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23. エピソード22 旅

 カトリーヌの寿命がエルフ並みに長いことが分かってから一ヶ月後、皇帝はライオネルの皇太子就任およびクローゼン伯爵家の次女キャサリン=クローゼンとの婚約を発表した。皇都はこの発表で大いに賑わった。カトリーヌは自分のこれからの生き方について考えていた。このままこの国の発展のため、世界の発展のための研究を行っていきたいとは考えている。だがしかし、今はそのような気分にはなれない。

「マリア、何か面白いことないかしらね」

「面白いことでございますか?」

「そうね、旅なんてどうかしら?」

「その間、アカデミーの方はどうなさるおつもりですか?」

「それもそうよね」

この話題はこれで終わった。ように見えたが、後日皇帝から外交の話が入ってきた。

「外交と言っても大した内容ではない。気分転換の旅行だと思って行ってきてはくれまいか」

皇帝からの気遣いであろう。マリアから話が伝わっていったのかもしれない。皇帝から公務の命令とあらばアカデミーも何もいうことはないであろう。カトリーヌは命を受けた。

 

 新年を祝う皇室行事が終わって一月後、外交の為、カトリーヌを乗せた馬車と護衛の騎馬隊の隊列が皇都を出発した。目的の国はエルフの国エリフルーデンとドワーフの国ドルメシアン、それと獣人たちの国アルマニヤである。ちなみにケミストリヤ帝国は大陸の半分の面積を有しており、三方を海に囲まれている。最初の訪問地エリフルーデンはケミストリヤ帝国の北東部と隣接している。北部にはドワーフの国、北西部に獣人族の国があり、またその間に幾つかの人族の小国がある。ケミストリヤ帝国の皇都は国の中心部にある大きな湖の近くに位置する。カトリーヌたち一行は今北東部に向けて街道を移動している。

「カトリーヌ様、いかがなされましたか?」

カトリーヌは浮かない顔をしながら馬車の車窓を眺めている。

「この馬車、乗り心地最高ね」

「それは、カトリーヌ様のお考えになったタイヤとサスペンションのお陰ですね」

「しかし、これから国境を超えるまで二週間もかかるのね。国境を越えても一週間の旅路かぁ。長いわね」

「そうで御座いますね。カトリーヌ様がお考えになった鉄道網が早く開通すればもっと短い旅路になりますね」

マリアはそう言うと、リンゴを剥いて皿にのせカトリーヌに手渡す。

「そうよねぇ。鉄道網計画早く認可されないかしら」

カトリーヌはそう言うと、手渡されたリンゴにフォークを刺し口に運んだ。

「このリンゴ美味しい」

カトリーヌはリンゴの美味しさで少し気分が上向きになってきた。

 旅路は直轄領を抜け、貴族たちの領地を通っていく。夜は貴族たちの招きに応じ城に泊めてもらい、領地の視察なども行った。時折、カトリーヌは馬車での移動に飽き、馬術服に着替え自ら馬に乗ったりして移動した。そうして二週間後、国境へとたどり着いた。ここからは森林が連なり各森林集落を巡りエリフルーデンの首都へと向かう。エルフの各集落は精霊の加護を受けており、大陸北東部に位置するものの冬でもあまり寒くない。むしろケミストリヤ帝国北部の方が寒いくらいである。そうして一週間ほど移動するとエリフルーデンの首都が見えてきた。首都は森林ではなく街が形成されている。城門ではエレオノーラが待ち受けていた。

「カトリーヌ皇女殿下、お待ちしておりました。ようこそエリフルーデンへ」

「出迎え、ありがとうございます。エレオノーラ王女殿下」

以前、ケミストリヤ帝国に視察に来たエレオノーラはエリフルーデンの第二王女である。エレオノーラは自ら馬に乗り、騎馬隊を率いて、カトリーヌたちの隊列を王城へと案内した。迎賓館に着くと部屋へ案内され、王への謁見は明日行われると連絡を受けた。

「カトリーヌ様、早速湯浴みをいたしますか?」

「そうね、お願いするわ」

「承知しました」

マリアはそう言うと、早速お風呂の準備に取り掛かった。今回はマリア以外に四人のメイドを連れてきており、各々の仕事を始める。部屋の中の調度品は金属による装飾はないが、きめ細やかな彫り物で装飾されており磨き上げられているのか艶のある逸品であった。

「流石、大森林の国ね」

カトリーヌは感嘆していた。

 この夜エレオノーラ主催の晩餐会が行われた。エルフの国なので食卓には野菜料理が多く取り揃えてあると思いきや、魚料理や肉料理なども並べられていた。

「肉や魚があり驚きましたか?エルフだからといって菜食ばかりではありませんよ。ちゃんと動物性タンパク質も摂っていますよ。やはり長生きするには色々なものを食べないとね」

エレオノーラは茶目っ気たっぷりに言った。

「しかし、肉料理がこんなに出るとは思いませんでした」

「今日は特別です。狩りで鹿や雉が獲れましたので」

「もしかして王女殿下自ら狩りをなされたのですか?」

「はい、私は弓がとてもうまいのよ。あ、王女殿下はやめてね。エレオノーラでいいわ」

「では、私のことはカトリーヌでお願いします。私は剣を扱うことはありますが、弓は使ったことがありません」

「では、私と一緒に狩りに出ますか?弓の使い方も教えて差し上げますよ」

「はい、喜んで」

願ってもいない申し出に、カトリーヌは破願した。

「カトリーヌは私に聞きたいことがあるのでしょう」

「実はエレオノーラに相談したいことが山ほどあって」

「いいわよ、食事のあとでお茶でも飲みながらお話ししましょうか」

こうして晩餐会が開かれた後、部屋を移してカトリーヌとエレオノーラの話し合いの場が設けられた。


「エレオノーラ、実は私とマリアの遺伝子検査の結果、エルフ並みに寿命が長いことが分かったの」

カトリーヌは俯きながら話し始めた。

「そうだったの。確かに人族がそんなに長生きするとなると考えることは多いわね」

優しい面持ちでエレオノーラは応えた。

「ええ、自分たちがまだ若い顔つきや体の状態で、友達に死なれたり、若しくはまだ見ぬ子供たちが先に死んで行ったりするのかと思うと耐えきれなくて。それに皇女がいつまでも居続けると国に良くない影響を与えるかもしれない」

「友達や子孫のことに関しては嘆くことはあるかもしれないけれど、貴女は平和を愛し、国民を愛し、国の、いえ、世界の繁栄を望んでいる。その道筋は長く貴女の頭脳と行動力が必要でしょう。貴女はこの世の中に必要とされて生まれてきた存在なのだから」

カトリーヌはエレオノーラの言葉でハッとさせられた。そうか、自分がこの世界の発展に寄与するためにはそれぐらいの年月が必要なのだと再認識させられた。

「カトリーヌ、貴女は生き急いでるようにも見えるわね。時間は有限であるものの、貴女は人より長い時間を得たのだからゆっくり生きて行っていいのよ」

この言葉に、カトリーヌは救われた気持ちになった。

「それにね、私は人族の知識を学びたいと思っているの」

「なぜです、エレオノーラ」

「エルフはね、自然に任せ時の流れるままに生きてきたわ。でもね、それだけではエルフの国を守れない。今、大陸は大きな変革期に来ているわ。そのような時、時代の流れに乗れない人種は廃れていくと思うの」

エレオノーラはカトリーヌの目を真っ直ぐ見ながら語った。

「それは、どういうこと?」

「知識を持たないものは、知識を持つ者によって支配されるということよ。私はそんなのまっぴらごめんだわ」

カトリーヌは思った。自分たちが始めた改革が、エルフの国に悪い意味で影響を与えてしまったのではないかと。

「それで、私は貴女の国に行って、いろいろ学びたいの。いいでしょ」

「それはもちろん喜んで受け入れますわ。エレオノーラ」

「では、これからはお友達としてよろしくね、カトリーヌ」

「こちらこそよろしく、エレオノーラ」

こうして、エレオノーラのケミストリヤ帝国への留学話が進んでいった。


 次の日の午前中、王との謁見が許された。

「この度はエリフルーデン王のご尊顔を拝し恐悦至極で御座います」

「良くこられたな、カトリーヌ皇女殿下。娘のエレオノーラと友達になってくれてありがとう」

「こちらこそ、エレオノーラに友達になってもらえてうれしい限りです」

「そうかそうか」

エルフの王、エリフルーデンは満悦だった。

「こちらが、我が帝国陛下の親書になります」

カトリーヌは王の側付に書簡を手渡した。王はそれを一読し、

「あいわかった。一度協議して返事を返す。それでよいな?」

「はい、ありがとうございます」

こうして、王との謁見が終了した。

 昼には昼餐会が開かれた。メインの料理は熊や猪の肉が振る舞われた。そして、夜には舞踏会が開かれた。帝国のそれとは違い、エルフの民族衣装で、エルフの楽曲で、エルフの舞で行われた。カトリーヌはエルフの衣装を身にまとい、椅子に腰かけ舞踏を眺めていた。

「見事なものね」

カトリーヌは後ろに控えていたマリアに話しかけた。マリアもエルフの衣装を身にまとっている。

「はい、カトリーヌ様」

カトリーヌはワインを片手にしばらく眺めていた。そこにエレオノーラがやってきて手を取った。

「さあ、踊りましょう」

そう言って、舞台へと引いていった。初めは戸惑いつつも、眺めていた踊りを思い出しつつ、エレオノーラの巧みなリードによって踊りを楽しんでいた。マリアもエレオノーラの従者に手を引かれ舞台に上がっていた。


「今日は楽しかったわね」

「はい、楽しかったですね」

マリアも今日は上機嫌であった。

「ちょっと飲みましょうか」

「はい、用意してまいります」

カトリーヌとマリアはこうして夜更けまで過ごした。


 翌日、カトリーヌはエレオノーラに連れられ狩場へ出かけた。森の入り口で弓の使い方を習い、矢が目標に当たるようになってから早速森に入った。カトリーヌは半日森を移動したが、獲物を獲ることは出来なかった。昼食には香草たっぷりのスープが振る舞われた。

「さて、午後から獲られますかね」

カトリーヌはそう言うと再び馬に跨った。夕方まで狩りを続けたが結局一つも得られなかった。エレオノーラは鹿を一頭仕留めていた。

「それは今日食べるのですか?」

カトリーヌはエレオノーラに聞いたが、

「いいえ、二、三日熟成させてからでないと美味しくないわよ」

そう応えられた。


滞在四日目。カトリーヌはエリフルーデン王から親書に対する親書を受け取った。

「鉄道網が我が国までくれば、色々な農産物のやり取りが出来るのだな。わが国でも農業を始めるのも悪くない。肉が輸入できれば狩りに頼る必要もなくなる。良い面が多そうだな。ただ悪い面もある。そのことを肝に銘じて開発を行うのだな」

そう言葉を受けた。

「あと、娘のことをよろしく頼む」

「はい、分かりました」

午後、馬車の様子を見ていると、エレオノーラがやってきた。

「珍しい馬車ですね。車輪が木製ではないのですね」

「そうです、これは我が国で開発したゴムタイヤです。それにサスペンションを組み合わせて乗り心地も格段に良くなっていますよ」

「ほう、それは乗ってみたいですね」

「いつか乗る機会が出来たらどうぞお乗りください」

「それは楽しみです」


 翌朝、カトリーヌは出発の時を迎えていた。と、同時に驚いていた。エレオノーラが旅支度をして待っていたのだ。

「エレオノーラ、どうしたのですか?」

「どうしたのって、旅に出るのよ」

「どちらへ向かうのですか?」

「貴女の向かうところへ、ですよ」

「えええええ・・・」

カトリーヌは淑女らしからぬ声を出してしまった。


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