21. エピソード20 遺伝子検査
紅葉や楓が綺麗に色づき始めたある日、皇城の一角に十分の一スケールのレールが敷かれた。皇帝と一部有力貴族が見守る中、電気機関車の走行テストが行われた。走行テストは上手くいき、拍手が沸き上がった。それからアカデミー総長から鉄道網における物流の変化や人流について説明がなされた。もちろんメリットだけではなくデメリットも説明されたが、概ね好感触を得られたようだ。部屋を移し早速御前会議が行われ、そこには総長とダンカン、カトリーヌも参加することになった。実はこの走行会の前に皇帝はカトリーヌから鉄道について色々話を聞き、渡された資料を基に一通り検討もしていた。鉄道敷設には土地の買収や建設などに多大なコストがかかるが、物流と人流に大きな変化をもたらす事は、帝国発展において大きなメリットがあると考えられた。また、この技術が帝国で使われぬまま他国で使われたとすると、帝国はその点において大きく出遅れてしまうことになりかねない。研究を主導しているのはドワーフで、ドワーフの国から鉄道が発達するのは後々面倒なことになりかねない。その点を見越して、皇帝としては鉄道敷設に異論はなかった。だが、初めて電気機関車を見た一部有力貴族の目にはどう映ったかが気がかりだった。保守的な貴族からは反対が多かったが、革新派にとって鉄道は、大きな福音をもたらすように見えたようであった。結局、意見は半々に分かれたため皇帝は、皇帝の直轄領のみで運行テストを行う方針を示した。これならば土地の買収は容易で、反対派の土地には手を出さないため予算以外では文句を言われる筋合いはない。また賛成派にとっては運行テストが成功すれば、いずれ自分たちの領地にも鉄道を敷設してもらい、物流の発展を遂げればよいという考えの者が多かったようだ。こうして皇都郊外から川沿いに約十キロメートルの鉄道が敷設されることになった。鉄道の敷設のすぐ近くにダンカンの研究室が設けられ、実物大の電気機関車の製造が開始された。
カトリーヌはダンカンの研究施設が鉄道敷設予定地近くに引っ越してからも、よく顔を出しに行くようになった。研究施設は皇都から少し離れているので、馬車での移動になる。この時も護衛の騎士四人がついてきた。馬車はダンカンが開発したタイヤとホイールの組み合わせに、サスペンションも組み合わさり乗り心地は格段に改善されていた。
「ダンカン教授。ここまでくるとアカデミーの研究というより一企業といった感じですね」
「そうですね、皇女殿下。わしもここまで大掛かりなものになるとは思っていなかったよ。しかし、面白い仕事を下さってありがたいと思います」
「いえいえ、私の方こそ。ここまで実現してくださってありがたいです」
カトリーヌは、一通り研究施設の所員に挨拶を済ませると、馬車に乗って帰宅の路についた。だいぶ暗くなってからの帰宅になってしまい、道が見えづらくなっていた。明かりを点けようとしたその時、一瞬の隙をついて馬車が囲まれてしまった。今度の人数は十人くらいだろうか。護衛は近衛騎士が四人。流石に分が悪い。盗賊風情の者と近衛騎士団のにらみ合いが続いた。近衛騎士は二人づつ馬車の左右のドアに配置している。右側のドアに敵の一人が襲い掛かってきた。近衛騎士は剣で受け止め切り結んだままの状態になった。左側の敵一人が御者に襲い掛かった。御者もある程度は剣術が出来るが、馬を落ち着かせるのに精一杯だった。近衛騎士の一人が御者をかばおうとした瞬間、敵のもう一人がその近衛騎士に切りかかる。カトリーヌとマリアは剣を既に抜いており、魔法もいつでも発動できるようにしていた。馬車の右側のドアからマリアが飛び出し馬車後方の敵に切りかかった瞬間、カトリーヌも同じドアから馬車を出て火魔法を剣にまとわせた剣を横なぎに振るった。そうすると右側に居た敵全員に炎に飲まれた。カトリーヌとマリア、近衛騎士一人が馬車左側に応戦に行き、形勢は五対五になった。もう一度カトリーヌは剣に火魔法をまとわせ横なぎに剣をはらった。また敵五人は炎に飲まれた。それから、剣を真上に掲げ水魔法を発動し一帯に大雨を降らせた。それにより、炎に飲まれた敵は消火された。しかし、炎により大やけどを負った。カトリーヌは近衛騎士と御者に回復魔法をかけた。騎士と御者はこれにより怪我を免れた。また敵十人にも回復魔法をかけた。しかし、こちらは完全に治癒しない程度に回復魔法をかけ、敵が逃げられない状況を作って縄で縛ってからもう一度回復魔法をかけた。敵の大やけどもあらかた治ったようだった。
「誰の差し金?」
カトリーヌは敵に問いかけた。だがこんなことで口を割るわけはない。
「まあ、いいわ。皇城に戻ったら、私直々に尋問してあげましょうかね」
カトリーヌはそう言うと剣先に炎を灯した。そう、カトリーヌが本気であれば人を消し炭にするなど簡単なことである。しかし、わざわざ自分の手を血に染めることもない。近衛騎士の一人が馬で皇城へ応援の要請をしに行った。その間に襲撃者から聞き出した話では、敵は傭兵で雇い主は保守派の貴族で一人や二人ではないことが分かった。
「保守派の貴族はそんなに私の存在が疎ましいのかしら?でも兄上が雇い主でなくてよかったわ」
カトリーヌがそう言うと、マリアは、
「まだ、わかりませんよ」
と警戒を怠らないようカトリーヌに注意を促した。
皇宮に戻ると皇帝と皇后、それとロゼリアがカトリーヌを出迎えた。皇后は飛び出しカトリーヌを抱きしめた。
「大丈夫だった?怪我はない?」
皇后はそう言いながら涙を流していた。
「大丈夫ですよ、母上。大丈夫です」
そう応えると、今度は皇帝が、
「お前というやつはほんとに心配かけおって」
そう言って、カトリーヌと皇后を抱きしめた。ロゼリアはその姿を見て安堵した。マリアはこの場にライオネルが来ていないことを訝しく思った。敵は近衛騎士団により捜査担当機関へ引き渡され、早速尋問が行われることになった。
翌朝、カトリーヌはいつもと変わらぬ朝を迎え、朝食を摂りにダイニングへ向かった。ダイニングにもライオネルはおらず、四人での食事となった。皇帝から当分の間、外出禁止と言い渡された。今日はたまたまアカデミーも休みだったので、のんびりと自室で過ごすことにした。そうして、過ごしていた午後、セレーナとクリスティーヌがお見舞いに訪れた。
「カトリーヌ様、大変な目に合われたようですね」
セレーナがそう言いながらお見舞いの品を渡す。
「ほんと大変な目に合ったわ。外出禁止だなんて」
「問題点そこ?」
とクリスティーヌに突っ込みを入れられた。
「そうねぇ、私の改革案って保守派にとっては危険なものだったのかしらね」
カトリーヌはそう言うと、ボーっと窓の外を眺めた。
「そうねぇ、医療改革やアカデミー改革はとっても良かったとは思うわよ。今回の電気改革や電気機関車の開発などもとっても良いアイデアだとは思うわよ」
セレーナはそう言いながらカトリーヌを慰めた。
「保守派の貴族たちは、自分では出来ない改革案を示されて逆恨みしているだけよ」
「それだけならいいのだけどね。それに今回のことで諦めてくれればいいのだけど」
カトリーヌは二人の手を握った。
「しかし、社交界にデビューしたとは言え、見た目がまだ十五歳に達していない童顔じゃ侮られることもあるのかもね」
とクリスティーヌが冗談めかして話した時、カトリーヌは真面目な表情になり、
「貴女たち、生育が昔は私と同じくらいだったけど、デビュタントを迎えるころには年相応の成長具合になったじゃない。でも私の生育スピードは遅いまま。でもそれだけじゃなくてマリアのことも見てほしいのだけど、マリア、とても二十八歳には見えないわよね」
そう言うと、二人はマリアの顔を覗き込んだ。
「確かにマリア、二十歳くらいのままね」
二人は不思議そうに、カトリーヌとマリアの顔を見ていた。
「この間、マリアとこの話題になったことがあって、人間の各種族とも進化の過程で遺伝子に差が出てきて、異なる種族の間では子供が出来なくなったのではないかという話をしていたの。でもそれ以前は種が交わっていて、その隔世遺伝で人族の私たちにエルフの血が出てきたのではないかって。貴女たちどう思う?」
カトリーヌがこう話すと、セレーナは顎に手をやり考え始めた。
「そうねぇ、その仮定が正しいかを検証するならば、先ず遺伝子検査を行う必要があるわね。やってみる?」
セレーナはそうカトリーヌとマリアに問うた。二人は自分たちの謎が知りたかったので、検査を受けたいと申し出た。
次の日、セレーナはロゼリアを連れて、カトリーヌの部屋を訪れた。部屋に着くなりロゼリアは、
「カトリーヌ、貴女つくづくと色々なことに巻き込まれているわね」
「今回はマリアもです。姉上」
姉妹のそんな冗談を聞きながらマリアは微笑んでいた。
「それじゃ、採血するわよ」
と言いながら、ロゼリアはカトリーヌとマリアの採血を行う。
「それじゃ、この血液をアカデミーに戻って遺伝子検査してみるわね」
セレーナはそう言うと、ロゼリアとともにカトリーヌの部屋を後にした。
カトリーヌが盗賊風情の傭兵から襲われて一週間ほどたった頃、尋問による調査が終了した。尋問の結果、予想通り幾つかの保守系の貴族が大きな傭兵団にカトリーヌの暗殺を依頼していたことが分かった。現在はその貴族らの調査を行っており、じきに犯人の逮捕に至ると報告が上がってきた。ちなみにライオネルが出迎えや翌日の朝食に顔を出さなかったのは、剣術の稽古で大けがをしたからであった。
ひと月が経ち雪が混じるようになったある日、暗殺を目論んだ貴族五人が逮捕された。一人は侯爵家で、もう一人は伯爵家、残り三人は子爵家三家であった。これから取り調べの上裁判が開かれることになった。
カトリーヌ暗殺を目論んだ者たちが逮捕されたことで、カトリーヌはようやく外出を許され、久しぶりにアカデミーに出勤した。
「しかし、なんで私が一ヶ月も外出禁止にされなきゃならなかったのか、ほんと腹立たしいわね」
「カトリーヌ様が無茶なされたからですよ。皇帝陛下もご心配になられた結果ですよ」
マリアはお茶を出しながら、カトリーヌを宥める。そうしているとセレーナとロゼリアがカトリーヌの居室を訪れた。
「遺伝子検査の結果出ましたよ。今回私の遺伝子とロゼリア様の遺伝子も調べた結果を報告しますね」
そう言ってセレーナは報告書をカトリーヌに提出した。
「結論から言うと、カトリーヌ様とマリア、二人はテロメアが人族のテロメアよりも長く、エルフ族のそれに匹敵するくらい長かったの」
セレーナがそう報告した。
「ということはつまり、エルフ並みに寿命が長いと」
「そう、そして、老化現象も少ないみたい」
「やはりそうなのね」
カトリーヌはすこし俯いて応えた。今、親友とともに歳をとれないという事実を突きつけられたからである。マリアも思うところがあったらしく黙ったままである。
「貴女やるわねぇ、皇族にエルフの神秘性をもたらすとは」
そう言ったのはロゼリアであった。
「姉上」
カトリーヌはそう言うと、ロゼリアに抱き着き泣き出した。ロゼリアはカトリーヌをそっと抱きしめた。
「カトリーヌ。寿命が延びたのは貴女だけじゃないのよ。マリアもいるのだから。一人きりではないのよ」
ロゼリアはそう言いながら、カトリーヌの頭を撫でた。




