20. エピソード19 デビュタント
初夏になろうかというある日、クリスティーヌは姉のドロシーとベアトリスともに、第一皇女のロゼリアのお茶会に招かれていた。ドロシーとベアトリスは一卵性双生児でほとんど見分けがつかない。髪につけたリボンの色を変えているだけである。
「ロゼリア様、これが今回開発した化粧品と紫外線対策商品です」
クリスティーヌは化粧品のサンプルをロゼリアに示した。
「紫外線対策商品とは太陽光に含まれる紫外線をカットしお肌へのダメージを減らすものです」
クリスティーヌは紫外線対策のクリームを腕に塗ってみせた。
「なるほどねぇ、よく伸びるようね。そんなに薄く塗っても大丈夫なのかしら?」
「はい、これで十分日焼け止めをすることが出来ます」
「こちらの化粧品は?」
「はい、紫外線対策機能を施したファンデーションで御座います」
「まあ、ファンデーションにも紫外線対策機能があるの!」
「では、実際に使ってみますね」
カトリーヌはそう言うと、姉のドロシーにメイクを施し始めた。アイラインなども入れ、リップを施して見せた。今日はドロシーとベアトリスはノーメイクで来ていた。メイクを施されたドロシーと施していないベアトリスはまるで別人のように見える。
「まあ、さっと施したお化粧でここまで変わるとは」
「原料には薬草を用いていますので、お肌にも安心で御座います」
「そうなのドロシー嬢?」
ロゼリアはドロシーに使用感を聞いてみた。
「しばらく使用していますが、肌に馴染んでいます。肌感も改善されたと思います」
「ドロシー嬢がそういうのであれば、そうなのかもしれないわね」
ロゼリアと、ドロシーが話している間に、ベアトリスにもアイラインとリップの色を変えながらメイクを施した。
「ロゼリア様、お色違いも御座いますよ」
ロゼリアはベアトリスの方を見て、頷いていた。
「こちらの色も良い感じね」
「ありがとうございます」
クリスティーヌはロゼリアに頭を下げた。
「この化粧品はもう販売しているの?」
「いえ、まだで御座います。母と姉が使用試験に応じてくれているだけで御座います」
「使用試験はどのくらい行ったの?」
「一ヶ月ほどで御座います。肌の調子は使用している方がよいですね」
ベアトリスが応えた。
「私も使ってみようかしら。クリスティーヌ。私にもメイクしてくれるかしら」
「はい、喜んで」
クリスティーヌはロゼリアにメイクを施し、お茶会が続いた。一時間ほどたった頃、クリスティーヌはロゼリアに化粧品の使用感を聞いてみた。
「そういえば、痛みとかヒリヒリ感はないわね。むしろしっとりした感じがするわ。この化粧品私も使ってみようかしら」
「でしたらば、一応パッチテストをしてクリアしてから使用してください」
「分かったわ。今日はほんとありがとう」
お茶会はそうしてお開きになった。
クリスティーヌは帰りにカトリーヌに顔を出した。
「クリスティーヌ、ようこそ。今日は姉上からのお呼び出し?」
「そうなの。私の姉上たちが使っている化粧品に、ロゼリア様がご興味がおありの様でね」
「それで、どうだったの?」
「そうね、話は上手くいったわ。あとはパッチテストをクリアしてからね」
「でも、クリアはできそうなのでしょ」
「九割九分はね」
「なら決まりね。きっと母上もご所望になるわ」
一ヶ月後、クリスティーヌは皇后からお茶会に招かれた。話の主な内容は化粧品の話であった。今、皇宮内ではクリスティーヌの開発した化粧品の話題で持ちきりらしい。皇族が使っている化粧品となれば、その従者たちの間で話題にならないはずはない。これで、クリスティーヌは開発した化粧品の一般販売に踏み切ることにした。化粧品は爆発的にヒットした。皇后や第一皇女が使っている化粧品を流行に敏感な貴族たちが使わないはずはなく、平民でも富豪たちにも流行していった。また、平民にも手が届く価格の物も販売され、クリスティーヌのブランドは確立されていった。
四年後の帝国歴2141年、カトリーヌ、セレーナ、クリスティーヌの三人は十七歳になり社交界デビューの年になった。ロゼリアは二十二歳になり、夏には看護学科を卒業し国家試験に受かれば正式に看護師になる。ライオネルは二十歳になり政経学部の二年生になる。カトリーヌは社交界デビューすれば、正式に皇位継承者第三位となる。ちなみに第一位はライオネルであるが、まだ皇太子としては立志されておらず、立場としてはまだ第一皇子である。皇帝としては皇太子にしても良いと考えているが、臣下の中には色々な思惑の者もあり、まだ決めかねているところである。カトリーヌとしても、まだ兄が皇太子になっていないことを不思議に思っている。夏になり、ロゼリアは看護師国家試験に合格し、九月からセレーナ付きの外来看護師として働き始めた。また公務として赤十字社の総帥の任にも就いた。
「ロゼリア様、もう仕事には慣れてきましたか?」
セレーナがそう尋ねると、白いナース服を着たロゼリアは、
「仕事の時、様はやめてくださいよ、セレーナ先生」
と返したが、セレーナは、
「でも、それでは不敬になりますし」
と返す。
「仕事中、先生は私の上司ですよ。周りの看護師もやりずらいでしょうし」
「そうおっしゃられても・・・」
「いいんですよ。これも赤十字社運営のためになりますから」
「分かりました。ロゼリアさん」
「よろしくお願いします。セレーナ先生」
そうこうしているうちに、季節は秋になり社交界シーズンが始まった。一番初めは皇室主催のパーティーから始まる。カトリーヌとセレーナ、クリスティーヌもここでデビュタントとなる。カトリーヌのエスコートを誰がするのか注目の的であった。兄のライオネルが務めるのではないかともっぱらの噂だったが、実際にエスコートしたのは国立アカデミー高等部を飛び級で卒業し、この年騎士学校に入学した、乳兄弟であるアーサー=クローゼンであった。ちなみにアーサーはマリアの弟である。アーサーは背が高く、子供のころから騎士になるための鍛錬を行っていたので、ガッチリとした体格である。それに美男子である。何故、エスコート役にライオネルがならなかったというのは、ライオネルが未だに皇太子には成れず、ライオネルがカトリーヌを皇帝争いのライバルとして見ていたからである。また、セレーナとクリスティーヌもそれぞれ自分の乳兄弟にエスコートしてもらうことにしたので、それに合わせたのも理由の一つである。そのようなことを知らない周囲からは、カトリーヌとアーサーがいずれ結婚するのではないかと噂し始める者もあらわれた。カトリーヌにダンスの相手を申し込む者は後を絶たず、華麗にステップを踏んでいたが終盤はくたくたになっていた。カトリーヌはセレーナとクリスティーヌとともにベランダに出て休憩をしていた。
「今日はものすごく疲れたわ」
カトリーヌがそう言うと、セレーナとクリスティーヌも頷いた。
「緊張なんて直ぐに吹き飛んでしまったわ。乳兄弟にエスコートを頼んだのは正解だったわね」
セレーナはそう言い、クリスティーヌは、
「しかし、口さがない者はいるわね。カトリーヌは既にアーサーと婚約者扱いじゃない。ちょっと身分の差を考えたらあり得ないでしょう。伯爵家の長男ならまだしも三男なんだからね」
と言った。
「私は身分の差なんてあまり関係ないけど、今結婚なんて考えられないし、同世代には興味ないかなぁ。中身おばさんだし」
カトリーヌが笑って言うと、
「えぇ、歳下もいいじゃない。可愛くって」
とクリスティーヌが笑った。
「でも、私は深刻だよ。公爵家の一人娘だし」
セレーナは切ない話をし始めた。
「でも、十七歳をもう一度味わえるなんて、なんと役得な人生なんでしょうね」
カトリーヌは微笑みながら、そうつぶやいた。
カトリーヌたちのデビュタントの数日後、カトリーヌの乗った馬車が皇都外で襲われる事件が発生した。実際カトリーヌには危害はなかったが、近衛騎士団の一人が腕を切り付けられ大けがをした。幸い、カトリーヌが回復魔法を使って治療したので、後遺症になるような怪我にはならなかった。この日はアカデミーが休日であったため郊外に遊びに行き、その帰りに襲われたのである。馬車の中はカトリーヌとマリア。それに近衛騎士が馬で四人、警備についていた。相手は六人で盗賊風を装っていたが、剣筋は騎士のもののように見えた。よく四人で六人を相手したように見えるが、実際はカトリーヌとマリアも応戦していた。二人はいつも馬車の中ではレイピアを帯剣して移動していた。
「しかし、参ったわね。相手を全員取り逃がしたのは」
「そうで御座いますね。しかし、物取り風に見せてもあの剣筋を見せたのは、どこぞの騎士か、騎士崩れの傭兵でしょうね」
とカトリーヌとマリアが話していたら、近衛騎士団が全員伏せた。
「このような不始末、どのように処罰されても許されないこと。大変申し訳ありませんでした」
「あぁ、いいのいいの。このくらいでいちいち処罰していたら騎士いなくなっちゃうでしょう。今日のことは内緒にしておきましょう」
カトリーヌはそう言うと、怪我をした騎士にポーションを渡した。
カトリーヌは夕食前に皇帝に怒られていた。何故ならば、カトリーヌが内緒にしておきましょうと言ったが、近衛騎士は騎士団に戻ると、近衛騎士団長に報告しないわけにもいかず、近衛騎士団長は当然皇帝に報告しなければならず、このような事態になった。
「カトリーヌ、そなたは一国の皇女だぞ。それを自ら剣を持って戦うなど」
「いやいや父上、剣に魔法を載せて放てますから」
「魔法を載せても同じじゃ。敵に身を晒していることには間違いないであろう」
「確かにそうですが、相手は六人でこちらは近衛騎士四人でしたし。マリアと私が応戦しなければ一対一になりませんでしたし」
「それ以上言うと謹慎にするぞ‼」
「いやいや、それはないですよ父上」
「ならば、言い訳するな。しばらくの間はアカデミー以外は外出禁止だ」
そう言うと皇帝はカトリーヌの部屋を後にした。その後、皇后がカトリーヌの部屋を訪れた。
「陛下はああ仰っていますがとても心配していらしたのですよ。知らせを聞いたときは執務室で顔を真っ青にしたとか。貴女が剣に優れ、魔法に秀でていたとしても心配なものは心配なのです。それが親というものです。そこのところは忘れないでくださいね。カトリーヌ」
「母上」
皇后はカトリーヌにハグをすると背中をトントンと叩いた。
次の朝、カトリーヌがアカデミーに行く時、近衛騎士がいつもの二人から四人に増えた。メンバーは昨日の四人である。四人のうち一人がカトリーヌに話しかけた。
「お恐れながら皇女殿下、お話を聞いてもらえますでしょうか」
「いいわよ。それでどうしたの」
「昨日の件は、近衛騎士団内では私たち四人の他には騎士団長しか知りません。騎士団内に漏れることはないと思います」
「それで、犯人の捜索については」
「他の部隊が対処に当たるそうです」
「そう。わかったわ。さ、アカデミーに行きましょう」
カトリーヌがそう言うと馬車は出発した。
アカデミー内でも騎士一人が警護に就くことになった。これではカトリーヌの身の上に何かが起きたか喧伝しているのと同じことだ。カトリーヌは仕方なく、前を騎士、後ろにマリアを従え廊下を歩いた。
午後にダンカンから手紙が届いた。研究の進捗状態を見てほしいと。早速、カトリーヌはダンカンのもとを訪れた。
「皇女殿下、お早いですな」
「ええ、気になりますもの。それでどのような進捗があったのですか?」
「実は十分の一スケールでの電気機関車が完成しました。これから試験走行を行いたいと思っていたところです」
「そこまでこぎつけられましたか。是非見てみたいです」
研究室の外にレールが引かれていて、そこで実際の走行テストが行われた。カトリーヌが提案したのは、電気を架線に流してパンタグラフを用い、電気機関車内の魔鉱石を用いた蓄電池システムに電力を供給し、供給された電気を用いてモーターを動かすタイプの電気機関車である。これならば鉄道全線に架線を巡らせる必要がなく、架線がないところでは蓄電池の電力で走行することが出来る。今回はスケールが小さいこともあり、パンタグラフと架線を利用した走行は出来ないが、魔鉱石を用いた蓄電池システムでの走行は、速度はゆっくりではあるが確かに走行した。
「この成果を用いたら実用化に向けて製造できますか?」
カトリーヌがそう尋ねると、ダンカンは、
「間違いなく出来る」
と言い切った。それを受けてカトリーヌは総長と皇帝に鉄道敷設の許可を得ることにした。カトリーヌはダンカンと一緒に総長を訪ね、以前から用意しておいた資料を基に鉄道敷設計画について説明した。総長からは研究の合意は得られたが、鉄道の敷設となるとアカデミー内では収まらないので、土地の買収などもあり、皇帝の許可がないと出来ないと言われた。しかし、皇帝への説明には総長も加わってもらえることになり、後日説明会が行われることになった。




