9話 『庭』
もう一つ、ここに来てから気がついたことは、どれだけ歩こうが走ろうが一切疲れないことだ。
「それはここが『天…」と言ってきそうな全身執事に睨みを利かせながら、俺は草原の中を長いロープを地面に下ろしながらひたすら歩いていた。
もはや今では何処を流れる水の音にも慣れきってしまった。
「雄翔様、これには本当に意味はあるのでしょうか?」
懐からひたすら流れるように下りるロープにわかりづらく戸惑いながら、全身執事がそう聞いてきた。
「やることなくて暇なんだよ。あとやっぱ気になるし」
チラリと背後を振り返れば、そこにはひたすら長く伸びたロープ。もはやスタート地点が遥か地平線の彼方だ。
ロープを挟んだ隣側に無理やり歩かせた(と言うより軽く頼んだら素直に従ってくれた)全身執事が、先程からずっと心底不思議そうにしている。
初めは後ろからついてこようとしたので色々訳あって隣を歩くように指示した。
もちろん細工も疑ってのことだが、何より後ろから自分と同じ速度でひたすら付いてこられるのが嫌で仕方がなかったからだ。
途中あまりの不快さに足を速め走りまくった。あれじゃただの追いかけっこだっただろう。しかもタッチしてこないただひたすら追いかけてくるだけの鬼。もはや最新型のホラーである。無表情なところがさらにそれを煽ってくる。
スタート地点では一本の棒を立ててあり、全身執事に絶対倒れないという言質を取ってロープの先を巻いてここまできた。
何かあればこれを伝って戻れるし、ここが本当に無限の範囲なのかを確認できる。
まぁ、ただボウっとあの場所にいるよりはマシだろう。……棒だけに。
「……雄翔様は研究家の部類なのでしょうか?」
「急に何?」
今まで話しかけない限り、説明以外で自分から口を開くことのなかった全身執事が遂に口を開いた。
(いや、そう言えばさっきも開いてたな)
「雄翔様のようにこの『天国』の無限とは、何処まで限りがないのかを探求される方がこれまでにもおりました。ご自分の『庭』を持たれてからでも時折調査をされる方がおります。そのほとんどの方は各々『研究』に日々の時間を費やしています」
「ここ時間って概念あるんだな」
全身執事の話を聞いて思ったのはそれだった。
どれだけここにいても日は暮れないし夜にもならない。太陽の位置も変わらず、午前なのか午後なのかもわからない。
「この草原地帯ではあまり勝手が効きませんが、個人の『庭』をお持ちになれば、その調整が可能です。実際一日を二十四時間と決めている方もいらっしゃいますが中には『日が暮れない庭』や、『永遠の夜が続く庭』もございます。もちろん日付の間隔や時間の調整をされる方もいらっしゃいますが、ほとんどの方はすぐに元の間隔に調整し直します」
「ややこしい上にめんどくさそうだもんな」
「それもありますがその時々でやりたいことが異なる方がいらっしゃいますので、それに合わせた調整なのでしょう。中には完全に時間という概念を失くし永久的な時を過ごす方もいらっしゃいます」
「……流石は『天国』だな」
どれだけ動いても疲れない上に眠りたい時は寝れて、ひたすら同じ体勢でいても体が鈍ることも硬くなることもない。
どころか、自分の『庭』の中であれば寝たいのに何故か眠れない、久しぶりに体を動かして筋肉痛、なんかも体験しようと思えば体験できるらしい。
“制限のない自由”
これの可能性について、色々考えたい研究者の気持ちは心の底ではわからんでもない。
「そう言えば、ちゃんと聞いてなかったけど『庭』って個人領域のこと?」
なんだかんだここまで聞き流していた言葉を改めて聞いてみる。全身執事もそれについての詳しい説明をしていなかったことに気がつき、解説してくれるようだ。
「はい、個人によって展開された領域は全て『庭』とされます。ここ、『無限の草原地帯』も以前は住人個人の『庭』とされておりました」
「ん? 展開した住人が捨てたってこと?」
ここが他所様の庭だったとは初耳だ。というか、ここの名称ってまんまそれなのか?
俺の心のうちの疑問には答えず、男は俺の最初の疑問に対してのみ答えた。
「もちろんそういった場合もありますが。この草原地帯は展開された住人の死後、残った『庭』です」
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