5.エルフ世界の崩壊
エルフの族長視点
エルフの族長である私は、世界樹の頂にある長老会議の間で瞑想していた。
世界樹は全てを視界に収めることができないほど大きく、天へとそびえるその巨木はエルフたちの住まいであり生命の源である。
私達エルフはこの樹の巨大な葉の上に都市を築き、幹に沿って伸びる枝々に畑や森を広げていた。
私達エルフの文明は、この世界樹なしでは成り立たない。その根は広く張り巡らされ、世界から魔力を収集している。精霊は世界樹より魔力を受け取り、私達の生活を助けてくれている。
私達は世界樹から無限の恩恵を受け、何千年もの間、平和と繁栄を享受していた。
しかし、その日は違った。私は精霊のささやきに異常を感じ取っていた。
精霊が運ぶのは、世界樹から漂ってくる不吉な兆しだった。
「何かがおかしい。精霊が騒いでいるような…」
心の中でつぶやき、急いで立ち上がった。
私はすぐに長老たちを招集し、世界樹と対話をする準備に取り掛かった。
精霊の力を借りれば世界樹の作り出す空間に行くことができる。そこには一本の大木が生えており、傍らには世界樹の大精霊様と呼ばれる少女がいる。
その大精霊様が世界樹のことを、世界のことを語り教え、私達エルフを導いてくれるのだ。
私と長老たちは精霊の力を借り、世界樹の作り出す空間に降り立った。
そこに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
常に大木の傍らにいる世界樹の大精霊様はおらず、かつて青々と茂っていた葉は、今では枯れ果て、巨木の幹には深いひび割れが走っていた。床一面に這う根も、生命の輝きを失っていた。
「これは…どうしてだ…?大精霊様は?」
私は震える声でつぶやいた。長老たちは黙り込んだまま、目の前の現実を受け入れることができずにいた。私達は魔法で世界樹であろう大木を癒そうと試みたが、その努力は全て無駄だった。
世界樹はまるで、自らの生命を放棄したかのように静かに死へ向かっていた。
「我々は、何を誤ったのか…」
世界樹の頂にある長老会議の間で、私は自問したが答えは見つからなかった。
世界樹が枯れた原因はわからず、それが自然の摂理なのか、それとも運命の悪戯なのか、誰にも理解できなかった。
世界樹は私達にとってただの大木ではない。私たちの祖先から代々受け継がれてきた神聖なる存在であり、その恩恵を受けて私たちは生きてきた。この樹が枯れることなど、想像すらしたことがなかった。
突然、世界樹が激しく揺れ、床が震え始めた。幹が裂け、巨大な葉が次々と下に落ちていく。
私はその場に立ち尽くし、目の前で崩れ去っていく世界樹を見つめるしかなかった。
巨大な葉が落ちる音はまるで雷鳴のようで、幹が裂ける音は空をも引き裂くかのようだった。私たちの目の前で、積み重ねてきた歴史が無残にも崩れ去っていく。
その光景は、まるで悪夢のようだった。
「族長!何とかしなければ、このままでは…」
若いエルフの戦士が必死に叫んだが、私にはもうどうすることもできなかった。
世界樹の枝々が次々と折れ、都市や畑が崩壊していった。
「なぜ…?どうしてこんなことが…」
私の問いは、世界樹の悲鳴のような崩れ去っていく音の中に消えていった。
我々を導いてくださった大精霊様にも縋ることもできず。原因も理由も分からず、ただ世界樹がその役目を終え、私達の世界が終焉を迎えるという現実だけが残った。
突如、私は柔らかな光に包まれ、気が付けば世界樹の空間に移動していた。
私の周りには普段この空間に入ることの許されない者たちも大勢いた。そして枯れ果てた大木の横に大精霊様に似た雰囲気をもつ少女が立っていた。
彼女は落ち着いた表情で、まるですべてを見通しているかのように、私達を見つめていた。
「大精霊様?」
私が問いかけると、少女は静かに答えた。
「残念ながら違います。しかし、ここにいた大精霊と呼ばれていた者と同じような者です」
その言葉に、かすかな希望を抱きながらも、すぐにそれが無意味だと悟った。
「それでは、あなたは誰なのですか…?そして、ここで何が起こっているのですか?」
私はできるだけ平静を装い問いかけた。この不可解な状況の中で、何とかして真実を知りたいという思いが胸を締めつけていた。
少女は静かに私達を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「あなた達エルフに新たな道を示す者です。この世界樹が枯れたことは、あなた達の世界が終わりを迎えたことを意味します。しかし、あなた達の世界を管理する神の願いにより、私たちが新しい世界で再び生きる機会を与えようと思います。これからの生活はあなた達次第です。そこで好きに生きるといいでしょう」
少女はその後も淡々と私たちに何が起きたのか説明していく。その言葉に、私は困惑と恐怖が入り混じった感情を覚えた。
世界樹が枯れる、世界が終わりを迎えるなどと考えたこともなかった。何千年も続いたこの世界樹との共生が、突然終わりを告げるなど理解が追いつかない。
「新たな始まり…?一体、どういう意味ですか?私達は、どうすれば良いのでしょうか?」
私の声は震えていた。何もかもが崩れ去る中で、唯一の拠り所を求めるように、私は少女の言葉に縋るしかなかった。
少女は再び、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「世界樹はその役目を終えましたが、あなた達が生きる場所はまだ残されています。私はあなた達を、新たな世界へと導くためにここにいます。
その世界では、再び一から文明を築き上げることになりますが。過去に囚われることなく、未来を創り上げてほしいと思います」
その言葉に、私は無力感と希望が交錯する中で、族長として次の行動を決めなければならないことを悟った。しかし、エルフという生物は世界樹が無くては生きられないということが、今や私達の足枷となっている。
「私達はどうすればその世界へ行けるのでしょうか?世界樹はどうなるのでしょうか?」
少女は微笑み、彼女の周りに淡い光が広がった。その光は温かく、私達の不安を和らげるようだった。
「あなた達はすでにその世界にいるのです。ここで一つの旅が終わり、新しい旅が始まるのです。これからの道は、あなた達エルフ自身の手で開いていくべきものです。私はその過程を見守り、必要があれば助言を与えますが、道を選ぶのはあなた達自身です」
その瞬間、私達は光に包まれ、視界が白く染まっていった。
心の中に不安が渦巻く中で、私は新たな世界への第一歩を踏み出す覚悟を決めた。生き残ったエルフ達を私は導かねばならない。絶やしてはならない。私達は新しい世界へと旅立つのだ。
目の前の光が次第に薄れ、私達は新しい世界に降り立った。
そこには、広大な草原が広がり、少し先には森があり、生命の息吹が感じられた。目の前にはあの空間の枯れた大木があり、割れた幹の中からは青々とした新芽が出ていた。
ここで、私は再び希望を持ち、新たな未来を築き上げることを誓った。新たな世界樹と共に、ここからまた誇り高き千年の都を創るのだ。