24. エピソード23 加護
カトリーヌは約束通り、エレオノーラを馬車に乗せた。
「これはこれは、大変良い乗り心地ですね。お尻が全く痛くありません。長時間乗っていても腰に負担がかからないかも。カトリーヌはとんでもないものを発明したのですね」
「でも、この乗り心地を理解しようとせず、いまだに木の車輪の馬車を乗っている貴族はいますわ。商人は導入する者が多いですが」
「これならば、商品への影響を小さく抑えそうですね。商人は強かですわね」
今、馬車の乗員は四名だ。カトリーヌにマリア、エレオノーラに彼女のメイドのニーナ=スペクトルである。ニーナはエレオノーラの護衛も兼ねている。
「カトリーヌ、次の目的地はドワーフの国、ドルメシアンでしたわね。それならば、途中に世界樹の近くを通りますわね」
「はい、そうなります」
「それならば、世界樹へ立ち寄りましょう」
「何故です?」
「そこで精霊の加護を受けましょう。私とニーナはもう精霊の加護を受けていますが、カトリーヌとマリアはまだでしょう」
「エルフでなくても受けられるのですか?」
「エルフの血が入っているなら、受けられるでしょう」
そうしてカトリーヌらは世界樹へとむけて進路を変更した。
森の高さから一つ天に突き出した見た目は広葉樹っぽいが、一年中青々と茂っている。それが世界樹だ。世界樹の加護はエリフルーデン全土を覆い、それによって北方の地であってもエリフルーデンは一年中温暖な気候だ。ただ、気候の変動が少ないと植物の生育に悪い影響が出てしまうことがある。エリフルーデンの今後の課題と言えよう。そうして車窓から眺めていた世界樹がどんどん近くなってきて、一つの集落が見えてきた。
「世界樹まではここから歩きですわ。降りますわよ」
エレオノーラはそう言うと、馬車をすかさず降り、ニーナも続き、それにカトリーヌとマリアも続いた。カトリーヌは、エレオノーラに集落の村長を紹介された。話し合いの結果、村長の孫娘のドーナが世界樹の根元まで案内してくれることになった。しかし、世界樹の根元まではエルフしか立ち入れられず、カトリーヌとマリア以外のケミストリヤ帝国人は立ち入り禁止になった。もちろん護衛の問題が生じたが、カトリーヌとマリアの戦闘実力は折り紙付きなので、騎士たちは祈るに任せた。
「思ったよりは歩きやすいですね、エレオノーラ」
「エルフにとっては聖地ですからね。生まれて一度は訪れる場所です。世界樹の根元に行けば精霊が住んでいて、契約を結べれば加護を受けることが出来ます」
「エレオノーラはどのような加護を受けているのですか?」
「水の守りの加護です。わが国は森林におおわれているので、火災が発生すると厄介です。水の守り加護と水魔法で消火に当たります」
「なるほど、それは良い加護ですね」
と話をしながら一時間ほど歩いたところで、世界樹の根元、精霊の住処へたどり着いた。
「精霊女王よ、お願いしたいことがありまして参りました」
すると世界樹の根元に建てられた大きな祠に置かれた鏡の中から、精霊が一人現れた。
「第二王女のエレオノーラか。本日はどのような用事かの?」
精霊の小さな体には似つかわぬ大きなはっきりとした声で問われた。
「はい、私の友人、カトリーヌとマリアに精霊の加護をお与えしていただきたく参りました」
エレオノーラはそう言うと、クッキーの詰め合わせを精霊女王に手渡した。
「いつも済まぬのう。して、そなたの友人とやらはエルフには見えぬが?」
「はい、人族ではありますが、我々と同じ寿命を持ち、その血にはエルフの血が流れております」
「どれどれ、そなたら手のひらを見せてみよ」
カトリーヌとマリアはおずおずと手のひらを開いた。
「なるほどのぉ、よくわかった。そなたらに精霊の加護を与えよう」
そう言って二体の精霊を呼び出した。二体の精霊はそれぞれカトリーヌとマリアの額にキスをした。その瞬間、全身に大量の魔力のオーラに包み込まれた。
「契約は成功のようじゃな。二人とも、精霊の加護は受けられたようじゃ。それでは私は戻るとしよう」
と、言って、精霊女王は鏡の中へと消えていった。
「カトリーヌはどのような加護が受けられたかしら?」
エレオノーラが楽し気に聞いてみると、
「火と水、土、それに風の加護です。どのような魔法攻撃が来ても防いでくれるようです。マリアはどう?」
「金属の加護?といえばいいのでしょうか。どんな物理攻撃が来ても防いでくれるようです」
マリアがそう応えると、エレオノーラは驚いた。
「精霊女王、そんな精霊隠していたのね。ほんとズルいんだから。さぁ、行きましょうか」
エレオノーラの一言で集落まで戻ることになった。集落に戻るとカトリーヌを見る騎士の目が変わっていた。マリアに対してもだ。それに驚いているとエレオノーラは静かに笑った。
「精霊の加護を受けると、今までと見た目がちょっと変わるのよ。少し大人の落ち着きを得たような感じね」
カトリーヌとマリアはお互いをマジマジと観察したが、そのようなことは感じられなかった。
「それは、いつもお互いをよく見ている証拠だわね」
エレオノーラがそう説明すると、馬車列はドワーフの国へ向けて出発した。
五日ほど道を進むと、エルフの国エリフルーデンとドワーフの国ドルメシアンの国境に差し掛かった。エリフルーデンの森林地帯からドルメシアンの山岳地帯へと切り替わっていく。この山岳地帯を三日ほど行くとドルメシアンの首都に着く。ドワーフたちは長老たちが治める国である。山岳地帯を抜け首都に着いて二日目、カトリーヌらはドワーフの最長老ドルゴンとの謁見を許された。
「初めてお目にかかります。ケミストリヤ帝国第二皇女のカトリーヌで御座います。以後、お見知りおきを」
「お久しぶりです、最長老ドルゴン様。エレオノーラですわ」
「カトリーヌ皇女殿下、初めまして。遠路はるばるお越し下さりありがとうございます。エレオノーラ王女殿下お久しぶりですのぉ」
「ドルゴン様、父のケミストリヤ帝国皇帝陛下から親書を預かってまいりました」
カトリーヌは親書を最長老ドルゴンに渡した。ドルゴンは親書に一通り目を通すと、
「後ほどきちんと返事を致す故、今日はこの辺で終わりにするか」
そうして謁見が終わった。
謁見が終わった後、エレオノーラがカトリーヌらに一軒の武器屋を紹介した。
「ここは、オリハルコンやミスリルを扱っているから、良い武器や防具が手に入りますわよ。まずは手元の武器を見てもらっては如何ですか?」
そう言われて、カトリーヌは手元にある騎士団制式剣のレイピアを職人に渡した。
「普通の鉄製の剣に火魔法の魔石が一つか。一国の御姫様が持つにはちょっと情けない剣ですなぁ。これ以上酷使は出来ませんよ」
「あら、そうなのですの。どうしましょう。護身用ですのに」
「それならば、私が一振り拵えましょう。そちらのお嬢様の分も」
と言って、職人はマリアの方を見た。職人は倉庫からミスリルのインゴットを持ってきて剣を打ち始めた。もう一人職人がやってきて、防具を作ると言ってミスリルのインゴットを倉庫に取りに行った。出来上がりは一週間後ということで、その場を後にした。剣が出来上がるまでの間、カトリーヌらは、装飾品のお店で珍しい宝石を買い求め、日用使いの鉄製品などを見て回ったり、ロッククライミングをしたりして過ごしていた。装飾品は帝国ではあまり見たことのないような洗練された細工が施されている逸品などがあった。日用品は使い手に馴染むように作られていて、帝国の大量生産品とはまるで違うものであった。ロッククライミングはカトリーヌとエレオノーラがはしゃいで何回も挑戦していた。翌日筋肉痛になったのは言うまでもないことである。
「あ、痛たたたあ。ちょっとやり過ぎたかしらね」
「カトリーヌ様、それはそうで御座いますよ。確かに日頃から鍛えているとはいえ、ロッククライミングは使う筋肉が違うのですから当然のことです。少しお転婆を直してください」
「お転婆、って私、十七歳よ。それももうすぐ十八歳」
「今のうちですよ、嫁の貰い手があるのは」
「どうせ、私、お嫁に行くつもりなんかないからね」
「そんなことを仰っていたら、皇帝、皇后両陛下がお嘆きになりますよ」
「それは、分かっているけどさ」
そんな話をしている時に、エレオノーラが尋ねてきた。
「二人とも剣が出来たそうですが、取りには行きませんか?」
「あ、只今支度をします。しばらくお待ちください」
カトリーヌがそう応えると、マリアはカトリーヌのドレスの用意をした。ドレスを着、化粧を施し、髪を結い終えたカトリーヌとマリアは馬車に乗り鍛冶屋へ向かった。
「お嬢様方、先ずは皇女殿下の一振りに御座います」
そう言うと職人は、白銀のレイピアをカトリーヌに差し出した。
「抜いてもよろしい?」
「はい、ご自由に」
カトリーヌはレイピアを鞘から抜いた。抜かれた剣は眩い光に包まれている。
「これは」
カトリーヌは息をのんだ。
「柄のところに火、水、風、土の属性を操り、魔力を増幅する魔石を埋め込んであります。剣を振るう時、剣に魔法を付与なさいますと、魔石により魔法を増幅することが出来、魔剣としてご利用できます」
その説明にカトリーヌはこころ踊った。
「それでは、マリア様の剣もお納めください」
マリアは職人から剣を渡されると、抜剣して眺めた。こちらも眩い白銀である。
「柄には神聖魔法と闇魔法の魔石が埋め込まれております」
「ということはどういうことです?」
マリアが質問した。
「神聖魔法においてはヒール等治癒魔法が増幅し、闇魔法では、毒や混沌などを引き起こす魔法を増幅することが出来ます。もし、魔法自体を操れなくとも、魔石の力だけで発動させることもできます」
「どうやって?」
「ただ魔力を流せばよいのです」
「魔力を流すだけでねぇ」
「先ずはお試しください」
そう言われて、マリアは自分にヒールがかかるよう剣に魔力を流した。そうしたら素早くヒールがかかった。
「これはいい剣ですね。前衛、後衛どちらでも使えますね。私にピッタリの剣です」
「良かったわね二人ともいい剣に巡り合えて」
エレオノーラが二人に祝辞を述べた。
「それよりこのミスリルアーマーも試してくださいよ」
「これね、どうすればよいのかしら?」
カトリーヌが戸惑っていると、奥から職人の奥方らしき人がみえて、二人分の服を持ってきた。
「先ずは、これに着替えてください」
渡されたのは騎士が着るような服であったが、薄いのかボディラインが丸見えで少し恥ずかしい。その上からミスリルアーマーを装着していく。なんと兜もあった。とても軽く鎧をつけているような感覚ではなかった。
「その状態でミスリルアーマー解除と言って下さい」
「「ミスリルアーマー解除」」
二人がそう言うと、二人ともブラにショーツ、ガーターベルトという下着姿が露わになった。
「「キャー、どういうことよ」」
エレオノーラが二人に布を広げ下着姿を隠しながら説明を始めた。
「私も初め同じ目に合わされたのだけど、このミスリルアーマーは主人を選び、一度着ると脱ぎ着する必要がなくなるの。呪文を唱えると自然に外したり、装着出来るって仕組みになっているわ。今度はミスリルアーマー装着と言ってみなさい」
「「ミスリルアーマー装着」」
そう唱えると、兜まで装着された。カトリーヌは何回か試し、ミスリルアーマーの上からドレスを着た。この状態でミスリルアーマーを解除してもドレスは脱げないでいる。そして装着してみると、ドレスの中に装着できた。
「これはとんでもない商品ね。おいくらになるかしら」
カトリーヌが価格を聞いたら、職人は首を横に振った。
「まさか、ただでもらうっていうわけにはいかないわ」
「それならば、私たち夫婦ともども帝国に連れて行ってはくださらぬか?」
「それはどういうこと?」
「ここじゃ人族が大金を見せびらかせ、ミスリルアーマーやオリハルコンの剣を作れと命令してくる。私たちはドワーフだが、金持ちの道楽のために剣を打ったり、装備を作っているのではねぇんだ。もしよろしければ皇女殿下のもとでひっそりと暮らしたい。それだけじゃダメかい?」
カトリーヌはしばらく考えたが、ダンカン教授は最近電気機関車にかかりきりで手が空かないし、新しいドワーフの先生を呼びたかったのも確かだし、と考え、
「ええ、いいわ。その代わり条件があるの」
「それは何でしょう」
「アカデミーで私の助手になってはくださらないかしら」
ドワーフ夫婦はお互い見つめ合いながら、キョトンとしていたが、最後は二つ返事で引き受けた。
翌日、ドワーフ最長老ドルゴンに再度謁見し、親書に対する親書を預かって、謁見の間を後にした。それから剣職人の家へ行き、夫婦二人とその娘を引き受けに行った。
「ターメラ、ターメリ、それとメリーちゃん、これからよろしくお願いします。この馬車に乗ってね」
「これって皇女殿下の御料馬車では」
「いいの、いいの、貴方たちはお客さんなのだから。私たちはエレオノーラの御料馬車で移動するから気にしないで」
そうして、獣人の国アルマニヤへ向けて出発した。




