9.ここから始まる
「あそこまで丁寧にする必要はなかったな。もっと適当でよかった。死にかけたんだから冷静じゃないのはわかるけど、質問が多すぎる。自分たちで好きにしていいって言ってるのに」
移行作業が終わった後、俺はふたりに愚痴をこぼした。
「さっきから文句ばっかり。そうなるのを分かってて神様として姿を見せたんじゃないの?」
エリンが、もう聞き飽きたという顔で俺を見る。
「そうなんだけど、加減が分からなかった。もっと一方的に言いくるめて、はい、さようなら、でよかったんだよ。破壊するのは楽しかったのにな」
俺たちは今、動き出した世界を観察している。
「ふたりが対応したエルフとドワーフの世界はどうだった?」
俺が尋ねると、エリンが答えた。
「エルフの世界だけど、すんなりと受け入れられたわ。もともとの管理者が結構介入していたみたいね」
エリンがエルフの世界の出来事を説明してくれる。
エルフは世界樹の上で生活しているため、世界樹が枯れたらほとんど世界は崩壊したらしい。
元の管理者は別の空間を用意して、お気に入りのエルフだけを呼び寄せて指示や対話をしていた。エリンは世界樹が崩壊した後、そのシステムをそのまま利用し、エルフに説明したようだ。
今まで頼っていた存在が消えた後だったので、姿を見せれば新たな大精霊様として敬ってもらい、スムーズに対話ができたと言う。
「エルフたちはどうも、世界樹がないと生きられないと思っているみたいで、急遽世界樹の代わりを用意したの。元あった世界樹とは別物だけど、同じような効果を持つ苗木を各グループに与えておいたわ」
エリンの言葉に、俺もエルフといえば世界樹や森のイメージだなと思った。そしてふと疑問が浮かぶ。
「同じような効果の世界樹って、もしかして地球サイズまで大きくなったりしないよな?」
「大丈夫よ。大きくなるといっても1000mくらいよ。ちょっと大きなビルくらいね」
「それなら大丈夫か」
エリンはぬかりなしという顔をしているが、それが複数あるって本当に大丈夫なのだろうか。まあ、いざとなったら大きくならないよう高さ制限を加えるか、最悪、枯らせばいいだろう。
俺は次にアスカにドワーフの世界の様子を聞いた。
「ドワーフたちも素直に受け入れてくれたよ」
アスカはそう答えたが、俺は知っている。
一つ目の世界を終わらせ、二つ目に取り掛かる前にアスカがどんな対応をしているのか覗いてみた。すると、アスカはドワーフの精神状態に干渉して、自分を信頼し、敬うべき存在だと思わせていた。
俺もそれは少し考えたが、生の反応が見たかったため、それをやらなかった。やっておけば、あんなグダグダにならなかったかもしれない。
「神の姿で対話するつもりだったのに、彼らにはまともな神というものがいなかったから、僕の姿が彼らの好きな炎と美しい鉱石になってしまったよ。そして、技術や精神を褒めたら、すぐにやる気を出してくれた」
アスカは苦笑しながら言った。
「炎と鉱石ね。ドワーフらしいな」
俺は笑いながら世界を観察する。世界の住人は今、生きるために必死だ。
人間のコミュニティではリーダーとなる者が現れ、グループをまとめるために働いている。そして、ほとんどのコミュニティで派閥ができ始めている。食料を獲れそうな奴を仲間に入れた派閥が今のところ主導権を握っているようだ。
「さすがにナイフぐらいないと厳しいのじゃないかしら?」
エリンが画面を見ながらぼそりと呟いた。
「でも、手助けが過ぎると、何かあったら僕たちに頼ればなんとかなると思われるよ」
アスカが言葉を続ける。
「そうだな。それに、こいつらが自力で苦労しながら解決する様子を見るのが面白いんじゃないか」
「確かに。簡単に助けを与えるより、困難を乗り越えさせる方が長期的には彼らの成長につながるかもしれないわね」
俺の言葉にエリンが同意する。
「それに、ドワーフはもうすでに石でナイフや斧を作っているよ。他の種族もすぐに同じことをやるさ」
アスカがドワーフを見ながら言うと、エリンもエルフを見ながらうなずいた。
エルフは枝と蔦を使って狩りをしている。簡易ながら弓も作っているようだし、大丈夫そうだ。
アスカとエリンは自分たちが移動させた種族に注目している。
俺は獣人たちを観察してみた。彼らは強靭な身体能力を活かして、動物を狩ったり、木の実を集めたりと、新しい環境に順応している。木を力任せにへし折って使っている獣人たちは、家がなくても生きていけそうだ。
俺たちの作った世界には、元の各世界にいた動物や植物を配置している。配置できなかったものもあるが。生きるだけならそれほど苦労はしないはずだと思った。しかし、人間は食料を得るのに苦労しているようだ。
人間の生活は道具に依存しているし、道具の使い方は上手くても、その作り方がわからなければどうしようもない。人間は道具の仕組みを知らなくても使えてしまうからな。ここではサバイバル技能を持った者が率先して頑張る必要があるが、彼らも道具があってのサバイバルだろうか?俺はそんなことを考えながら、人間たちを観察していた。