18話 魔女のお茶会
(頑張って長くしました。)
「あらぁ、固まちゃったぁ。かぁわいぃのねぇ〜♡」
フフフ、と妖艶に微笑む彼女に対して俺はどう反応すれば正しいのか分からなかった。
微笑んだことによってその眦が緩く下がり狂気の色が薄らいだことは確かだが、ここで俺が何かをやらかせばそれこそ俺をまるごと食われてしまうような感覚さえした。
直立した状態でも、今にも足から崩れてしまいそうな恐怖が俺の額に汗を流させた。
「ねぇ〜え? あなたぁどこから来たのぉ?」
「………………」
「答えてくれないなんてぇ悲しぃわぁ〜?」
この魔女とさえ思える女性は、そう言って俺のことを上目遣いで見てきた。
……よく観察をすれば、相手は俺よりも身長が低い。そのことに今初めて気がついた俺だが、だからといってこの状況の打開策が思い付いたわけじゃない。
「考え事ぉ?」
「……っ!!」
「お話ししてくれないなぁんて、わたし困っちゃうわぁ♡……お話しましょぅ〜?」
彼女に心が読まれたのか、俺の思考は一瞬にして遮られた。
そして、この甘い空気の漂う部屋の中で俺はどうにかなる……か……?という曖昧な意識だけが残された。
視界か、それとも脳なのか、モヤがかったように感じる世界で俺はどうしても自立した意識を保てなかった。
話をしようという彼女の声に惑わされ、俺はいつの間にか甘やかな雰囲気の漂う部屋で茶会に参加することになっていた。
「ロゼちゃぁんはぁ、ほぉんとぉにかぁわいぃのねぇ〜♡」
「……ご主人様が可愛がってくださるおかげです」
「リィリーちゃぁんも、とぉってもかぁわいぃわぁ〜♡」
「……お褒めいただきありがとうございます」
そして、この部屋にはいつの間にか蠱惑的な魔女の他に数名の人間が増えていた。
特に彼女の両隣に座る二人の少女、ロゼとリィリーと呼ばれていた少女は今彼女によって手放しに褒められていた。……外見だけを。
「ロゼちゃぁん、紅掛花色のドレスがほんとぉによく似合っているわぁ♡やぁぱりふぅわっふわのドレスが一番よねぇ」
「……ご主人様の仰る通りです」
「もぉちろんリィリーちゃぁんも負けてないわぁ♡貴方のそのブロンド髪にはぁ水縹色のドレスがいっちばぁん映えるわねぇ」
「……ご主人様の仰る通りです」
名前だけを聞くと何の色を指しているのかが分からないが、ドレスの布地を褒めているのだろうと俺は予測する。
この部屋には他にも数名の少女がいるが、魔女はこの二人を特に褒め称えていた。
ちなみにこの部屋にいる俺を除いた全員が、まるで異世界の貴族のようにフワフワで布地の多い歩くのにも重たそうなドレスを身に纏っていた。
彼女たちは見た目から少女のように見えるほど小柄だが、ドレスの重みで地に伏してしまわないか気になる。
宝石やアクセサリーを身に着けているようには見えないが、布地の多さは袖にまで目立っていて今にも茶をひっくり返したっておかしくないと思う。
「ロゼちゃぁん、あなたはぁこぉんなにかぁわいぃくて。いつか誰かに攫われちゃいそうだわぁ♡」
「……それでもわたしのご主人様はお一人です」
「リィリーちゃぁん、こぉんなにもかぁわいぃあなたなら、いつかすってきな王子様がお迎えに来てしまうわねぇ♡」
「……それでもわたしのご主人様はお一人です」
一人の蠱惑的雰囲気を纏う魔女を少女たちが取り囲む様はあまりに異様だが、ようやくこの世界に慣れつつある俺はこの少女たちが“異端者”だということを察していた。
ここは彼女の『庭』で、彼女の望む状況なのだから、それを補う役目である少女たちがそれに付随する“異端者”であることは何とか俺なりに理解できた。
(……そういえば俺、ここに来る前に誰かと話していたような……?)
そんな思考が頭をよぎったと同時に、俺の肩が突然誰かに触れられた。
「……っ!?」
「…………ねぇ〜、かぁわいぃ坊やぁ? わたしのお茶会ぃ、楽しくなぁいぃ〜♡?」
「…………たの、しいです」
艶やかに微笑む裏で、彼女の瞳にはやはり狂気の色が輝いていた。
俺はそれに逆らう術もなく、ただ頷かされた。
そんな俺に満足したのか、彼女はまた嬉しそうに微笑むと、自分の座っていた席に戻っていった。
(……一体いつの間に背後に回ってたんだっ?)
言いしれぬ恐怖が背中に纏わりつき、俺はそれからしばらく背中をつたう冷や汗とともに茶会に参加していた。
無限の時間のように思われたそれは、ただひたすら魔女を囲う少女を褒め称える場として終わった。
「────あなたも、もぉ少しキレイに整えればかぁわいぃお人形になれるのにねぇ♡」
「………………」
茶会がお開きになり、それまで魔女を囲っていた少女たちはまるで雲に隠れたかのように姿を消してしまったあと、突然魔女はそんなことを言ってきた。
「わたしのお人形になればぁ、たぁぷりかわぁいぃくしてあげるわよぉ〜♡?」
到底肯定することのできない言葉を、俺は否定することができなかった。
もしもここで彼女の機嫌を損なえば、その後俺がどう扱われるかが予想できなかったからだ。
「まぁたぁ無視ぃ〜? ひどぉいわぁ。かなしぃわぁ〜♡」
彼女の独特な話す言葉が、妙に頭の中で反響する。
その声につられ、今にもごっそりと意識を持っていかれそうだ。
魔女のような彼女は、もしかしたらその声に魔力を宿しているのではないかとさえ思えた。
まぁ、それが本当ならこの世界の一切の対抗を持たない俺は、すでに彼女の虜にさせられていただろう。
そうではないことに一時の安心を覚える。
「…………ここは、アンタの『庭』か?」
「そぉよぉ〜?」
まぁ、当然だよな。
「……なら、アンタはこの『天国』の住人なのか?」
俺の問に相手は笑って応える。
当たり前だ。この世界で自由を許されるのは住人たちだけ。いや、あの全身執事の言う通りなら、自由を許されないのが“異端者”だけなのだ。
それ以外を住人だと考えればいい。
…………けれど、何故か俺はそれが素直に受け入れられない。
本当に、住人たちは一人として制限を持たないのか?
“異端者”に個人の人格がない、というのはあり得るのか?
どうにもこの世界は俺にとって疑問だらけだ。
なんでこんな世界で、こうして普通に生きていられる人間がいるんだ?
「────坊やぁ。考えすぎると、まぁた頭が痛くなっちゃうわよぉ?」
「…………ま、た?」
「あらぁ、ほんとぉに覚えてなぁいのねぇ」
先程から愛しむように俺を見つめていた彼女、魔女がまるで面白いものを見たかのようにその瞳を煌めかせた。
「坊やぁ。あなたほんとぉに、なぁんにも知らないのねぇ〜え」
「………………何の、話だ」
ドクリと、心臓の近くが嫌な音を立てた。
聞きたくないと、今すぐその目を逸らし、耳を塞ぎ閉じ籠もってしまいたいと脳が信号を送る。
それが何故なのか、俺は自分自身でもサッパリわからないのに。
「……頭ぁ、痛ぁい〜?」
「……痛くは、ないっ」
優しげに問いかけてくる眼の前の女が、まるで獲物を狙う獣のような目を、一瞬。ほんの一瞬だけした。
「…………あなたのご主人は、あなたの事がだぁいすきなのねぇ♡」
「………………っ?」
羨ましいぃ、と甘ったるい声で微笑む彼女に、俺は彼女が何を言っているのかわからなくなった。
一瞬の目眩を感じ俺は俯くが、その時少しだけ、水の中のようなくぐもった世界の音が聞こえた、気がした。
(この調子で……)