22. エピソード21 次期皇室
ロゼリアは皇帝に、応接間に皇族全員を集めてほしいと願い出た。皇帝はロゼリアの様子が少し沈んでいるように見えたので、応えることにした。夕刻、カトリーヌとロゼリア、セレーナとマリアが待つ応接間に皇帝と皇后、皇子のライオネルが集まり、セレーナは今回行ったカトリーヌとマリアの遺伝子検査の結果について報告を行った。
「このようなことから、カトリーヌ皇女殿下とマリア=クローゼン伯爵令嬢には、過去のエルフ族との交わりの隔世遺伝が発現したと思われます」
「まさかそのようなことが‼」
「確かに成長は他の同世代の子より遅いと思ったけど」
皇帝と皇后の言葉である。ライオネルは黙ったままカトリーヌを見つめていた。ロゼリアは、
「まぁ、そのような気配は前からあったわけだし、カトリーヌだけでなく、マリアもそうなのだから二人で仲良く暮らしていける環境を整えてあげましょうよ」
と、その場の雰囲気を和らげようと必死だった。
「このことはクローゼン伯爵は知っているのか?」
皇帝がマリアに尋ねた。
「先ほど、結果を聞いたばかりですので、まだ報告は致していません」
その答えを聞いて、
「よし、それならば明日クローゼン伯爵に登城するように伝えよう。セレーナ嬢、明日もう一度同じ説明をしてくれるかな」
「はい、もちろん」
それでその場は解散となった。これから家族そろって夕食という雰囲気ではなくなったので、各自自分の部屋で食事をすることになった。皇帝と皇后は食事をしながら今後のことについて話し合うことにした。
「どのようにしたものかのぅ、セシリア」
「そうで御座いますね、陛下。カトリーヌのお婿さん問題は如何しましょうかね」
「今そこが重要な問題か?」
「はい、とても重要で御座いますよ、陛下。孫の顔見たくはありませんか?」
「それは、見たいが」
皇帝がこう応えると、皇后は少し明るい笑顔で、
「そうで御座いましょう。カトリーヌはエルフの血の影響でエルフ並みに寿命が長いとはいえ、人族です。そのことを考慮してもカトリーヌと一緒になってもいいという殿方を探さねばなりません」
と話す。皇帝も、
「それもそうだな。朕はカトリーヌに皇帝の座を譲ろうと思っていた」
と話し、
「あの子は優秀ですからね」
と、皇后は応えた。
「だが、同じ者が権力の座に長く鎮座していては、政治は腐敗することもある。そこでだ。カトリーヌの遺伝子のことを発表するのと同時に、ライオネルを皇太子にしようと思うのだがセシリアはどう思う?」
「そうですね。皇子も二十歳になりますし、婚約者も決めておかないといけませんわね」
そうして、夕食での話し合いは、三人の子供たちの近い未来に想像を膨らませていった。
翌朝、クローゼン伯爵が登城し皇帝と謁見した。話の内容は昨日の通り、マリアの遺伝子と処遇についてである。クローゼン伯爵は沈痛な面持ちであったが、マリアが平然としていたので自分の気持ちは腹の内に押しとどめ、マリア自身の意志とカトリーヌによる差配に任せる旨を皇帝に申し出た。
夕方、ライオネルはアカデミーから帰宮すると皇帝の執務室に呼ばれた。執務室には皇帝の他に宰相のカルロス公爵も居る。場所を執務室から応接室に移し、皇帝とライオネルは向かい合いに座り、宰相は皇帝の後ろで控えた。
「ライオネル、お前を皇太子にしたいと思う。異存はないな」
「父上、お待ちください。皇太子にはカトリーヌがなるべきだと思います」
「何故だ」
「カトリーヌは優秀で医薬品を始め色々な発明に関わっています。その為、国も大きく発展しようとしています。そのような者の方が次の皇帝になるべきだと思います」
「戯け、カトリーヌには帝王学を教えていない。そのような者が次の皇帝になどなれるはずがなかろう」
「しかし、今から帝王学を学べば即位には間に合うと思うのですが」
「そうだな、朕も直ぐに退位するつもりはない。だがしかし、カトリーヌには自由に研究をさせないと、あやつの良いところが伸ばせぬ。それはおぬしとて分かるだろう」
「しかしながら、」
ライオネルがそこまで言いかけたとき、宰相が言葉を挟んだ。
「ライオネル皇子殿下、一人の独裁者が権力を持ち続けると、必ず国は崩壊致します。殿下は貴方の目の前で国が亡びるのを良しとしますか」
その言葉にはライオネルは同意するほかなかった。
「さてと、皇太子の件はそれとして、今度は婚約者についてだが、ファルマシヤ侯爵のところに双子の公女がいたなぁ。そなたも舞踏会ではよく踊っているようだが、仲は良いのであろう」
「はい、歳も同じですし、親しくしてはいますが」
「では、双子のうちどちらかと婚約してはどうか?帝国は一夫一妻制だが皇族に限ってはその限りでない。両方を第一妃、第二妃として迎えるのも良かろう」
その言葉にライオネルは少し怒りを覚えた。
「お言葉ですが父上、私には好いた女性がいます。その女性と婚約したいです」
皇帝は少し慄いたが、
「どこの公女だ。申してみよ」
「乳兄弟のキャサリン=クローゼンです」
それには皇帝も宰相も驚いたようで、
「マリア=クローゼンの妹か」
「クローゼン伯爵家の公女とは」
と、思わず叫んでしまった。キャサリン=クローゼンはライオネルよりも一つ年上である。
「キャサリンとの結婚をお許し頂けなければ、皇太子は姉上にお譲り致します」
流石に皇帝もこの一言を飲む訳にはいかず、
「良い、分かった。条件を飲もう。キャサリン=クローゼンをそなたの婚約者としよう。明日、クローゼン伯爵とキャサリン嬢を登城させよう」
こうして、皇太子の件と婚約者の件は決まって行った。
ここで問題が発生した家が一つ。ファルマシヤ侯爵家である。ドロシーとベアトリスはこれまでどちらかが皇太子妃となり家に残る者が侯爵家を継ぐよう教育を受けてきた。その話がご破算になったことで二人はこれまで燻っていた不満を爆発し、尊敬するロザリアの手伝いをすべく看護学科に転入し学生寮で暮らすことに決め、すぐさま家を出て行ってしまった。そうしてクリスティーヌが侯爵家を継ぐことになってしまった。
久しぶりにカトリーヌ主催のお茶会が開かれた。
「兄上の婚約が決まってから、ファルマシヤ侯爵家には迷惑をかけて済まなかったわね」
カトリーヌは初めにクリスティーヌに謝罪した。
「ほんとよ、もう。三女の身分で気ままに暮らすつもりだったのに、何故か家を継ぐことになるなんて。もうお見合い話で持ちきりよ。結婚なんて全然考えていなかったのに」
「クリスティーヌもようやく私の苦労が分かってきたようね。私なんか幼いころから許婚がどうのとか言われてきたけど」
そう応えたのは、セレーナであった。
「でも、許婚や結婚の話、出ないわよね」
カトリーヌがセレーナに聞いてみた。
「まだまだ、医師として、医学科の教授としてやらなきゃいけないことが山ほどあるでしょう。お父様も流石に今すぐ結婚しろとは言ってこないわよ。それよりカトリーヌ様、貴女の方はどうなのかしらねぇ」
「え、私。私はほら、お姉さまも未婚で許婚もいないし、それに童顔だから結婚の対象にはならないでしょう」
「皇族の血が結婚対象にならないわけがないでしょう。引く手あまたなのではないの?」
クリスティーヌがそう聞くと、カトリーヌは俯いて、
「私、エルフの血があるし・・・」
とだけ答えた。




