跳兎族の村の事情
白たち賢者一行は、ハウ王国を出発しストルム王国を目指していた。
「あそこがストルム王国ですね。」
「そういえばこの国の近くに跳兎族が住む村があったよね。」
アルスが見えてきた城壁を指すと、白は思い出したように言った。
何か余計なことを言い出すのではとアルスは思っていた。
「ねぇねぇ、先に跳兎族の住む村に行ってみない?」
「私も行ってみた~い。」
「エリスまで...。」
「まぁいいんじゃない?急がないといけないっていうのはあるけど、急ぎすぎもよくないしさ。」
「シエルさん...はぁ、そうですね。ではそちらの方に行きましょうか。」
白が言い出したことに対し、エリスに続いてシエルまでもが賛同した。
馬車を操縦していたアルスは、幌の中の話し声を聞き、仕方なく村へ向かった。
村の外に一旦馬車を止め、賢者たちは村へと入っていった。
何やら村の中央で村人たちが集まり、話し合いをしていた。
「あの~すみませ~ん...」
「おっと、すみません。旅のお方ですか。」
「まぁそんなところです。というか、何かあったんですか?良ければ話を聞かせてくれませんか?」
「ええ、分かりました...。このアルナブ村は昨年の今頃、モンスターにより襲われておりました。そんな時、ある巨大な魔獣様に助けられたのですが、その魔獣様に生贄を捧げるように言われたのです。生贄を捧げればこの村を守るとの事でしたので、やむを得ず生贄を捧げることにしたのです。そこで今年の生贄に選ばれた者がいたのですが、姿を消してしまい、どうしようかと悩んでおったのです。」
話途中だったため、申し訳なさそうに白が尋ねると、村長と思わしき人物が返事をした。
何があったのか気になった白が聞くと、この村に逢ったことと現状を話してくれた。
「なるほど、生贄ですか…。それってこの村の人じゃないといけないのですか?」
「いえ、特にそう言ったことは...」
「じゃあ私でもいいってことですよね?その間に皆にその子を探して貰うって感じで。」
話を聞いた白はとんでもないことを言い出した。
村長を含めアルスやエリスは驚いており、シエルやソイル、ヘスティアはやっぱりかという表情をしていた。
「生贄になるって...白だったら言うと思ったけど、村から離れた子がどこに行ったのかもわからないし、その魔獣が悪い奴だとも思えないし、どうするつもりなの?」
「ん~とりあえず話し合いで解決してみるつもり。生贄が必要な理由だって、食べるためならもっと定期的に捧げる必要がありそうだし、単なる勘だけど、去年生贄になった子って、まだ生きてると思うんだよね。」
「ほんとに単なる勘ね。でもその子が亡くなってる可能性の方が高そうなのに、白が言うとほんとに生きてそうなのよね。」
「お姉ちゃんのかんってすごいあたるもんね。」
どういうつもりで白が生贄になるか、白にどういった考えがあるのかをシエルが聞いた。
何となくではあったが答えると、ヘスティアもエリスも白を信じている様子だった。
「んじゃあとりあえず俺はこの村に残ってるから。」
「ん、ゼータも残る。」
「それでは僕とシエルさん、ヘスティアさんで探しに行きましょうか。」
2人は残り、3人で探しに行こうとしたが、エリスが取り残されているような気がしてアルスに話しかけた。
「アルス、私も一緒に行くよ。」
「エリスは日光の下にいると大変でしょ?ソイルさんたちと一緒に村に残ってて大丈夫だよ。」
「やだ!アルスについてく。」
「...分かったよ。じゃあ一緒に行こっか。」
寂しそうな表情のエリスに負け、アルスはエリスと共に探しに行くことにした。
シエルとヘスティアもそれぞれ別の方へと探しに向かった。
「皆様、ありがとうございます。...白様、でよろしいでしょうか?」
「そうだよ。」
「この村の者に代わり生贄になっていただけるとは、なんとお礼を申し上げればよろしいでしょうか。」
「どのみち私達のうちの誰かが行けば解決するとは思ったんで、大丈夫ですよ。ちゃんと話はつけてきますから。」
「真実に感謝申し上げます。かの魔獣は北の山の麓にある洞穴に住んでおります。どうか、この村の者をお救いください。」
そう言われた白は村長と村の人たちに一礼すると、森の方へと入っていった。
白を見送った後、3人は逃げ出した子を探すため、ヘスティアは東に、アルスとエリスは南、シエルは東の方に向かった。
シエルが少し歩いていると小さな川があり、その川のほとりにある木の下で蹲っている少女を見つけた。
「(あの子がそうかな。リンク...こっちで見つけたから、皆は先に戻ってて。)」
アルスとエリス、ヘスティアに連絡を入れると、少女の元へ近づいた。
少女は自分の元へ誰かが来た為か、目を閉じ縮こまっていた。
「君、なんでこんな所にいるの?」
「...お姉さん誰?村の人じゃないよね。」
ゆっくりと目を開き、少女は安心したような声で尋ねた。
シエルもその様子を見てホッとした。
「私はシエル。仲間たちと旅をしてる、旅人みたいな感じかな。」
「シエルお姉ちゃんは旅の途中なんだね。私はネインって言うの。」
「ネインちゃんね、跳兎族の住む村が近くにあるよね、村には帰らないの?」
村で何があったのか、何故ネインがここにいるのかをシエルは知っていたが、警戒されないように知らないふりをしていた。
「その...私が住んでるアルナブ村、一年位前に魔獣様に助けてもらったの。それで魔獣様がいけにえが欲しいって言ってて、最初は私の友達が...次は私がそのいけにえにならないといけなくて。お父さんとかお母さんとか、村の人たちのためにも私がならなきゃって分かってるんだけど、でも......」
ネインは俯きながら今にも泣きだしそうに声を震わせた。
隣に座っていたシエルは少しでも落ち着けるようにとネインを抱き寄せた。
「シエルお姉ちゃん?」
「大丈夫。私たちがネインを生贄になんてさせないから。まぁ、今さっき会ったばかりの私の事なんて信じられないかもしれないけど…」
「ううん、そんなことない。私はシエルお姉ちゃんのことを信じるよ。だって私のこと、心配してくれたもん。」
“白がこの間に色々してくれてるだろうし、自分はこの子を不安にさせちゃいけない”と思いながらネインに言葉をかけた。
ネインはシエルのことを完全に信用しているようで、その表情や雰囲気からも安心していることが分かった。
「信じてくれるのはありがたいし嬉しいんだけど、他の人に対してそんな簡単に信用しないようにね。」
「大丈夫だよ。シエルお姉ちゃんだから信じたんだもん。」
「よしよし、いい子だね。気持ちが落ち着いたら私とアルナブ村に戻ってくれる?不安なら私の傍にいてくれればいいからさ。」
すぐに信じてくれたネインが少し心配になったが、ネインが笑顔で言った答えにシエルは安心した。
シエルはネインの頭をやさしく撫でながら村に戻ってくれるように促した。
それと同時に、先程から“お姉ちゃん”と呼ばれるたびに、思わず顔がにやけそうになっており、それを微笑みで隠していた。
「わかった。シエルお姉ちゃん、ありがとう。」
ネインはもう少しその場でシエルに撫でてもらった後、2人でアルナブ村に戻った。
その頃白は、北にある魔獣がいるとされる森に入っていた。しばらく進むと開けた場所に出た。
その中央付近には巨大な狼と、守られているかのような跳兎族の少女がいた。
狼は白が近づいたことに気づくと、その少女に対し何やら魔法をかけた。
『汝、我に何用だ。』
「えっと、アルナブ村に生贄を要求してる魔獣様って貴方ですか?」
『如何にも。』
巨大な狼は睨みつけつつも崇高な雰囲気で白に話しかけた。
その雰囲気にこの狼があの魔獣様であると確信していたが、一応尋ねた。
「なんで生贄なんて要求してるんですか?その子って去年生贄として捧げられた子ですよね、生かしておいているんだったら、生贄なんていらないんじゃないんですか?」
『我に指図するか、白狐族の者よ。』
自分の思ってたことをなんの遠慮もせずにサクッと言った白に対し、巨大な狼は怒ったような声を発した。
しかし白は特に気にする様子もなく、自分のペースのままでいた。
「あ、私は白って言います。お名前を伺ってもよろしいですか?」
『......我はフェンリル。して、汝のその妖力、ただの白狐族ではないのか。』
「分かるんですか⁉実は賢者なんですよね~。」
そのペースに飲まれつつもフェンリルは威厳のある態度を崩さないようにしていた。
フェンリルは白の妖力を感じていたが特に驚きはせず、落ち着いた様子であった。
『賢者...懐かしい響きだ。』
「ってことは旧賢者様にお会いしたことがあるんですね!」
賢者という名を聞いた白は目を輝かせていた。
フェンリルは自分の身に会ったことを白に話した。
『うむ...汝には話してやってもよいだろう。我が何故生贄を欲していたのか。我は昔、賢者の1人、ヴァルナに敗れた。我は如何にしてその強さを得たのかを問うた。ヴァルナは“守るべき者がいる”と答えたのだ。』
「もしかしてその“守るべき者”が欲しくて生贄を捧げるように言ったんですか?」
旧賢者と目の前にいる白を重ねて見ていたフェンリルは、懐かしんでいるような声で言った。
『左様、我はこれまで多種多様な種族を守ってきた。だがそのどれもが我より先に息を引き取った。我はその度に“守るべき者”とは何か考えたが、いまだ答えは見つからぬ。』
「それなら村全体を守るとかどうです?」
『それが正しいと、汝は証明できるのか?』
「そうすればいいですか?」
フェンリルから生贄を求める理由を聞いた白は、旧賢者の一人であるヴァルナの放った言葉を、そのまま受け止めてしまっているのではないかと思い、別の提案をしてみた。
するとフェンリルからとある提案が返ってきた。
『我に攻撃を当ててみよ。我はここから移動せぬが、反撃は可能である。』
「ほんとは話し合いで解決したいところだけど、そういうのも悪くないね...本気でやっていいの?」
むしろ白的には話し合いよりも得意な事であった。
フェンリルもまた白と同じ考えを持っており、最初に少女に魔法をかけたことも、結局は白と戦い自分の強さを証明したいと思っていた。
『我は汝に手を抜かれる程弱小ではないぞ。』
「じゃあいきますよ。巫、斬雨。風纏:伐翔。」
フェンリルに対して水の刃が襲い掛かり、別の方向から白が風を纏った刀で幾重藻の斬撃を放った。
しかし突如としてフェンリルの周りに出現した風域により、白は吹き飛ばされてしまった。
白は体勢を立て直すと、再び妖術を放った。
「滝撃、流槍。」
放たれた妖術は風域により防がれたが、流槍はフェンリルが放った風ブレスにより相殺された。
「(なんで流槍だけ対処したんだろ。って、あの風域をどうにかしなきゃいけないよね。もう少し色々やってみようかな。)」
そんなことを考えていると、風域の中から風ブレスや魔法が飛んできた。
風ブレスや魔法を躱したり捌いたりしながら白はフェンリルに近づき、妖術を放ち刀で攻撃をした。
「流槍。水纏:一水」
先程と同じく、流槍は風ブレスで相殺された。
水を纏った刀で風域を攻撃してみたが防がれてしまい、風域から現れた巨大な獣の前足の形をしたものに叩き飛ばされてしまった。