15. エピソード14 使節団
帝国歴2137年、医学部医学科の第一期生が卒業する七月中旬に第一回医師国家試験が行われることになった。セレーナも当然医師国家試験を受験しなければならないのだが、出題者側にセレーナがいなくてはならないので、そこで議論が巻き起こった。議論の末、セレーナが出題しない形で、合格点を引き上げた試験方法とすることになった。
今まで医療を行ってきた医術師たちは、回復魔法が使えることや薬草に詳しいものが自分で医師と名乗っていただけなので、正確には医師ではない。なので、医師と名乗ってきた者は医師を続けたければ、医師国家試験を受験しなければならず、それに合格しないと医術師と名乗らなくてはならなくなった。医師国家試験の受験チャンスは今年一回だけである。もちろんドクトリヤ公爵も医師国家試験を受験しなければならない。
また、医術学部を卒業しても、医術師国家試験に合格しなければならない。医術師国家試験は七月下旬に行われる。
第一回医師国家試験を受験するものは、医学科卒業予定者四十四名と今まで医師と名乗っていた者、千六百五十五名にセレーナとドクトリヤ公爵だ。医師国家試験が始まることは医学部医学科が創設されることが六年前に決まった時から既に公示されていたことなので、ドクトリヤ公爵はその時から娘のセレーナから特別講義を受けていた。なので、今までの回復魔法や薬草学に加え、日本の現代医学や薬学にも精通するようになり医師国家試験は問題ないレベルには医療知識を高めていた。
医師国家試験は二日間かけて行われた。セレーナはもちろん満点で合格した。ドクトリヤ公爵も九割の得点で合格した。医学科卒業予定者の合格率は八割だった。医術師の合格率は一割にも満たなかった。セレーナとドクトリヤ公爵を除く医師国家試験合格者のうち医師を目指すものは、アカデミー附属病院で九月から二年間研修を受けることになっている。セレーナとドクトリヤ公爵が除外されたのは二人が指導医になるからであった。
八月上旬、セレーナの研究室にカトリーヌとクリスティーヌが遊びに来た。
「大忙しみたいね、セレーナ」
と、クリスティーヌが問うと、
「忙しいなんてものじゃないわよ。講義の準備に研修医の指導方法の検討など、九月からの地獄を目の前にしてもううんざりだわ。病院機構の改革も行わないといけないしね。クリスティーヌの方も忙しいみたいだね」
「うん、この世界の薬草でも色々組み合わせを検討していたら、漢方薬のような作用を示すものが見つかって大忙しよ。これからも検討していかなければならないし。カトリーヌはこのところどうなの?」
そう問われてカトリーヌは考えてしまった。カトリーヌとて忙しいには忙しい。講義の準備もあるし、まだまだ製造しなければならない薬があるし、研究室の学生たちの指導もしなければならないし。でも、セレーナやクリスティーヌほど忙しいわけではないし。
「あまり忙しくないかな。薬は順調に製造できているし、最近はマリアに剣の稽古をつけてもらっているし」
「貴女の場合、公務もあるでしょう」
セレーナがそう問うと、
「確かにあるにはあるわね。お姉さまが看護学科に進学されたから、お姉さまの公務が少しまわってきたけど、まだ社交界デビューしていないからお姉さまほど忙しくはないけどね」
ケミストリヤ帝国の社交界デビューは十七歳からとなっているの。なので、カトリーヌ、セレーナ、クリスティーヌの三人は十三歳だから社交界には出られない。なので、公式活動はアカデミー内だけである。
カトリーヌは皇宮に戻って皇帝の執務室を訪れた。
「お父さま、アカデミーから戻りました」
「お帰り、カトリーヌ。最近の研究活動はどのような具合だ?」
「順調に薬の開発は進んでおります。学生たちもよく研究に向き合っております」
「なら少し、アカデミーから離れても大丈夫か?」
「八月中でしたら問題ないかと」
「ならば、頼みがあるのだが」
「はい、なんでしょうか?」
「じつはな、エルフの国から医療や薬に関する技術交換の申し入れがあってな。五日後に使節団が来るのだが、技術交換の代表になってはくれないか?」
「分かりました。エルフ国の使節団の対応代表の件、拝命いたします」
「受け入れに関してはこちらで大まかなことは済ませているので、技術交換の対応だけ考えてくれればよいぞ」
「はい」
このようなやり取りがあり、カトリーヌは急遽、使節団の対応代表に任命された。
八月中旬、エルフの国、エリフルーデンから薬に関する技術交換の使節団が来た。カトリーヌは迎賓館で使節団を迎えた。使節団の代表は、長身で髪は長く色白でエメラルドグリーンの瞳の美女だった。
「エルフの国、エリフルーデンから来ました、第二王女のエレオノーラ=エリフルーデンと申します」
「ようこそ、遥々ケミストリヤ帝国へ。第二皇女のカトリーヌ=ケミストリヤです。先ずはお部屋にご案内しますので、おくつろぎください」
カトリーヌはメイドに合図をしてエレオノーラらエリフルーデンからの使者を部屋に送らせた。一夜明けて使節団は皇帝への謁見することを許された。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます。私はエリフルーデンの第二王女エレオノーラ=エリフルーデンと申します。この度は医療技術の情報交換の機会を頂きありがとうございます」
「遠いところよく来られた。昨夜はよく休めただろうか?」
「お気遣いありがとうございます。良い部屋を用意頂きありがとうございます。ゆっくり休むことが出来ました」
「今日から情報交換を行うのかな?」
「はい、その予定で御座います」
「有意義な情報交換が出来ることを願う」
「ありがとうございます」
会見が終わると、情報交換のための会見場に場を移し、セレーナ、クリスティーヌも参加する中、エルフの生活様式や医療に関する情報交換の会議が行われた。エレオノーラの説明によると、エルフは平均寿命が千歳くらいと長命であるが、病気やけががないわけではない。ちなみに人族の平均寿命は六十歳くらいである。治療に関してはヒールなどの治療魔法や薬草を使った治療、ポーションを使った治療が主な治療法で、エルフの魔法は人族の魔法より強大で、ポーションと言っても人族のハイポーション並みの効果がある。しかし、近年、ケミストリヤ帝国で開発されたような医療はないことなどが説明された。なので、大けがをした場合や大病に罹った場合は手の施しようがないことが多いとも説明された。一日目はこうして会議で終わり、夜には皇帝主催の晩さん会が開かれた。
二日目、使節団はカトリーヌの案内でアカデミーを訪れた。まず初めに医学部医学科の講義風景を見学してもい、昼食をはさんで午後からは実際の診察の様子を見学してもらった。夕食会にセレーナも参加してもらい、夕食後に意見の交換会を行った。
三日目は医学部医術学部の講義や実習の様子を見学してもらい、治癒魔法について意見の交換をしてもらった。
四日目は医学部看護学科で講義や実習、実際の病院での看護の様子を見学してもらった。
五日目は使節団には迎賓館で休養を取ってもらい、六日目は薬学部で薬草の組み合わせや抽出の仕方を工夫した薬草薬の製造や、化学合成された原薬の製剤化の様子を見学してもらい、夜は夕食会にクリスティーヌに参加してもらい、食後活発な意見交換がなされた。
七日目は理学部化学科の実験の様子を見学してもらい、化学合成の薬について議論がなされた。
八日目、セレーナとクリスティーヌにも参加してもらい、エルフからの総合的な会議が行われることになった。
エルフの使節団から見た印象を聞くと、まず、エルフの国は都市はあるものの、大体が森の中で穏やかな生活を送っており、大抵の者が魔法の強弱はあるが治療魔法を使えるので、殆どの場合、自宅で治療し強大な魔法を持つ者が医者代わりに治療魔法を使う、訪問診療の形をとり、薬草やポーションで治療していくので、入院施設が必要な大病院という概念がなかった。また、森で生活するものが多いことから、衛生観念があまりなくアルコール消毒などがなされていないことも分かった。また、魔法治療など効かず、外科的治療法が必要な病気には対処のしようがないことや、薬草以外の薬の概念や医療の発達といった概念もなかったそうだ。薬草については流石に長命な種族のため、古くからの知識が蓄積されていて、これは人族にも有用なことが分かった。化学合成薬については、これはエルフには原油などなく、石油化学などあるわけがなく、薬を合成するといった概念は存在しなかった。また寿命の差などを考慮すると、合成薬がエルフにどのような効果や副作用を及ぼすか分からないため、治験の必要性も出てきた。この様にして、人族とエルフ間での情報交換はとても有意義のあるものとなり、今後お互いの国で留学生を向かい入れ、医療技術の交流が行われることになった。
九日目は日中、使節団に皇都の観光をしてもらい、夜には舞踏会が開かれた。まだ社交界には出られないカトリーヌは参加できず、兄のライオネルもまだ社交界には出られないので、ロゼリアが主催を務めた。
十日目、使節団が自国への帰路につく日が来た。カトリーヌは迎賓館まで見送りに赴いた。
「カトリーヌ皇女殿下、この十日あまりエスコートしていただきありがとうございます。今回の視察で得られた知識は、必ず我々エルフにも役立つことと思います。これからも情報交換よろしくお願いしますね。今度はカトリーヌ皇女殿下がエリフルーデンまでお越しください。私が案内を務めます」
「ありがとう、エレオノーラ王女殿下。私たちももっとエルフの方と交流を持ちたいと思います。近い未来に遊びに行きますね」
使節団は迎賓館を出発し、カトリーヌは初めての外交をクリアした。




