1話 『天国ーへヴァンー』
何の制約のない世界。
そこは無限の自由が許され、罪も罰もない『天国ーヘヴァンー』。
“制約のない自由”
それが許される世界とは本当に“真の『天国』”と言って良いのか…………。
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無限に広がる花畑の中心に、一人の少女がいた。
どんなに踏み荒らしても決して枯れることも折れることもない花々を眺め、彼女は一粒の涙を流した。
「ここは、決して『天国』なんかではない」
水の流れる音。風の音。その風に煽られて揺れる草花の囁き声。
ふと気が付けば、俺は果てしない草原の中に居た。
ついさっきまで駅近のゲームセンターでソロプレイのゲームをしていたはず。いや、確かそれも飽きて欠伸を噛み締めながら店を出た、はずだ。
(……そう、確かその後、そのまま信号待ちをしている時に、両耳に刺さるイヤホンの音とは違った声が聞こえてきて、自然と下がっていた視線を前に向けたんだ。その時、目の前から突っ込んでくるトラックを……)
ぁあー、マジか。俺、そのまま……。
だんだんと鮮明に思い出してくる記憶に嫌気がさして、俺は頭を振る。嫌なことからは目を逸らすに限る。
(……そういえば、ここはどこだ?)
もし本当に俺が死んだのなら、ここにこうしているのはおかしい。
いや、死んだ後がどうなるのかなんて、実際わからないが。
たとえ死んでなかったとしても、これは異常過ぎる状況なはずだ。
見渡す限りの広い草原。
耳に入るのはどこにも見当たらない水の流れる音と草花の揺れる音。
(あまりにも、異次元すぎる)
それこそ小説で読むような異世界……。
「貴方は、どちら側の人間ですか?」
「っ!?」
急に背後から男の声が聞こえ、急いで振り返ればそこには一人の青年が立っていた。
(……あれは、執事服か?)
「貴方は、どちら側の人間ですか?」
「………………」
先ほどと同じ質問を繰り返す男。
(どちらって、何のことだよ?)
俺がそんな疑問を持つと、男はまるでそれが聞こえたかのように反応した。
「失礼しました。自分がお聞きしているのは、貴方は“許された”側の人間なのかそうではないか、という事です」
「……ゆ、許された側?」
その見た目や言葉からも、相手は同じ日本人だということがわかる。だが、あまりにも現実的ではないこの状況に、俺は到底理解できなかった。
「……あぁ、これも説明不足でしたか。貴方はここにいらしたばかりのようですから、それに見合った説明をさせていただきます」
男は、まるで俺の心を読んだかのように喋り出す。
「ここは『天国ーへヴァンー』。“制約のない自由”を許された桃源郷にございます」
淡々とした様子で男はそう言い切った。
まるで取って貼り付けたような笑顔と共に。
こうして、俺は理想郷とされるこの未知なる世界に、なす術なく呑み込まれていくことになった。
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