7.獣人世界の崩壊
獣人猫耳女性視点
どうにも落ち着かない。普段は陽気に仲間たちをからかいながら一日を過ごす私も、この日はどこか気が抜けていた。
猫族自慢のしっぽの毛も艶が足りない気がするし、爪もおさまりが悪い。いつもなら笑い飛ばしてしまうような小さな違和感が、今日は胸の奥に引っかかって離れない。
「お前は頭は足りないが、野性の勘だけは頼りになる」なんて仲間にバカにされてきた私が、こんなに心がざわつくなんて、何かよっぽどのことが起こる予感がする。
「今日はなんだか気分が乗らない...」
私は仲間たちと冗談を交わしながらも、どこか上の空だった。
犬族の仲間も、なんだかしっぽが萎え、そわそわしている。
ふと空を見上げると、異様に赤く染まり始めているのが目に入った。
嫌な予感が一気に押し寄せ、しっぽの毛が逆立ち、耳がピンと立つ。
「おいおい、なんだってんだこの空は。こんな赤い空は見たことないよ」
その言葉が口から出た瞬間、背後で轟音が響いた。
振り返ると、仲間の家が無残にも吹き飛ばされ、炎が舞い上がっていた。
胸が締め付けられるような恐怖と驚愕で、思わず息を飲んだ。心臓が激しく鳴り響き、全身が冷や汗に包まれる。
「は?何が起こったんだ...?」
次の瞬間、私の本能が警告を発した。
空から無数の炎を纏った巨大な岩が降り注いでくる。それが次々と大地に衝突し、街を破壊していく。一瞬で、街全体が炎の海に変わっていく。
悲鳴と爆音が響く中、頭が混乱しそうだったが、今は逃げるしかない。
「みんな、逃げろ!急げ!」
誰かの必死な叫びを聞きながら、体が反応するままに疾風のごとく駆け回った。私たち獣人は身体能力が高い。だが、こんな凄まじい速度で降り注ぐ隕石の雨を避けるのは、どれだけのスピードでも難しい。翼をもつ者が飛んで逃げようとしても爆風に巻き込まれていく。
目の前で燃え盛る街を見て、涙が滲みそうになるが、そんなことを気にしている場合じゃない。
「まだ死にたくない…!」
私は祈るような気持ちで必死で逃げた。だが、次々と降り注ぐ隕石は、私たちの全力を嘲笑うかのように、無情に街を焼き尽くしていった。
心の中で「死にたくない」と繰り返しながら、私は足を止めることなく動き続けた。
やがて、隕石の雨がようやく止んだ。
周囲は瓦礫と化し、燃え尽きた街の残骸だけが残っていた。
恐怖が全身を駆け巡る一方で、生き延びたことに安堵の気持ちが広がった。しかし、その安堵はすぐに絶望に取って代わられた。目の前に広がる光景が、何もかもが終わってしまったことを告げていたからだ。
私たちは街の外へと逃げ出した。
そして、街の外で見た光景に、私はさらなるどん底に叩きつけられた気分になった。
大地には無数の大穴が開き、かつて緑が生い茂っていた森は燃え盛り、川は干上がっていた。あの青々とした森や、川辺での日差しを浴びて昼寝していた。いつも風が心地よく吹いて、私たちの毛並みを優しく撫でてくれていた。でも今、その全てが焼け落ち、干上がり、見る影もなくなってしまった。
私たちが暮らしていた豊かな世界が、一瞬にして荒廃した地と化していた。
「どうして…こんなことに…」
しばらくして、私はかろうじて生き残った仲間たちと共に、生存者や食料を探しに瓦礫と化した街に戻った。瓦礫の中を歩きながら、焦げた匂いが鼻を突き、胸が締め付けられるようだった。
「こんな地獄…」
私は心の中でつぶやきながら、足を進めた。
街が崩壊する音と焼けた臭いのせいで自慢の鼻も麻痺し生存者を見つけることはできなかった。
大地が低く唸りを上げた。その音が私の全身に響き渡り、体が硬直する。
「まさか、まだ何か起こるっての?」
そう思った瞬間、地面が突然激しく揺れ始めた。大地が裂け、大きな亀裂が走り始めたのだ。足元が不安定になり、私はバランスを崩しそうになったが、すぐに反射的に身を翻し、仲間たちのもとへ駆け出した。
「急げ!ここも崩れちまう!」
心臓がドクドクと速く打ち、冷や汗が背中を流れるのを感じた。
獣人の身体能力があるからこそ、私はすぐに反応できたが、それでもこの大地の亀裂の広がり方は尋常ではなかった。
大地がまるで生きているかのように、次々と裂け目を生み出し、私たちの住んでいた土地を飲み込んでいく。
私は必死に駆け回ったが、足元が崩れていく速度には太刀打ちできなかった。裂け目がどんどん広がり、巨大な亀裂が街全体を飲み込んでいく。耳をつんざくような轟音と共に、建物や木々が次々と崩れ落ち、仲間たちの叫び声が響く。
「こんな…どうしたら...」
大地が、私たちを喰らうように裂け、飲み込んでいく様子に、どうしようもない無力感が押し寄せてきた。獣人の力では、この大自然の前には無力なのか、そんな思いが頭をかすめた。
そして私は漆黒の闇の中に落ちていった。
次に目を覚ましたとき、私は穏やかな草原の上に横たわっていた。
空は青く澄み渡り、柔らかな風が頬を撫でていく。こんな平和な場所がまだこの世に存在していたとは信じられないほど、美しい光景が広がっていた。
「ここは…どこ?」
私は起き上がり周囲を見渡すと、仲間たちの姿があった。彼らもまた無事だったことに安堵していた。
そして私たちの前には、神話物語に出てくる獣神のような人が立っていた。
私はわけがわからず困惑していた。
「ええっと...」
獣神?は力のある声で言った。
「安心するがいい」
穏やかで重みのある声が耳に届くと、私の中にあった恐怖と不安が少しずつ和らいでいくのを感じた。
私たちはどうにかして生き延びたけれど、何が起こったのか、これからどうすればいいのかがまったくわからなかった。
「あなたは一体...?何があったの?私たちはどうなってしまったんだ?」
私は思わず問いかけた。獣神はその問いに答えるように、ゆっくりと語り始めた。
「お前達が住んでいた世界は、悪しき者によって破壊されてしまった。空からの炎、大地の裂け目、そして最後には全てを飲み込む闇により消滅した。お前達が築き上げた豊かな世界は、獣神の抵抗むなしく無残にも失われてしまった。しかし、お前達の世界を管理する獣神の願いにより、私たちが新しい世界で再び生きる機会を与えた。これからの生活はお前達次第だ。ここで好きに生きるがいい」
私たちの知らない獣神は私たちに何があったか説明していく。
その話を聞いて、胸が再び締め付けられるような痛みが走った。私たちの大切な故郷が、もう二度と戻らないという現実が重くのしかかる。
「じゃあ…私たちはこれからどうなるの?」
「心配することはない。お前達は、新しい世界に導かれた。ここは、お前達が再び生活を築き上げることができる場所。辛い経験を乗り越え、ここで新たな未来を切り開いていくのだ」
新しい世界で再び生活を築き上げるという言葉に、心の中で少しだけ希望が芽生えた。しかし、それと同時に、果たして私たちにそれができるのかという不安も消えなかった。
「でも…本当に私たちにそんなことができるのかな?」
不安げに尋ねると、獣神は力強く頷いた。
「お前達には、強い意志と素晴らしい力が備わっている。この世界で、お前達は再び家族を築き、仲間と共に新しい社会を築き上げることができるだろう。我もその過程を見守り、必要な時には助けを差し伸べよう」
その言葉に、私は心の中の絶望や悲しみが少しずつ溶かされていくように感じた。仲間たちの顔を見ると、彼らも同じ思いでいるようだった。
そうして獣神はまばゆい光と共に消え去った。
しばらくして生き残った仲間たちとこれからのことを話し合っていると、どこからか腹の鳴る音が聞こえた。
「起きたらすぐにいろいろありすぎて...すまん...」
腹を鳴らした熊族の男は体に見合わぬ小さな声で謝った。
まずは生きるために食料を狩らないと。