10. エピソード9 アカデミー改革
カトリーヌはクリスティーヌとともにアカデミーの薬草学部に入学し、薬草に関する講義を受けていた。しかし、講義の内容はクリスティーヌにとってはごく当たり前なことで、カトリーヌにとってもクリスティーヌから聞いたことがある話ばかりで、二人ともつまらなそうに窓の外を見ていた。
「この現状は打破しないといけないわね」
カトリーヌがそうクリスティーヌに話すと、クリスティーヌは同意した。
「でも、どうしますかカトリーヌ皇女殿下?」
「そうねぇ、今度の実習の時間にちょっといたずらしてみますか」
今回の実習は大根から胃薬を作ることだった。テキストでは大根を擦りおろし出てきた汁と残った大根の繊維とを濾過して分離すると書かれていた。だが二人は大根のおろし汁を五十度で二分間加熱したのち、持ち込んだアスピレーターとエバポレーター(減圧濃縮装置)を用いて水分を飛ばしてから粉末状にした。他の学生たちが製作した胃薬は民間療法でよく用いられている(繊維とともに摂取)ものだが、辛み成分が残っておりとても医薬品とは呼べないものだが、カトリーヌらが製作したものは、辛み成分はなく、また粉末状で扱いやすく、完全ではないが薬と呼べるレベルの物であった。
このことで教授たちはカトリーヌらの製作したものを、薬成分が壊れているのではないかと疑い使用実験を行った。だが、薬としての効果は確かにあった。また説明を求めレポートを書かせると教授たちでは理解できないことが書かれており、薬草学部の教授たちだけではなく、医術学部の教授たち、また総長を含めた教授会で議論が三日三晩行われた。協議の結果、セレーナを含め三人の知識の高さが至宝とも呼ばれるものであり、アカデミーの枠内には収まりきらないと判断された。総長は協議内容をまとめ皇帝に報告した。皇帝は流石に自分の娘とその友人たちというか、規格外の三人だなぁと感心するしかなかった。ただここからが問題であって、三人をどう扱うかが議論になった。
「カトリーヌら三人は国家機関に属するつもりはないが、自分たちの研究はしたいと言っていたが、総長はどう思うね」
「はい、私としてはお三方の考えを汲んでアカデミーの組織改革をしたいと思います」
「そうか、そなたがあの三人の良き導き手になってほしい」
「御心のままに」
それから、カトリーヌ、セレーナ、クリスティーヌ、総長、医術学部長、薬草学部長の六人で理学系学部改変と上級アカデミーの創設の議論が交わされた。
一週間に亘る議論の結果、医術学部は、医学科、医術学科、看護学科からなる医学部に、薬草学部は薬学科、薬草学科からなる薬学部にそれぞれ改変され、その他に理学部、農学部、工学部が創設されることになった。理学部は、化学科、物理学科、生物学科、地学科の四つの学科から構成されることになる。そしてカトリーヌは化学科、セレーナは医学科、クリスティーヌは薬学科の教授に就任するとともに上級アカデミーの一期生になることが決まった。この変更は次の年の九月からとされたが、カトリーヌらは今から教鞭をとり、アカデミーで研究を行うことになった。
「まさか七歳で大人たちの教鞭をとることになるとは思わなかったわ」
そうカトリーヌが言うと、クリスティーヌが、
「そう言ったって、精神年齢は三十五歳じゃないの。大学で教鞭をとっていたら准教授くらいの年齢よ」
と返した。セレーナも、
「私も研修医の指導していたかも」
などと笑いあった。
カトリーヌは研究室に入るや、パンツスーツのジャケットを脱ぎハンガーでクローゼットにかけると、白衣を纏い椅子に座った。カトリーヌの研究室では、今まで原油から精製した化学薬品を用いて、日本に居た頃に認可されていた化学合成で出来た医薬品の合成を開始している。カトリーヌは夏休みに夏バテして倒れたこともあり、専属のメイドが、秘書兼助手として研究室で働くことになった。宮廷で使っていた器具だけでは学生たちが研究に用いる器具が足らず、総長に相談して今後工学部で製造を行ってもらうことになっている。工学部の教授にはドワーフにも参加してもらう。
「しかし、どこから手をつけていいものやら」
「カトリーヌ様、何をお悩みですか?」
カトリーヌの独り言に、秘書兼助手のメイドのマリアが応えた。マリアもパンツスーツのジャケットを脱ぎ白衣を着ている。
「まぁ、教鞭の内容もあるけど、何から開発していくかよね」
「そうで御座いますか」
「マリアは何か欲しい薬はあるかしら?」
「そうで御座いますね。風邪に効く薬があるとありがたいですね」
「風邪かぁ、発熱、咳、鼻水、喉の痛みに効く薬かぁ、発熱や痛みにはロキソプロフェンナトリウム、やアセトアミノフェンにイブプロフェンだし、咳にはデキストロメトルファンやリン酸コデイン。鼻水はクレマスチン・フマル酸塩やエピナスチン塩酸塩、喉の痛みにはトラネキサム酸って言ったところかしらねぇ」
「沢山あるのですね」
「そうねぇ。風邪にはいろいろな症状があって、それぞれにあった薬は多く存在するわ。マリアならどの症状が一番辛い?」
「やはり、発熱ですね」
「じゃあ、アセトアミノフェンの開発から始めますか。原料原料っと」
そう言いながら試薬棚から原料を取り出していった。
カトリーヌは一週間ほどでアセトアミノフェンを合成した。その間、カトリーヌの研究室に配属されたアカデミーの学生たちは、まるで知らない魔法を見せられているような目で実験の様子を観察していた。そのようにして次々に風邪薬を作っては、薬学部のセレーナの研究室に送っては錠剤化してもらっていった。
セレーナはというと、医師用の作業着の上に白衣を纏って診療にあたっている。セレーナの診察室の前はいつも行列ができており、患者一人一人を丁寧に診つつ、大量の患者を捌いていった。それだけではなく、学生の指導も行っているので、大変大忙しである。
クリステーヌはタイトスカートのスーツのジャケットを脱ぎ、白衣を纏っている。その姿で、カトリーヌが合成してくる医薬品原体を製剤化し、空いている時間に薬剤師の仕事について学生に講義を行っている。
そうやってカトリーヌは風邪薬だけではなく、様々な薬を合成しては周りを驚かせ、クリスティーヌは飲みやすいよう製剤して、セレーナは製造された薬を処方することで病気で苦しむ患者たちを救っていった。ただ、マリアだけは心配していた。傍で見ているととても七歳とは思えない仕事量をこなして、止めても止めても仕事をするので、いつ倒れるかと気が気でなかった。たまに学部長や総長も様子を見に来て休養を進言するのだが、なかなか聞き入れなかった。総長は、流石にこれは異常事態だと思い皇帝に進言することにした。
「そうか、そんなに働いておるのか。まぁ、一年間の鬱憤が溜まっていたのか。これは朕の失態だな。分かった、皇帝命令で一週間の休暇を取らせる。それでよいか」
「はは、仰せのままに」
そうしてカトリーヌら三人には、休暇取得命令が出された。
皇宮の庭園で、カトリーヌは紅茶を飲みながら、一言つぶやいた。
「一週間も休みがあってどうする?」
「そうねぇ、元の世界だったら、ハワイに行きたいところかなぁ」
今はメイドが控えていないので、セレーナはそう応えた。
「今、季節は秋だから、元の世界だったら京都の紅葉見に行きたいわね」
これはクリスティーヌの感想だった。
「元の世界だったらそういうのいいわね」
カトリーヌはそういいながら自分の肩を揉み始めた。
「カトリーヌ、肩凝ってるの?」
クリスティーヌがそう聞くと、
「凝ってる凝ってる。温泉入って揉み解したい」
そんな話をしていた時、カトリーヌの秘書兼助手であるメイドのマリアが現れ、
「皇女殿下、皇室直轄領内に温泉郷がございますが手配いたしましょうか?」
と言いながら近づいてきた。三人はちょっと慌てたが、平静を装った。
「温泉あったのね。私知らなかったわ」
「そうだったのですね。皇女殿下が御生まれになってから皇族方ではどなたもお出でになっていなかったかも知れませんね」
カトリーヌは二人を見て頷くのを確認したところで、
「ではマリア、手配頼むわね」
「かしこまりました」
マリアは、そう言うと早速、手配をしに行った。
「「「やったー温泉だー」」」
三人は声を高々に言った。




