19. エピソード18 電力の行方
冬、到来である。セレーナはとても忙しかった。何故ならばインフルエンザが大流行しているからである。アカデミー附属病院ではインフルエンザ患者の受け入れを拒否している。何故ならば入院患者に移ったら目も当てられない状況になるからである。ならばなぜセレーナが忙しいかと言えば、臨時の発熱外来で患者の診察に当たっているからである。
「セレーナ先生、患者が引っ切り無しに来ますが大丈夫ですか?」
看護師の一人に言われた。この看護師はもちろんアカデミーの卒業生であり、貴族令嬢の一人だ。
「私は大丈夫よ。それより貴女は大丈夫なの?」
「それは大丈夫ですが、やはり怖いじゃありませんか。こんなに沢山患者が来るなんて」
「今は昔に比べて良い薬が出たのだから泣き言を言わない。はい、次の患者さんどうぞ」
良い薬とは、カトリーヌが合成に成功した、オセルタミビルや、ザナミビル、ペラミビルであり、これに合わせて、解熱鎮痛薬や咳止め等を処方している。カトリーヌに言わせれば、抗インフルエンザ薬は自分が作ったのではなく、地球の医学で作られたものを、文献通りに合成しただけというだけであるが。それでも、この世界においてはありがたい薬であり、それを作るカトリーヌはありがたい存在である。夕方に診療を終えるとうがい、手洗いをして臨時発熱外来を後にした。邸宅に戻り食事を終え、湯浴みを終えるとすぐに寝る。そうしないと体力が持たないからである。
それにしても、この世界では日本に居た頃よりもインフルエンザの患者が多い。何故ならば、予防接種が普及していないからである。貴族や大商人などは気軽に予防接種を打てるが、平民にはそのような金銭的余裕はない。医療に関しては今は年収によっては無料で行っている。大貴族などは逆に全額払ったうえで寄付を行わなければならない。ただ、予防は無料になることはない。抗インフルエンザ薬が出来る前は、というより医療費の大改訂が起きる前は金のない平民は医療を受けることが出来ず、薬草も手に入らずで、インフルエンザでの死亡者数も多かった。そこでカトリーヌが皇帝に掛け合い、医療費の負担と税収の減少どちらを取るかと問い、医療費制度の大改革が行われた。死亡者が減り、病気やけがに苦しむ人が減ってからは税収も増えていったので、これはカトリーヌが説いた通りになり、皇帝もカトリーヌには頭が上がらなくなった。
冬が過ぎ春になってインフルエンザの流行は収まって行った。それと同時に臨時発熱外来は閉鎖され、セレーナの忙しさもひと段落着いた。アカデミーも春休みになり、セレーナは一週間の休みを取って、公爵領のリゾート地に足を運び、読書三昧の日々を過ごした。
国立アカデミーの成功を見て、大貴族は私立アカデミーの創設にあたるようになってきた。自分の臣下の貴族や大富豪だけでなく、優れた平民を見出す目的もある。どの領主にとっても、優れた人材は確保しておきたいものである。逆に貴族出身者のみで領地運営をしようとした場合、それが足かせとなって運営に失敗する貴族が増えてきた。所謂没落貴族である。国の決まりではアカデミー入学に必要な資格は、高等部を卒業するか卒業認定試験に合格する必要がある。まだまだ一般平民には遠い道程だが、今までの帝国からは少しずつ変化が起きていることは確かである。私立アカデミーの講師には国立アカデミーの卒業生は引っ張りだこである。国立アカデミーの卒業者には準男爵位が授与される。更に博士号を取得すれば男爵位が与えられる。それなので、セレーナとクリスティーヌは、十四歳にして男爵である。カトリーヌも男爵位が与えられているが、まだ臣下に下ったわけではないので、身分は第二皇女のままである。
四月中旬にアカデミー専用の水力発電所が完成した。配電線は外観を保つため、地上ではなく地下に埋設された。発電所の開所式には皇帝の出席を仰ぎ式典が行われ、総長が発電開始のスイッチを入れた。発電所に設置された電球が灯り、発電が成功した。
「ダンカン教授、発電所完成おめでとう」
「ありがとうございます、皇女殿下。これも姫様のご協力のお陰です」
「これで、電気と電気魔鉱石との組み合わせで、色々な発明が行えますね」
「というと、何か案がおありなのですかな?」
「ええ、もちろん」
「是非、お聞かせ願いたいですな」
二人は不敵な笑みを浮かべた。
「パーソナルコンピュータの試作機も、もうじき出来上がるので楽しみにしていて下さい」
「それは楽しみだわ」
発電所の開所式が行われた次の日、カトリーヌはダンカンのもとを訪ねた。
「ダンカン教授、早速遊びに来ましたよ。今日はお茶菓子も持ってきましたよ」
「クッキーですか。これはどうなさってんで」
「私の手作りです」
カトリーヌがそう言うと、ダンカンの秘書がお茶の用意を始めた。
「それで、昨日お聞かせ下さった、案とは何ですか?」
「それはね」
カトリーヌはそう言いながら、地図と図面を広げた。
「大陸中に鉄道を巡らせ、物流網改革をするの。人々の交流も盛んになるわ」
図面には、電気機関車と客車、貨車の設計図が書かれていた。
「これ、図書館で見つけた図面なのだけど、そのままは使えないとは思うけど、どうかしら?」
「これは面白そうですね。でも、これくらい大掛かりな事業ですと皇帝陛下の認可が必要なのでは?」
「研究自体は問題ないは。客車と貨車はともかく電気機関車の研究は面白そうじゃない?」
「あとは、研究資金の問題になりますね」
「それは、問題ないわ。私個人の資金を投入するから」
「そんなお金何処にあるんですか?」
「薬開発の特許料よ」
「なるほどのぉ」
ダンカンは目を細めて微笑んだ。
カトリーヌは黒い伸び縮みする素材を開発していた。
「カトリーヌ様、それは何を研究なさっているのですか」
「ゴムよ」
「ゴム?ですか」
マリアは首をかしげながら眺めていた。
「何にお使いになるのですか?」
「馬車の車輪に取り付けるのよ」
「なるほど。そうするとどういうことが起きるのですか?」
「馬車の乗り心地が改善するわよ。これとサスペンションが組み合わされば、石畳や多少の悪路でも乗り心地が改善されるわ」
「それは、ようございますね」
マリアは、微笑んで聞いていた。
「でも、またダンカン教授のお世話になるのですよね」
「そうなるわね・・・」
「嫌われないようにしてくださいましね」
「は~い」
カトリーヌは首を竦めて返事をした。




