別れ
「ノ゛エ゛ルさま゛ぁぁホントに行っちゃうんですかぁぁ」
「ごめんなさいね、ことが落ち着きましたらまた顔を出しに来ますので…」
「いつでも来てください!ノエル様なら皆いつでも大歓迎ですから!!」
かつて共に魔獣討伐へ向かい、命を預けあった仲間たちからの言葉はそれはそれは暖かいものだった。ついつい口角が緩んでしまう。
魔法騎士の皆様とは遠慮せず本音を言える、というほどの仲ではなかったが、騎士団は学園や社交界なんかよりもずっとずっと居心地がいい場所だった。
これからこの婚約破棄騒動が収まるまでに数ヶ月はかかるだろう。その間ここに来ることは出来ないのがとても悲しい。あまり国王様が私の捜索に力を入れないことを願いたいが、何しろ私がいないと祭事も国中に降り掛かっていた聖魔法の恩恵も、そして魔素の濃くなった森の浄化も出来なくなる。他にも大規模の魔獣討伐に重傷者、怪我人が付き物になってしまったり、私が行っていた公務の負担を他の方々が負わなければなくなったりと、色々と大変なことになるのだ。聖女とはそれだけ重要な役割を担うのだ。一応聖魔法が少し使える人は一定数存在するが、その人と私とでは力の差が天と地の差程あるのだ。私でさえ、キツキツでハードなスケジュールを組んでやっと、ギリギリこなしていたあの仕事たちを、とてもあの新婚約者に全うできるとはとても思えない。
「しばらくの間、皆様は大変な思いをする事になるとは思います。ですが、私はいつも影から皆様のことを思い、お祈りしています。」
「ノエル様……」
「またいつか、次は平民のノエルとして会いましょう」
その時は、ただの対等な友人として、騎士団の皆と話せるようになるといいな…
「ノエル様……はい、必ずまた会いましょう…!!」
こうして私は魔法騎士団の皆様に別れを告げ、自分の故郷へと馬を走らせたのだった。
「全くあのバカ息子は…!!聖女様の価値をひとつも理解していなかったとは…!!」
事態は最悪だ。我が息子アドニスは目先の可憐なガーベラに囚われ、国に重要な薬ともなるキキョウを逃したのだ。大人しくノエル君を正妻にし、ガーベラを側室にでもしておけば良かったのだ。
学園に入学し、勉学や武術に力を入れなくなった時も、側近が気に入らないから変えるようにと言われた時も、愛しい愛しい第一子であるアドニスだから全てを受け入れ、好きにすればいいと言ってきた。それが間違いだったのだろうか…?
とにかく、まずはノエル君を探し出すことが第一だ。既にノエル君の故郷であるツルメミヤ村には私の親衛隊を向かわしているが、簡単に見つけることが出来るだろうか?頭の切れる彼女なら、私がまず故郷を調べに来ることぐらい分かるだろう。彼女に何か隠れるための宛があったとすれば私たちは1からそれらしき場所を探さねばならなくなる。遅くても半年以内。それまでにノエル君を見つけなければこの国が終わってしまう。ノエル君には申し訳ないが、これは国の為なのだ。聖女は国へ降かかる厄災を打ち祓うために産まれる。つまり、聖女が生まれて死ぬまでの間に一度以上はこの国に大きな厄災が起こるのだ。それを防ぐために毎日ノエル君は祈りを捧げ、神の御加護を国へ注いでいたのだ。神の御加護の効果はふた月ほどで国の農作物の生産量の数値に悪影響を及ぼし出す。半年も経てば民の殆どが飢えに苦しんでしまうかもしれない。
「頼む……すぐに見つかってくれ…」
これからはアドニスへの対応も改めて考えなければならないな。場合によっては第二王子のヘンリーを王太子にする可能性も視野に入れておかねば。
聖女は国の為にその身を捧げなければならないのだ。それは王族も同じではあるが、替えの効く王族とではその重みが違う。本来であれば、時期国王と王妃に感情などあってはならないのだ。私も、私の父もずっとそうして来た。
だから私は、どんな手を使ってでも聖女を捕え、この国の未来を守らなければならないのだ。国の未来の為ならば、1人や2人の不幸なんて安い物だ。絶対に、この国を滅ぼさせたりはしない。例え、どんな犠牲を払ったとしても。