24話 新たな出会いと産声
(毎度あまりにな展開。勝手すぎるよ君達)
「────ぉう。突然オレの膝下に来るタァ随分根性あるじゃねぇかっ!」
耳を劈くボリュームの声に、慌てて両耳を手で抑える。
継いで頭を上げれば大男が、今にも高笑いを上げそうなほど機嫌良さげに俺をその双眼で眺めていた。
「お前さん、随分腑抜けた面だがココがヨソの土地だと知っての狼藉かぁ?」
「………………っ?」
金に輝く髪を揺らす男の言葉を飲み込むと同時に慌てて周囲を確かめれば、一気に自身を取り巻く状況が変化したのを理解する。
これまで、この世界に来て初めての雑踏。
人と人が行き交い、会話を重ねる。
そこは一つの街だった。
屋台が開かれていたり、客を呼び込む声も聞こえる。
眼の前の男が声を張り上げた理由が、一瞬にして察せられた。
ここは、人に溢れてる。
「おい、よそ見するんじゃネェ!いきなりヨソモンが来たかと思えば、ただの立ち見かぁ?ウチが呼ぶのは客だけだ」
「…………ここにいる人達は、人間か?」
「アァ?何言ってやがる??」
誰も彼もが明るい顔と声で会話をしている。
子供と手を繋ぎ買い物をする親子。恋人への贈り物に悩む青年。防具を眺める厳つい顔つきの男。
ガヤガヤと街中特有の喧騒が鼓膜を揺らす。
日が高く、多くの人間がすれ違い言葉を交わしている。
俺の元いたところで、当たり前に見られる景色がそこにあった。
「…………お前さん、何しにココに来たんだぁ?」
眉を顰め、心底不思議そうに俺を眺める男に、俺は無意識のうちに安堵していた。
少し大柄だが、目の前にいる男は確かにどこにでもいる、普通の人間だったから。その自覚もないまま、俺は自然と肩をおろした。
「────…………ヘェ、“ボクっ子”に“魔女”ねー。随分と濃い奴らに揉まれてきたわけかぁ」
「………………」
「そりゃまた大変だったなぁ。まぁ同情はしてやらんが」
街中で話すのは止め、俺が男に連れられたのはファーストフード店のような店だった。金銭を持たないと一度断ったが、男は「一つ貸だ」と言ってそのまま店の中に進んでしまった。
戸惑いながらも男に続いて店に入れば、そこはやはり見慣れた受付とその奥にカウンターやテーブル席があるのが見える。
受付には一人の店員がいて、コチラににこやかな笑みを向けてくる。
「いっらしゃいませ〜。ご注文承ります!」
よく見る光景を前に、俺がたじろいでいれば男はそのまま店員に話しかける。
「んじゃ一先ずこのセットを頼む。お前さんもそれでいいか?」
「………………」
はやくせんか、と睨まれ恐る恐る俺が一つ頷けば男はセット二つを注文した。それに店員が確認の反復を行えば厨房の方に声を張り上げる。
本当に、少し前までは当たり前に見られた光景に俺は開いた口が閉じられない。
唖然とこの場の状況に戸惑う俺を気にしてか、それとも何も気にしにないでか、男は俺に席を勧めた。
そして、俺が勧められた通りテーブル席に着き、男が注文したモノを携えて俺と向かい合うように座れば「先ず食え」とその片方の品を促される。
「………………いた、だきます」
「おう」
大柄の男は俺を気にすることもなくバクバクとそれを口に運ぶ。
その様子を確かめながら、俺もゆっくりそれに口を付けた。久しく口にしていなかった濃厚なソースとそれが絡まった噛みごたえのある肉に、気が付けば俺は夢中になっていた。
「フーン、それで気がついたらココにってわけか。そりゃまたご苦労なこっタァ」
「………………ココは、アンタの庭か?」
俺はようやく、自分から質問を口にできた。
ずっと気になっていた事だ。周囲は今も人が栄え盛り上がりも見せてくる。
中には悪巧みをしてそうな連中が視界の奥にいるのがわかるが、あえて気にしない。
元いた世界でも、ほとんど同じような光景を見たことがある。
気にする必要がないと思えば本当に気にならない。
それよりも今興味があるのは、この光景をこの男が何を思って創り出したかだ。
俺の同郷とは異なる髪色だが、もしかしたら俺と同じ場所、日本から来たのではないだろうか?
「アァそうだ。ココは俺の土地だ。ヨソモンが入ってきたと分かって新たな客かと迎えにいきゃあ、どうも客人に見えんお前さんがいた」
気取ったような身振り手振りを説明され、俺はなんと答えればいいか分からなかった。
金髪をうねらせ、ギラギラ光るその碧い瞳が俺の全身を射抜く。
まるで、おとぎ話の王子様のような姿でありながら、その態度や口ぶりには粗野が多い。
見た目からの先入観が邪魔をして、どうも凸凹に見えて仕方ない。
「お前さんは何が目的だぁ?」
「…………え?」
ギラリとその双眼がこちらを睨む。
急に向けられた敵意に、俺は微かに怯んだ。
「この世界の住人は、誰しも一つの目的や野望がある。俺もそうだ」
「…………………………」
「ココは、どんな悲願でも叶えられる。不可能なんて、存在しない」
男が、そう言って立ち上がった。
店内の明かりが男の背に遮られる。
「…………なあ、お前さんはどうだ?この世界に来てまで、叶えたい願いってモノがあったのかぁ?」
何を問われているのか、わからなくなった。
男の影に飲まれるさながら、俺はこの世界がただの世界ではないことを思い出した。
「ココは『天国』。選ばれた人間のみが住まうことを許された桃源郷だ」
「………………っ」
「何でお前さんみたいな適応のしない人間が、この世界の甘い汁を吸える?」
眼の前の男に牙を見せられ、体が勝手に震えだす。
どうして俺がこの世界の住人として、この世界に選ばれたのかを問われている。
それがわかるのに、俺は答えられない。
俺は、答えを知らないのだから。
気がつけばこの世界にいた。
元いたところに帰りたいと強く思うわけでもない。
家族も友人も、いなかった訳では無いが、強い執着を持つことは一度としてなかった。
許された人間以外が、この世界に住むことを許されないのなら。
どうして俺がそれを許されたのかはわからない。
…………………………なら、もしかなくとも俺は、
「ヨソの土地に入ったからには気ぃつけろ?バクッと食われちまっても、文句は言えねぇぞ」
太いその腕が自身に伸ばされ、ゴツゴツとまるで岩のような形をした手のひらに喉元を掴まれても、俺は抵抗できなかった。
金縛りにでもあったかのように、身動きが取れず体中に痺れだす。
ピンチだと、脳内が警鐘を鳴らす中。俺はこの世界に来て初めて一つの目的が見つかった。
俺が今一番、やらなくてはならないこと。
探さなくてはいけない。
なぜ俺が、この世界来なくてはいけなかったのか、その理由を。
その瞬間、急激に視界が晴れた。
「…………なんだあ?首を絞められかけてるってのに、いい面すんじゃねぇか」
一先ず、このまま死ぬ理由はなくなった。




