16. エピソード15 電力革命
カトリーヌは、国立アカデミーの図書館で文献調査をしていたところ、閉架図書のコーナーを見つけた。閉架図書の区画へ入ろうと図書館長に掛け合ったところ、閉架図書のコーナーなどなくすべて開架図書ばかりだと説明された。それでは実際現場を見てみようと、マリアを含めた三人で閉架図書のコーナーを訪れた。実際にはカトリーヌが言ったように閉架図書コーナーはあり、図書館長は事実を把握していなかったようだった。図書館長に図書館職員全員に確認してもらったが、誰も閉架図書コーナーの存在を知らなかった。閉架図書のコーナーはドアに鍵がかけられており、その鍵の在りかはだれも知るはずがなく図書館長も困り果てていた。
「突然現れた閉架図書コーナーなのだから、我々に何かを伝えたくて出来たのだろうし、これは是非お目にかかりたいものですね」
カトリーヌは、そういいながらドアノブを握っていた。そうするとドアノブがほんのりと温まりはじめしばらくするとカチャリと鍵が開いた。カトリーヌとマリア、図書館長三人で閉架図書コーナーへ入ると、古語で書かれた図書が納められていた。皇宮図書館にあったものと同じである。この世界の人たちからすると古語だが、カトリーヌら日本から転生してきた三人にとっては、英語や日本語の図書であった。また、パソコンとプリンターが設置されており、最新の文献調査と印刷が可能なものであった。
「これは、だいぶ役に立ちそうな資料ですね。これだけあればいろいろと技術革新が起きるでしょうね」
「皇女殿下はこの資料をお読みになることが出来、かつ理解が出来るのですか?」
「出来るわよ」
「私も古語の研究をしてきましたが、理解するには私の知識では読み込むことが出来ません」
「あぁ、実際専門的なことが書かれているので、難しいかもしれないですね」
また、宝箱のようなものが置かれており開けてみると、タワー型パソコンと液晶ディスプレイ、プリンターが四台ずつあった。流石に三人でこれらすべてを運び出すわけにはいかず、図書館員の手を借りて、四台の内三台を、カトリーヌ、セレーナ、クリスティーヌの研究室に設置してもらった。カトリーヌの研究室に持ち込まれたパソコンは魔鉱石の力を電力に変換させることにより電源を入れることが出来た。パソコンは起動し、OSも搭載されているし、もちろんワープロソフトや、表計算ソフトなども搭載されている。カトリーヌこと鈴木梨香子は高校生のころ趣味でプログラミングをしていたので、簡単なプログラミングは行える。これからの医療の発展に繋がることになる。
一方、残り一台を工学部のドワーフの教授のところに持ち込んだ。
「こんにちはダンカン教授、今お忙しいですか?」
「いや、大丈夫だぞ、皇女殿下」
「実は今日お持ちしたこれを見てもらいたくて」
「これはなんじゃ、皇女殿下」
「パーソナルコンピュータ。簡単に言えば電子計算機ね」
「これをどうするのじゃ」
「増産してほしいのよ。何台あっても困らない製品だから。一応設計図も図書館から持ってきたけど、これは古語で書かれているから私が訳したものも持ってきたわ」
ダンカン教授は、嘗め回すように見ながら一言放った。
「これ、バラシてもいいのかのぉ」
「動く程度の範囲ならね」
「この電源とは何かね」
「電源は電気の源で、電気は色々なものを動かす原動力になるのですけど、先ず発電機を作らないといけません。川の流れを動力に使い、それで水車を回し、その力で発電機を回すの。魔鉱石を動力に使うよりは効率的になると思うのだけど、教授のお力で出来るかしら」
ダンカンはカトリーヌの書いた図面を見ながらあごひげを撫でた。
「ほほう、ここまで丁寧に書かれた図面まで用意されたのに、出来ませんと応えることなどありませんよ」
こうしてカトリーヌはドワーフのダンカン教授にパソコンの増産と、電力の開発を頼めることになった。
魔鉱石は魔力を貯め放出する性質があり、魔力を放出しきった魔鉱石は周囲の魔素を取り込んだり、太陽の光を受けることで魔力を回復することが出来る。魔素を取り込む方法ではフルチャージには時間がかかるが、太陽光での回復は短時間で終わる。放出する魔法は魔鉱石の種類によって様々である。例えば、巨大な火の玉を放出する魔鉱石や、大量の水を放水する魔鉱石などがある。アカデミーには世界中から色々な魔鉱石が集められ、性質や使用方法などが研究されている。カトリーヌも実験を行うとき電力が必要な場合は魔鉱石で電気を放出する魔鉱石を使っている。ただ、魔鉱石は永遠に魔力を放出できないため、取り換える必要があり充電池のような使い方になる。この世界では電力を継続的に作り出すという観念がなかったため、発電所を作る等という概念は存在しなかった。ダンカンに製作を頼んだ水力発電所が完成すれば、電力革命が起きる。カトリーヌはこれまでも発電所を作って電力革命を起こそうとは考えていたが、この世界のゆったりと時間が流れる世界が好きで、なるべく環境が変わるようなことはしたくなかった。だが、医療革命を起こした段階で安定した電力は必要不可欠なものとなることは分かっていた。なので、カトリーヌは皇帝に相談して電力発電所の設置を許可制にして、限られた地域にのみ電力を配電することにした。今回はアカデミーで使用する電力を生産する規模の発電所を製造するための試験用小型水力発電所の製造を頼んだこと言うわけだ。
一ヶ月後、カトリーヌはダンカンに呼ばれた。
「皇女殿下、とりあえず発電機の小型版を作ってみたので、初発電に立ち会って欲しいと思っての来てもらったのじゃが、発電スイッチを入れてもらえぬかの?」
目の前には小型水車と人工的に作られた水路があった。水車小屋に入ると計器やスイッチに電球が取り付けられてあった。
「ダンカン教授、名誉な使命ありがとう。では、スイッチを入れさせてもらいますね。発電開始」
カトリーヌがスイッチを入れると電球が灯り始めた。周りにいた学生が歓声を上げて喜んだ。
「ダンカン教授、初発電おめでとうございます。これからどんどん世の中が変わって行きますね」
「そうですの、皇女殿下。ところで姫様はこれからこの世界をどのように変えていきたいのじゃい?」
「私としては大きくこの世界を変えたいとは思っていません。ただ、人族の平均寿命は、本来今の寿命より二十歳から三十歳長いはずなのです。私は人族の健康寿命を延ばしたい。そしてダンカン教授のようなドワーフ族やエルフ族、獣人族、人間の健康寿命を延ばし、豊かな世界にしたいと思っています」
「なるほどのぅ、そのための医療革命であり、電力革命なのじゃな」
ダンカンは嬉しそうに顎の髭を撫でていた。




