21話 知の宝庫
(いい加減説明したい)
「前から思ってたけど、ここは本当になんでもあるのか?」
「?あるよ」
ずっと疑問に思っていたことを俺が口にすれば、目の前の相手は不思議そうな顔をして頷いた。俺の質問の意図が読めなかったらしい。
「過去の記録ならわかる。だが、現在とか未来とか。全ての事象をどうやって保管するんだ?」
周囲を見渡せばどこまでも立ち並ぶ本棚のが広がり先が見えない。この本の数も、海外の蔵書数を誇るどの図書館も顔負けだろう。
しかし、そのすべてを綴ることも管理することも、果たしてできるのだろうか?
「ココはボクの領域だからね。管理に関してはボク自身がこの領域を“壊そう”としない限り、絶対だよ」
その言葉どおり、彼は絶対の自信があるかのように誇ることもなくそう言った。
当たり前であるかのように語られたそれに、俺は何を言えばいいのかわからなくなった。
「………………未来の記録なんて、無限にあるんじゃないか?」
当たり障りのない、というか方向転換のためにの俺の問いかけに今度そいつはニヤリと笑った。
「未来の記録に興味があるのかい?」
その問いかけに含まれる見えない圧に圧倒され、俺はゆるゆると頷く。
すると相手はまるで歓喜したように両腕を上げ、叫びだした。
「やっと聞いてくれたっ!ボクの誇る、この魔法図書館の真髄をっっ!!」
まるで待ってましたと言わんばかりの口ぶりに、俺が気圧されたまま黙っていれば相手は勝手に語りだす。
「前の世界に居たときから、ボクは求めていたっ。この世のすべてを知ること、この世のすべてをボクの知識にすること。そして、それが叶う術を、機会を手に入れたっ!」
それがココ、ボクの誇る図書館。
過去の全ても、今の全ても、そしてその続き、未来の果てもボクは手に入れた。
いつでも読める、どこまでも知れる。それを可能にするための世界。
それを語る眼の前の男は、まるで壮大な夢を見る少年のように見えた。その双眼を輝かせ、世界がどこまでも広いことに、心から歓喜していた。
「………………本当に、未来の全てを得られるのか?」
この図書館がこの世の事実そのものをすべて書き綴り、保管しているということはそれだけで膨大な量だというのが嫌でもわかる。
しかし、本当に未来について記される書物があるということは、この図書館の領域が無限であることと等しい。
この世に、限りなどない。
それが事実なら確かに、たとえそれが未来の書物であろうとこの世に起こるすべての事実が収まる。
だが、それは未来が一本道であることを示すことにならないか?
果たしてそれは、本当に全てを……
「ボクが求めるのはこの世の全てだよ。雄翔」
考え込みそうな俺の思考を、引き止める言葉が吐かれる。
「事実も、事象も。概念も観念も。思想も宗教も。この世に起こる事も、生み出されたものも等しく」
どういう、意味だ?
「全てだよ」
………………。
「空想も、妄想も。可能性も、空論も。起こらなかった事実も。起こり得るはずだった事実も。起きた起きないじゃない。ほんの一瞬、存在してしまったその全てを、ボクは知りたい」
………………無茶苦茶だ…………。
「歴史も、文化も、そしてそれを語る人々も。その生活、そしてその果ても。それからそこに含まれていた可能性も。その全てを、ボクは手に入れたい」
不可能だ。
「この図書館はそのために作った。すべての知を、収めるために」
ふざけてる……。
そんなの、膨大なんてもんじゃないっ。ありとあらゆる可能性を収めるというのなら、それは無限増殖し続けるということだ。
しかも空想や妄想、本当にこの世に生まれるすべてを欲するのは無謀そのものだ。
大体、全てがここにあるからと言って、そのすべてを把握し切ることなんて時間が許すはずが……
「ココに“限りをつける制約”なんかないよ。あるのは無限に許された自由だけだ」
まっすぐと、一切の淀みを持たないその言葉に、俺は今改めてこの世界のおかしさを実感した。
そんな“自由”が許される世界など、一切の秩序がないのと同義だ。
秩序のない世界など、破綻し破滅することは目に見えている。
もし本当に世界を創り出した人物が居るのなら、そいつは夢を理想に、そして理想を現実することしか考えてなかったに違いない。
「……さぁ、今度こそキミの問に答えてあげる」
「………………っ?」
一瞬、眼の前に立つ男が何を言っているのか分からなかった。
「今キミが求める知は“未来”だろう?」
一言も、俺はそんなことは言っていない。あるのはただの興味本位。幼い好奇心だけだ。
「なら教えてあげる。キミがこの魔法図書館に選ばれた理由を。そしてボクが定めた本を読み進める方法を」
“君は条件を満たした選ばれし者。”
いつしかの言葉が、俺の脳裏を横切った。
…………一体、俺はどうしてしまったんだ。
さっき初めて会ったばかりの男に、まるで再会したかのような錯覚を起こすなんて。
(おいおい、本当にどうしたんだよ主人公さんよ)




