26. エピソード25 人身売買
獣人の国アルマニヤからケミストリヤ帝国に向かっていたカトリーヌ一行は、順調に旅程を過ごしていたが、一週間ほど進んだところで、商隊と見受けられる集団と傭兵団とみられる集団がにらみ合いを続けていて道を塞がれた。
「どうしましょうかね、エレオノーラ。このまま進む訳にはいきませんし、引き返す訳にもいきませんし」
「そうねぇ、どちらかに加担するわけにもいきませんしね」
馬上で二人悩んでいた。馬車を下げさせ、カトリーヌとエレオノーラはしばらく観戦をしていたが、傭兵団が劣勢になり商隊が有利になると、商隊側の護衛が二人、カトリーヌとエレオノーラを襲ってきた。
「なんで突然襲ってくるのよ」
といいつつ、二人は臨戦態勢に入った。抜剣が遅れた二人だったが何とか初撃は耐えることが出来た。二撃目はかわしカトリーヌは相手の右小手に剣を打ち込む。そうすると護衛は剣を落とし、戦闘不能になった。エレオノーラも何合か打ち合ったあと相手を戦闘不能にさせ、カトリーヌの護衛の騎士に捕縛させた。
「なんでしょうね、いきなり切りかかってくるなんて」
そう言いながらカトリーヌは戦況を見ていた。
「カトリーヌ、あの商隊の馬車、何か変ではありませんか?こう、質素な割に剛健な檻のような作りをしていて」
「ということは、何かいけない商品を扱っているということですかね」
「証拠はありませんが、我々を襲ってきたことを考えると、あまりよろしい輩とは思えません。積極的に関わりたくはありませんが、ことを構えるならあの商隊とになるでしょうね」
そう話し合っていたら、傭兵団の一人が剣を抜かずに近づいてきた。
「あの商隊、人身売買を行っている。協力してくれ」
頭を下げながら要請してきた。
「そういう訳なら、手を貸すのはやぶさかではありませんわ」
そう言って、カトリーヌとエレオノーラは傭兵団と協力して商隊の捕縛を行うことになった。戦力的には傭兵団の方が劣勢だったが、カトリーヌは剣を天高く上げ、剣に風と水の魔法を込めて雷を発生させ、商隊護衛の頭上に落とす。そうすると商隊護衛はバタバタと倒れていった。
「殺しちゃったの?」
エレオノーラがカトリーヌにそう聞くと、
「殺してはいません。出力を弱めて気絶させただけです」
そうこうしているうちに、傭兵隊が商隊と商隊護衛を捕縛した。
捕縛をし終えた後、傭兵団の長さらしき三十台前半の、体がガッチリした人族の男が、カトリーヌのもとを訪れた。
「俺は傭兵団『狼の爪』の団長、ガリウスだ。ご協力感謝する」
そう言いながらガリウスは手を差し伸べた。
「いえ、こちらこそ」
そう応え、カトリーヌはガリウスと握手を交わした。
「ところでお嬢さんのお名前は?」
握手をしながらガリウスは少女の名前を聞く。
「カトリーヌ=ケミストリヤで御座います」
その名前を聞いた時、ガリウスはフンと鼻を鳴らし、手を離した。
「なんだ、第二皇女殿下か。そんなお方がなんでこんなところにいらしゃるのでしょうか?」
「なんでといわれましても」
カトリーヌが困り始めた時、エレオノーラが割って入ってきた。
「ガリウス、何カトリーヌを困らせているのですか、まったく。それで、この騒ぎはどうしたの?」
「あぁ、エレオノーラか。いや、こんなところに帝国の御姫様がいて、まさか剣を振るったり魔法を操っているなんて驚き以外の何物でもないだろう」
「それは、そうよね」
とエレオノーラとガリウスが話し合っているのを見てカトリーヌは不思議に思いながら、
「お二人はお知り合いなんですか?」
と尋ねた。
「知り合いっていうか、腐れ縁だ」
「ガリウスがエルフの森でエルフの衛士に追い込まれているところを助けただけですわ」
「そうだったんですか。それはそうと、この騒ぎの詳細をお聞きしても?」
カトリーヌはガリウスに詰め寄る。
「話す話す。話すからちょっと離れてくれないか」
そう言われ、カトリーヌは顔を赤らめた。
「あの商隊は人身売買や盗品の装飾品を取り扱う商隊の一つだ。情報が入って丁度捕縛しようと動いていた」
「その割には押されていたのでは?」
「その件についちゃ世話になった」
「まあいいわ。人々の解放に繋がるなら。それで保護されたのは人族?」
「いや、人族もいるがエルフの方が多いな、次に獣人族だ。みんな女、子供だ」
「やはりエルフ狙いか」
エレオノーラがきつく歯をかんだ。
「エレオノーラ、ごめんなさい。我が国でこんなことが行われていたなんて」
「まだ、ケミストリヤ帝国の人が人身売買に関わっているとは限らないわ。だから謝らないで」
エレオノーラはそう言うとガリウスの方を向いた。
「親玉の検討はついているの?」
「いや、まだだ。こちらは捜索するにしても人員が足りないし、活動資金もない。ないものだらけでなかなか手が回らないさ」
「仕方がないわね。それで解放した人たちはこれからどうするの?」
「それは俺らが責任をもって里まで送り届けるよ。心配することはないさ」
「とか言って、つまみ食いしちゃだめよ」
「しねえよ、そんなこと」
ガリウスは苦虫をかんだ。
「ガリウス、貴方たちに上の人っているの?」
ガリウスは、驚いた顔でカトリーヌを見た。
「いや、いねえ。一応冒険者ギルドに報告はしちゃいるが」
「それならば、今回の件をギルドに報告したら、私のところにも報告に来なさい。そうしたらお金の件も考えておくわ」
「そりゃありがたい」
「これを見せれば皇宮にも話がつくわ」
そう言ってカトリーヌは、手紙とネックレスを渡した。
「資金も足らなくなったら困るわね」
そういうと、また金貨十枚も一緒に渡した。
「わかった。女たちを里に返して、ギルドに報告したら、姫さんのところに必ず行くぜ」
ガリウスはそう言うと、団員を引き連れてその場を去った。
「しかし、盗品の売買に人身売買なんてもってのほかだわ」
カトリーヌは怒っていた。もちろん馬車隊列のみんなも怒っていた。もう一人別の意味で怒っている人がいた。
「カトリーヌ様、これは一体どういうことですか」
それはカトリーヌ付きのメイド、マリアである。
「ごめんなさい、マリア」
「そうですよ、護衛の騎士もいるのに。それになんで私を頼ってくれなかったのですか?こんなの寂しいでは御座いませんか」
マリアは涙目で訴えている。
「ごめんね、マリア」
「分かってもらえればよろしいのです」
「うん、わかったわよ」
「だったら、私も馬でまいりますわ」
といって、商隊の馬を傭兵団にもらい受けに行った。
「怒らすと怖いのね、マリアって」
エレオノーラはカトリーヌの手綱役がいて少しホッとする。
「さて、私たちはこれからどういたします」
エレオノーラがカトリーヌに今後の方針について質問すると、
「時間をだいぶ取られてしまいましたし、この先の村で宿をとりましょう。もし取れなければ野営しますか?」
「野営はいいですけど、経験はおありなのですか?私は御座いますけど」
「いえ、ありません。しかし、何事も経験です。」
その潔さにエレオノーラは感服し笑った。
村に抜ける一本道を移動していたら、立派な城が見えてきた。
「ここの領主は誰だったかしら」
「確かここはエスタール領で領主はエスタール伯爵だったと思います」
「それでここの村は?」
「トランジャ村だと思います」
「トランジャ村の長はだれ?」
「そこまでは存じ上げません」
カトリーヌもそれはそうかと思い、それ以上は追及しなかった。そうして移動していくと、川岸にそびえ立つ大きな城の前まで来た。
「私が見て参ります」
マリアはそう言うと、城の門番に話を聞きに行った。しばらくすると戻ってきて、
「トランジャ男爵だと門番は言っていました。今泊めてもらえるか話を聞きに行ってもらっています」
「そう、泊めてもらえればいいのだけど」
カトリーヌは少し不安そうな表情を浮かべている。そうすると執事らしき人がマリアのもとへやってきて、カトリーヌへの謁見を申し入れてきた。
「これはこれは第二皇女殿下。お初にお目にかかります。私トランジャ男爵の執事を務めさせていただいております、ヨハンで御座います。これより我が主トランジャにお会いしていただきたいと思います」
そう言われ、カトリーヌたちは城の中へと案内された。城の廊下は夕方といえ薄暗く、一行は少し気味悪さを感じた。応接室で男爵と会談することになり、応接室には恰幅の良い中年男性が待っていた。
「これはこれは第二皇女殿下、ようこそいらしてくださいました。私はこの村の長を務めさせていただいておりますトレール=トランジャ男爵で御座います。今日はこころゆくまでおくつろぎくださいませ。ささやかながら晩餐を用意いたします。先ずはお部屋でおくつろぎください」
そう促され、カトリーヌたちはそれぞれ部屋に案内された。カトリーヌとマリアが同部屋で、エレオノーラとメイドのニーナ=スペクトルが同部屋、あとのメイドと護衛騎士には男女一つづつ部屋が用意され、また、ドワーフのターメラ親子にも一部屋用意された。
「カトリーヌ様、今のうちにドレスに着替えておきましょう。私も晩餐会へ呼ばれていますので、私の着付けもありますし」
マリアがそう言うと、メイドが一人隣に立っていた。
「そうね、さっさと着替えましょうか。エレオノーラの方は大丈夫かしら?」
「メイド一人を預けておきましたから大丈夫だと思います」
マリアはそう応えながら、カトリーヌのコルセットを締め上げていった。
「それにしても、メイドのあなたたちまでドレスでこいだなんて、男爵ってちょっと変わっているのかしら?」
そうこうしているうちに晩餐会は始まり、芳醇なワインが振る舞われ、テーブルには七面鳥が並べられ、シェフによって切り分けられていく。
「このように見目麗しき女性に囲まれて食事が出来るなど、この上ない幸せで御座います」
「そんなことを夫人の前で言いますと、怒られてしまいますよ」
エレオノーラはそう男爵を窘め、男爵夫人の様子を窺う。影の薄い細身の男爵夫人はうつむいたままで笑顔一つなかった。
晩餐会が終了し、カトリーヌは湯浴みをしていた。
「何か、あの男爵夫婦ちぐはぐな雰囲気だったわね」
男爵の恰幅の良さと影の薄い細身の男爵夫人の感想をそう総称してマリアに投げかけてみた。
「そうですね、夫人にとってはあまり幸せな結婚という感じではありませんね。政略結婚でしょうか?私はあのような殿方の妻にはなりたくありませんね」
「それは同感」
カトリーヌはそう応えるだけである。
エレオノーラは別の何かを感じていたようだ。
「ニーナ、今晩は眠れないかもしれませんよ」
ニーナはこくりと頷くだけであった。
カトリーヌとマリアが眠りについて二時間したころ、ドアをノックする音がした。しばらくノックが続いたので、マリアが目を覚ましドアを開けると、トランジャ男爵と思われる人影が果物ナイフを突きつけて迫ってきて、トランジャ男爵はマリアの手首をつかんだ。物音に気が付いて目覚めたカトリーヌが、すかさずトランジャ男爵の腰のあたりに目掛け肩をぶつけ跳ね飛ばす。その拍子でトランジャ男爵はマリアの手首を離した。トランジャ男爵はうずくまり、
「若い娘、若い娘」
とうなるようにつぶやいていた。物音を聞きつけてエレオノーラとニーナが部屋に飛び込んできて、四人がトランジャ男爵を取り囲む形になる。その時トランジャ男爵が持っていた果物ナイフは剣に変わっていた。エレオノーラが剣で切りかかって剣戟が続く。
「こんななりでしぶといな男爵は」
そう言いながら何合か打ち合った後、一瞬隙が出来、カトリーヌは水魔法で大量の水の塊をトランジャ男爵に浴びせかける。そうするとトランジャ男爵はばたりと倒れた。
「やったわね、カトリーヌ。お疲れ様」
エレオノーラはそう言うと、トランジャ男爵のもとへ歩いて行った。その時、トランジャ男爵は灰になって崩れ白い揺らぎが空へと昇って行った。
「これはどういうこと?」
エレオノーラは不思議に思った様子だったが、カトリーヌが
「大量の水に聖水を混ぜたのよ」
と言い、
「エレオノーラが剣を交わしている間、トランジャ男爵が少し揺らいで見えたのよ。もしやこれはと思い聖水を混ぜたのよ」
と説明し直した。
「ということは悪霊だったということ?」
「そうらしいわね」
カトリーヌがそう言ったとき、部屋の中に霧が立ち込めてきて、四人は気を失っていった。
「あ痛たたたた。なんかベッドが固いわねぇ」
カトリーヌは腰をさすりながら起きた。他の三人も同様に目を覚ました。
「昨夜は何があったかしら?」
と考えていると、部屋には何もなく、というか城自体がなくメイドも騎士も河原で横になっていた。
「確か、トランジャ男爵に襲われて退治したのまでは覚えていますけど」
マリアがそう言い、
「それから霧が出て。あれは睡眠ガスだったのかしら?」
エレオノーラが不思議そうに言うと、
「とりあえず道まで上がりましょう」
とカトリーヌが言い、全員道の広いところまで上がって行く。
「ほんとここ何もないわね。昨日は大きなお城があったはずなのに」
ほとんどの者が口にしている。そんな時、エレオノーラが道端に目をやると小さな石碑を見つけた。
「麗しき女性たちよ。安らかに眠れ」
と書かれてあった。
「もしかして、ここはトランジャ男爵が女性を連れてきては暴行を加えていた現場なのでは?」
そう、エレオノーラが口にした。
「そうね。私たちも危うくこの女性たちと同じ運命を歩んでいたのかも」
カトリーヌは近くに咲いていた花を添え、手を合わせた。
「さ、こんなところに長居する必要はないわ。先を急ぎましょう」
カトリーヌの号令に皆従い、帝都に向けて出発した。




