2話 “許される者”と……
「……なぁ」
「はい、何でございましょう?」
執事服を身に纏った男がゆっくりとこちらを振り返る。
仕草もまた、それに見合っていることが妙にこちらの動揺を誘う。
「今、どこに向かってんの?」
どこまでも続く草原。歩き出した男に素直についてきたが、どれだけ歩いても何も見えてこない景色に我慢できず、俺は目の前を進む男に尋ねた。
「どこか、と聞かれれば、答えることはできません。なぜなら、我々はどこにも向かっていないからです」
「は?」
わけがわからない。
どこにも向かってない? なら何で歩く?
「申し訳ありません。あのまま立ち話をしていても退屈されるかと。誠に勝手ながら愚行した次第です」
「いつまで歩いても変わらない景色を見ている方が退屈だ……」
この男は俺の心を読んだかのように対応してくる。
一体何なんだ? そもそもここは何処なんだ?
「ここは『天国』です」
またコイツっ……!?
「……っ『天国』? なら、俺は本当に死んだのか?」
「……申し訳ございません、お答えすることができません」
答えられないというより答え方がわからない、という雰囲気を醸し出す男に、俺は堪らずため息を吐く。
一体どういうことなんだ。
「ここは何の制約も必要としない『天国』。無限の自由を許された創造世界です」
「創造、世界……?」
「旧世界の人々が求める『天国』を実現させるために創造された世界がここ『天国ーへヴァンー』となります」
創造世界? 仮想世界のことか? 待て、それならここは実態のない意識だけの仮想空間ってことに……
「いえ、ここは仮初ではなく、現実世界として存在します」
「っ!!」
……コイツやっぱりっ!
「ここは旧世界では言わば“新世界”と呼び表すべき場所です」
「……っ」
「そして、その新世界に住まう住人は皆“許された”人間。『天国』に住まうに相応しい、と判断された者たちです」
判断? 一体誰が……?
「…………アンタ、名前は? 俺は雄翔、だけど」
ふと気になったことを尋ねてみる。
一方的に聞くのもアレなんで一応自分も名乗っておいたが果たしてそんな気遣いがここで必要なのだろうか。
「名前、ですか。そうですね……。……申し訳ありません、恐れながら自分に名乗れる名はありません」
「は?」
(名前が無い?)
男が所在なさげにする様子から嘘を言っているようには感じられない。
でもだからって、名前が無いなんてことがあるのか?
「その様子だと、どうやら貴方は“許された”側の人間だと判断します」
また訳のわからないことを。そもそも許されたって、何を許されたんだ?
いや、それより……。
「……なぁ、さっきアンタ『どちら側』って聞いたよな? 一つが“許された”側なら、もう一つなんなんだ?」
「“そうではない”ものです」
すると突然、周囲に突風が巻き起こりそれが天に突き上がる。
「ここは『天国ーへヴァンー』。旧世界より創造されし“制約のない自由”を許された世界」
「っっっ!」
突然の風に煽られ、俺は咄嗟に目を細める。
「そこに住まうは何のしがらみにも囚われない“許された”者。そして……」
「っっっ!!?」
こうして、俺は嫌でもこれから、この『天国』で生きていかなくてはならないということを、理解しなければならなくなる。
「その理に唯一反する存在」
『天国』という、かつて誰もが空想し憧れを抱き求めたこの理想郷で。
──“異端者”──
それが、本当に“真の『天国』”なのかを、俺はこの時はまだ何も知らなかった
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