エピソード29 太陽光発電
カトリーヌは久しぶりの休日に、皇宮の裏手にある広場で魔法の鍛錬をおこなっている。何故かというと、エレオノーラが講師を務めてくれているからだ。カトリーヌは今まで皇宮にある図書館所蔵の魔法関連の本を読んで独学で魔法を学んでいた。その為、大出力の魔法は得意としていたが、繊細なコントロールを苦手としてきた。また、大出力で魔法を放つとそれだけ魔力の消費量も激しく、今まで無尽蔵の魔力のおかげで事なきを得ていたが、精密な魔法の操作を行えたらもっと効率よくで魔法を使えるのではないかと考え、エレオノーラに師事を仰いだ。またマリアの魔力向上の修練もお願いしていた。
「そうそう、指先から蜘蛛の糸を出すイメージで細くて長い魔力を出していくの」
「こんな感じかなぁ?」
カトリーヌは指先に魔力を集め、実際に魔力で出来た細い長い糸を放出している。
「まだまだ太いわよ、もっと細く長くね」
もう少し魔力の量を絞って放出して行く。
「そうそうそんな感じ、それで長く長い時間出していくの」
「長いって、どのくらいの時間?」
「そうねぇ、三時間程かな」
「三時間も!」
「そうよ。マリアは掌に魔力を集中させて、太さ一メートル、長さ五メートルの石柱を作る感じで魔力を出していってね」
マリアは、エレオノーラの指示通り魔力で出来た石柱を何本も出していく。
「二人とも上手に出来ているわよ。マリアは石柱五十本作ったら休憩してね」
カトリーヌとマリアは苦悶の表情で魔力を放出している。
エレオノーラはその様子を空中に浮かんだ状態で眺めていた。
「エレオノーラは今何をしているのよ」
カトリーヌが問うと、
「私も魔法の鍛錬よ。自分の下方に密度の高い空気の層を魔力で作り出して浮く鍛錬よ。貴女もやってみる?」
エレオノーラはそう答えた。
程なく、三時間が経ちカトリーヌらの魔法の鍛錬は終了した。
「エレオノーラ、魔法の鍛錬に付き合ってくれてありがとう。ランチにしましょう」
そうして、カトリーヌとエレオノーラは少し遅めのランチの席に着いた。
「カトリーヌ、だいぶ魔法を制御出来るようになったわね。今日の魔法操作を次回はいろいろな魔法に変えてやっていきましょう」
「ありがとう、エレオノーラ。私はどうしても力任せに魔法を使う癖があってどうすればいいか悩んでいたの」
「今日の感じだとだいぶいい出来だと思うわよ」
「ほんと?今度は魔法陣も教えてもらえるかしら?」
「いいわよ。どんどん鍛えていってあげるわ」
そうして、楽しいランチタイムは流れて行った。
カトリーヌはアカデミーの実験室に、アカデミー附属図書館の閉架図書室にある宝箱から現れた、薄い黒い板を持ち込んだ。論文も取扱説明書もあり、そこから論文検索を掛け幾つかの文献も拾い上げてきた。カトリーヌが黒い板を手にし、考えを巡らせている時、医学部教授のセレーナと薬学部教授のクリスティーヌが現れた。
「どうしたの?さっきからブツブツ呟いて。何か魔法の呪文でも唱えてるの?」
セレーナが問いかけて、ようやくカトリーヌは二人の存在に気が付いた。
「あ、いや、ただの独り言」
カトリーヌはそう言い、手に持っていた黒い板をクリスティーヌに渡した。
「これはもしかして、ソーラーパネル?」
「そうみたいね。図書館の閉架図書室から出てきたわ」
「あそこ、カトリーヌにしか開けられないんでしょ。いろいろ厄介ごとが降りかかってくるわね」
セレーナは、言葉を選びながら慰める。
「ま、転生ボーナスの対価みたいなものかもしれないわね」
カトリーヌは蓄電用の魔鉱石を用意し、ソーラーパネルに接続して充電を始めた。一時間ほど充電して魔鉱石と電球を接続してみると、煌々と電球が灯る。
「やはりちゃんと発電しているみたいね。今度はこのソーラーパネルを大量生産しろってわけね。どこから始めましょうか」
カトリーヌはそういいながら文献を読み始めた。
「先ず、電気を発電するのにソーラーパネル、充電するのにチャージコントローラーが必要で、電力を安定した電圧、周波数に変換するためにインバータが必要。なるほどなるほど。それでソーラーパネルは太陽電池を複数直列に組んで電圧を上げ、電流量を上げるために直列に組んだものを並列で組んでいき、パネル状にしたもの。太陽電池は光起電力効果応用して太陽光のエネルギーを電力へと変換するものであり、よく使われるのは結晶シリコンである。かぁ。チャージコントローラーとインバータは工学部で製作してあるだろうけど、結晶シリコンはどうしようか。魔鉱石に光起電力効果があるものを探しますか」
カトリーヌはそういいながら、ダンカンから貰った魔鉱石のサンプルを机に並べていく。何日か魔鉱石を相手に奮闘したのち、ようやく微々たる電力を発生する魔鉱石を発見した。
「しかし、いったいこの魔鉱石をどのくらい集めればまともに扱える電力を発生させることができるのかなぁ。相当量必要よね」
頭を悩ませている時に、エレオノーラが実験室に入ってきた。
「あら、カトリーヌ、魔鉱石握りしめてどうしたの?」
「あぁ、エレオノーラか。今日は何の講義を聞いてきたの?」
「今日は医学部の講義を聞いてきたわ?外科の考え方はエルフにはないからとても興味深かったわ。それで、貴女は何をしているのかな?」
「この魔鉱石なんだけど、太陽の光を当てると電気を発生させることが出来るのだけど、出来る電力が微々たるもので使い物にならなくて困っているの」
「なるほどねぇ、魔鉱石を精製して魔石にしてみたら効率は上がるかもね」
「エレオノーラ、貴女この間も、そんなこと言っていたわよね。だけど方法を教えるわけにはいかないと言っていたでしょう」
「ああ、あの件なら父上から連絡があって、教えてもいいって。その代わり工業化する際には、製品ごとに特許料を取ると手紙に書いてあったわ」
「やはりタダではいかないか。まぁ、特許料払ってもこれは儲かるだろうからいいけど。と、言うことで問題はないわ。教えてくれる?」
「良いわよ」
エレオノーラは、掌大まで割った魔鉱石を両手で包んで、魔力を込めていった。そうすると指と指の間から光が放たれた。掌が開かれるとその上には小さな六角柱の結晶が載っていた。
「これが魔石よ。魔鉱石の不純物を取り除き、精製して、結晶にさせる魔法を使うことによって出来るわ」
「この魔石を得られるようになるには相当の魔力が必要でしょう」
「まあね」
「帝国で作るには無理があるかなぁ。エレオノーラほどの魔力の持ち主を探すのはとても無理だわ」
「そうねぇ、人海戦術で作るには帝国では難しいかもね。でも、この程度の量ならカトリーヌでも可能でしょう」
「魔法を習得すれば出来ないことはないだろうけど。先ずは魔法の習得からか」
「ある程度の量が必要なら、私が魔石作りするわよ」
「ほんと、エレオノーラ。とても助かるわ」
カトリーヌはエレオノーラが作り出した魔石を魔法で薄く細かく切って行き、電極を施し、直列に繋いでいき、それを並列に繋いでいった。そして小さな太陽パネルが出来上がった。工学部から持ってきたチャージコントローラーにバッテリーを繋ぎ、それにインバータ、ソーラーパネルの順番に取り付けていく。ソーラーパネルに太陽光を当て充電して一時間ほど充電したのちバッテリーの電極に電球をつけてみると電球は灯った。
「手作りのソーラーパネルは成功したみたいね」
「ええ、おかげさまで」
「それで、そのソーラーパネルは何に使う予定なの?」
「今現在、発電は河川に設置した水力発電だけでしょう。それだけではこれから必要になる電力を賄いきれないと思うのよ。それで、自然に優しい発電方法として太陽光発電が考えられるわけよ」
「なるほどねぇ。でも太陽が出ている時しか発電できないでしょう。なにか利点はあるの?」
「そうねぇ、利点としては河川がないところでも設置が可能というところかな。砂漠のオアシス近辺とか草原とか牧草地帯などでも設置できることは大きな利点だと思うわ。消費しきれない電力は充電池に蓄えておけばいいし」
それを聞いても、エレオノーラは不安を抱いていた。
「他には発電方法とかないの?」
「そうねぇ、風力発電なども考えられるけど。それに関してはもう工学部に資料を提供したわ」
「いつの間に資料作りなんてしていたのよ」
「アカデミーが休みの日とかにね」
カトリーヌの仕事中毒振りに、エレオノーラは嘆息する。カトリーヌは呆れ顔のエレオノーラにかまわず続ける。
「でも、太陽光パネル作りにはエルフの皆さんの協力を得ないとできないかもしれないわね。エレオノーラ、お願いできるかしら?」
「それなら一時帰国して、父上に相談してこようか?」
「ありがとう。私も同行した方が良いかもしれないわね。二国間の貿易問題になるかもしれないから」
二人はそう結論付けて、今日の実験は終了することにした。
皇宮に戻り、夕食を終えたカトリーヌは、太陽光パネルの貿易問題をどう解決していくか模索していたところ、ドアがノックされた。マリアが対応に出てノックしてきた夜当番のメイドを部屋に入れた。メイドは手紙を持参してきて状況の説明を始めた。
「傭兵団『オオカミのツメ』団長のガリウスという者が、皇城の正門でカトリーヌ様に会わせろと大騒ぎしています。皇女殿下からの紹介状とアクセサアリーを預かっていると言っており、紹介状のサインは皇女殿下のサインと一致しているようなので、現在正門の前で待たせております。如何いたしましょうか?」
カトリーヌは手渡された手紙を読み、自身の応接間まで通すようにメイドに命じた。
「どのような内容でしたか?」
マリアは夜にカトリーヌに面会を求める非常識さに少しの怒りを覚え、どのような要求をしてきたがが気になっている。
「あぁ、人身売買されそうになったお嬢さん方を郷へ送り返して、今回の事件の犯人を特定したみたいよ」
「その、説明のためにだけ、わざわざ夜に訊ねてきたのでしょうか?明日以降でも良いのではないのですか?」
「彼も忙しいのでしょう。私としても、明日予定を空けるよりも、今説明を受けた方がよいわ。マリア、お茶じゃなくて、ワインの用意をしてもらえるかしら?」
マリアはそう命じられると、貯蔵庫にワインを取りに行った。
手紙を受け取ってから一時間程経ってから、ガリウスは応接室に通された。流石に傭兵の恰好で夜に皇女殿下に謁見したいなどと言ってくる輩には、門番も苦慮しただろうし、案内してくる警護騎士も苦慮しただろうことは予想された。
「お久しぶりです。カトリーヌ皇女殿下。このガリウス報告に参りました」
ガリウスはそう言うと、カトリーヌの対面に腰をかける。
「お久しぶりね、ガリウス。横柄な態度は相変わらずね」
「俺はお貴族様でないんで、礼儀作法なんて知らないもんでね」
「まぁ、そういうとは思ったわ。だから私も通常の迎え方とちょっと指向を変えてみましたわ」
マリアは、カトリーヌとガリウスの前に置かれたグラスにワインを注いでいった。
「これはありがたいですね」
ガリウスはそういうとワインを一気に飲み干した。マリアは呆れた顔をして、またガリウスのグラスにワインを注いでからカトリーヌの後方に控えた。
「それで、報告したいこととは何かしら?」
「ああ、一つは人身売買されそうになったお嬢さん方を郷に送り届けてきたこと」
「それから」
「もう一つは人身売買の組織が分かったこと」
カトリーヌはワインを一口飲んで、
「なるほど。それで私に何か協力を求めにきたのかしら?」
とガリウスに返した。
「流石に皇女殿下、話が早い。実は組織のアジトは、隣国のカナーリヤ王国のトルディーヌ伯爵領にあり、伯爵の庇護下にあるらしい」
「それはどういうこと?」
「どうも、組織が誘拐をしてきて伯爵に売り渡し、伯爵はケミストリヤ帝国の有力貴族に売り渡しているそうだ」
「帝国にも繋がっていたの!」
「ああ、伯爵は帝国の有力貴族から鉱石や魔鉱石を密輸入して、その代金として若いエルフや他国の貴族令嬢を売っているらしい」
「そんな酷いことが行われているなんて」
「そして、ここからが本題なんだが、傭兵団だけでアジトを潰すのは簡単でないし、お貴族様を潰すにしても人員は足りねえ」
「もしかして、私に囮になって組織に潜入して証拠をかき集めろということかしら?」
「ご明察。あと金も足りねえ」
ここまで聞いていたマリアは憤怒した。
「皇女殿下を囮に利用しようとし、その挙句金銭を要求するなど言語道断です!」
しかし、カトリーヌはケラケラ笑いながら
「良いじゃない、その話乗りましょう。お金は金貨千枚あれば足りるかしら?」
「おお、十分だ」
「こちらも準備が必要だから、一週間後で良いかしら?」
「おう、かまわない」
マリアはまだ憤怒し、ガリウスに文句を言っていたが、当のカトリーヌは既に了承済みという雰囲気を醸し出しながらワインを飲んでいた。




