片付けをガリウスに押し付け、王都を目指すことにした。