【2】②
◇ ◇ ◇
「みんな驚いて黙っちゃっただけで、ホントに凄く似合ってるし素敵だよ。ママは綺麗だからなんでも合うと思うけど。でも長い髪が好きなのかと思ってたから、まさかそんな短くするなんて考えもしなかったよ」
航大と雪音を子ども部屋の二段ベッドに寝かしつけてから、隆則は夫婦の寝室のベッドに腰掛けて改めて涼音に話す。
「長いと逆に楽なのよ。何もしなくても結んでおけばいいんだもの。もちろん、お手入れとかいろいろ拘る人は別でしょうけど」
「ああ、職場の若い人がそんなこと言ってたなあ」
女性社員が「ショートって思った以上に手間が掛かっちゃって。また伸ばそうかな」と零していたのを、確かに聞いた覚えがある。
何故隆則がその会話に交ざっていたかの記憶はないのだが。
「そうよ。短い方がこまめにカットしなきゃならないし、カラーもね。……お洒落に興味がないわけじゃなかったけど、他に優先事項がいっぱいあったから」
肩口に遊ぶ毛先を、まだ違和感があるのか指先で弄るようにしながらの涼音の言葉に、隆則はふと浮かんだ疑問を口にした。
「……もしかして、美容院ずっと行ってなかった?」
「そうね。結婚して記念写真撮ったときに行こうと思ってて行けなかったから。いつだったかな、──ああ、そうだわ。ミキの結婚式の前。ほら、パパと知り合ったあの」
記憶を探っていたらしい彼女が、何気ない調子で発した言葉。
「美紀子さんと沢渡の? あれ、もう一年近く前じゃないか」
思わず驚きの声を上げた隆則に、涼音は相変わらず静かに話し出す。
「実際、年に一回行けたらいいかなって感じだったから。ありえないでしょ? 周りにも、さぞや『身なりに構わないオバサン』て呆れられてたと思うわ。でも、……でも本当にそれどころじゃなかったの」
「お、オバサンて! まだ若いだろ!」
「私、もう三十になるし、……こういうの、年齢だけじゃないのよ」
笑みを浮かべながらも、どこか遠くを見るような目で前髪を掻き上げる涼音に、隆則はかつての自分のことを思い出してみる。
前妻と離婚して航大と二人暮らしだった頃、保育園時代は確かにそんな余裕はなかった。
けれど隆則の場合、実家が片道一時間弱の場所にあったのだ。
散髪に限らずどうしても一人で出掛ける必要があれば、実家に連れて行って見てもらったり母が様子を見に来てくれた際に頼んだりして、時間を捻出していたものだった。
航大が小学校に入ってからは少しくらい留守番させることもできるようになったし、航大は特に聞き分けのいい賢い子なので、かなり楽にはなった。
しかし、涼音の実家は電車を乗り継いで二時間は掛かる。日常の用事で「ちょっとお願い」ができる状況ではないのだ。
まだ四歳の雪音は、何をするにも「ママと一緒」で当然だっただろう。
たとえ短時間でも、一人で留守番させるなど考えられない。