25. エピソード24 獣人の国
五日ほど山岳地帯ばかりのドワーフの国を移動していたら、目の前にジャングルが見えてきた。
「ここが国境ですのね。山岳地帯からいきなりジャングルに変わるなんて」
エレオノーラが驚いていた。
「エレオノーラが驚くなんて、初めていらしたのですか?」
「いえ、以前はジャングルではなく、針葉樹林でしたので」
「まあ、首都に向かいながら道すがら、住人に聞いていきましょうか?」
カトリーヌはそう言うと、道を歩いていた鹿耳の住人に聞いてみた。獣人の特徴は耳と尻尾である。
「初めましてお嬢さん、私たち獣人の国アルマニヤの首都に行きたいのですが、どう行けばいいのですか?」
「それはこのジャングルから抜けて、針葉樹林を抜けて、砂漠を抜けて、熱帯雨林を抜けて、草原を抜けて、照葉樹林を抜けて、大きな湖の近くの街が首都ですよ。この順番で通らないとたどり着けないですよ」
「なんてことなの、この国は森林とかが入れ替わるの?」
「そうですね」
「ということですが、エレオノーラ知っていましたか?」
「いえ、私は知りません」
カトリーヌは少し考えこんだが、
「まあ、この女性の言う通り進んでみましょうか」
あまりに考えなしだとは思うが、唯一の情報なのだからしょうがない。余計なことは考えない。そう言って第一歩を踏み出した。
ジャングルの道は割と整備されていて、馬車が通るのに問題ないレベルであった。時々豹耳の男女とすれ違ったりした。
「ジャングルには色々な果物が生っていますね。食べたいですね」
カトリーヌがそう言うとエレオノーラは
「何のトラップが仕掛けられているか分からないのだから慎みなさい」
と、注意してきた。そうそう、ここは何事も注意して行動しなければならない。ジャングルをほぼ一周したところで、突然針葉樹林が現れた。
「それでは、ジャングルから抜け針葉樹林に向かいましょう」
カトリーヌがそう言うと、馬車は針葉樹林へ向かった。通りには熊耳のついた大柄な男性や、エゾジカ耳の女性や、モモンガ耳の子供を見かけた。
「葉っぱが針みたいで、果物とかはなさそうねぇ」
カトリーヌはやや残念がっていた。しばらく進んでいくと砂漠が現れた。
「では、砂漠へ向かいますか。でも変な並びですよね。本来北から針葉樹林、夏緑樹林、照葉樹林、亜熱帯雨林、熱帯雨林と並ぶはずでしょう。それにツンドラやステップ、サバンナ、草原に砂漠もありますね」
ここでは、ラクダ耳の男がいた。
「とりあえずオアシスに向かいますか、水の量も心配だしね」
カトリーヌはオアシスに向かうように指示をした。オアシスで水を補給してから、商店を歩いてみた。果物屋にはスイカが並んでいた。
「スイカを何個か買っていきましょうか?」
マリアが申し出ると、カトリーヌはスイカ好きであったため非常に喜んだ。
「水も補給できたことだし、出発しますか」
今度は熱帯雨林に向かって進み始めた。しかし、進んでも進んでも熱帯雨林が見当たらない。逆に草原や照葉樹林は見つかるのだが。
「また聞き込みし直しますか」
そうして道に歩いているラクダ耳の男に道を聞いてみた。
「ここから首都に行きたいんですけど」
「砂漠から、熱帯雨林を抜け、草原を抜け、照葉樹林にたどり着いたら広大な湖があるからそこに近い街が首都だよ」
返ってきた答えは同じだった。
「夕方になってきたので、オアシスで一泊しますか」
カトリーヌは人員の疲労具合を鑑み、休憩を提案した。オアシスでは馬や羊、ラクダの肉と羊の乳が振る舞われた。ここで熱帯雨林への移動の仕方を聞いて回ったが、運のみであると聞かされるばかりであった。翌朝、馬車列は熱帯雨林に向けて出発した。
「なんか北の方向に蜃気楼が見えるわね。もしかしてあの奥の方で雨が降っているんじゃない?」
カトリーヌはエレオノーラに確認して、蜃気楼の見える方へ馬車列を進めた。そうすると突然ぬるい雨が降ってきた。もう少し進んでみると大量の雨が降ってきて、地面がぬかるみ始めた。
「これで熱帯雨林に入ったわね」
カトリーヌとエレオノーラは喜んだ。雨が激しく降ってきたので一度岩陰に雨宿りをしに入る。雨が上がり、移動を開始ししばらくすると草原が見えてきた。草原には馬耳やシマウマ耳、牛耳にライオン耳など力強そうな人たちが多かった。草原を抜け、照葉樹林に入って行った。道にはタヌキ耳の男に、キツネ耳の女、鹿耳の子供たちがいた。
「このまま湖を見つけ、首都が見つかればいいのですけどね」
カトリーヌはそう言うと、御者の隣に座り景色を眺めていた。
「流石、照葉樹ね。色々な木の実が生っているわ」
よく周りの景色を見ていると、川が見えてきた。
「あの川を上っていくと湖にたどりつくかしら?」
カトリーヌがそう言うと、エレオノーラは、
「そうね、川上に行ってみましょう」
そのようなやり取りの上、馬車列は川上に向かい進み始めた。そうすると大きな湖が見え始め、大きな街が見えてきた。
「ようやく到着ね」
そう言うと、王都に向けて進み始めた。王都に入り道を見ると猫耳の人や犬耳の人が現れ始めた。よく観察してみると猫耳の人は猫の尻尾を出していて、犬耳の人は犬の尻尾を出している。これが獣人のスタイルのようである。王城の入り口に近づくと猫耳の騎士と犬耳の騎士が現れた。
「ケミストリヤ帝国からの使者です。お通しください」
カトリーヌが通行証を見せると、騎士たちは通してくれた。部屋に案内されてから今後の日程を聞いた。
「とりあえず、湯浴みしてから夕食ね。明日、大族長との謁見があって、次の日は観光して、その次の日はまた謁見があって帰路につくのね」
カトリーヌは日程を確認して、湯浴みをすることにした。この城の浴場は大浴場でカトリーヌはエレオノーラやターメリ夫人とメリーも誘って大浴場に向かった。
「ああ、生き返る。獣人の国に入ってから大変な旅だったから、ほんとこのお湯はありがたいわね」
「ほんと生き返るわね。お風呂から出たらビールが欲しいわね」
「エレオノーラもビールを飲むのですか?」
「飲みますわよ」
「買いに出ますか?」
「それはいいですわね」
カトリーヌとエレオノーラはお風呂から出て服を着ると、部屋に用意されているワインを横目に、城外へと繰り出す。
「ビールが売ってますわね」
「何種類もありますね」
カトリーヌとエレオノーラは浮足立っていた。
「これはお城で飲むよりは、この場で飲んでいきたいですわね」
「おつまみもたのみますか」
そうやって、二人だけの宴会が始まってしまった。
お忍びなので、騎士たちも普段着で警護をしていた。
「これはマリアも連れてこなければいけなかったかしら」
「私もニーナを連れてくればよかったかしら」
二人はそう言いつつもタンブラーを口に運ぶ手を止めずに飲んでいた。
「姫様、そろそろよろしいのでは」
いつの間にか背後にいたマリアとニーナが二人のタンブラーを取り上げた。
「もう少し飲みたいぃ」
とカトリーヌは甘えてみせたが、マリアは腕を引っ張り上げ、カトリーヌを立たせた。
「これから晩餐の予定が急に入りましたので、ご準備してください」
「「そんな急な」」
カトリーヌとエレオノーラは叫んでみたが、日程が変わるはずもなく、酔っぱらった状態で晩餐会へ参加する羽目になった。
翌日、大族長との謁見があり、ケミストリヤ帝国皇帝の親書を、エレオノーラはエルフの国王からの親書をアルマニヤの宰相に渡した。謁見自体は御簾越しで行われた。
「使節団の方々ご苦労様でした。返事は後日致しますので、それまでゆっくり過ごしてください」
そうやって謁見は終わった。
「さて、街並みでも見に行きましょうか?」
カトリーヌが提案したが、
「ダメです」
と、一言、マリアに却下された。
「昨日が昨日だっただけに、流石に無理でしたわね」
エレオノーラがそうつぶやいた。
「昨日のお風呂良かったので、また入りませんか?」
カトリーヌは恐る恐る提案してみたが、これは了承された。マリアとて長旅で疲れていたというわけだ。カトリーヌとエレオノーラ、マリアとニーナは大浴場の湯船に浸かった。
「やはり大きなお風呂はいいわね。裸の付き合いも出来るし」
裸と言っても帝国同様に水着を着用して湯船につかっている。
「そんなことを仰るのはカトリーヌ様だけで御座います」
マリアがカトリーヌを諭すと、エレオノーラは、
「私もいいと思いますよ。主人と従者といえ、毎日毎時を過ごす仲です。信頼を置ける者との裸の付き合い、大いに結構ではありませんか」
と言って大浴場を満喫していた。
二日後、カトリーヌは獣人族の大族長から親書を預かると帰路についた。
「鉄道のことはやはり反対でしたわね。あとは二週間ほど皇都に向かって馬車を走らせるだけですね」
カトリーヌは一連の日程を終え、少し安心していた。一週間ほど馬車を進めたところで、異変があるまでは。




