魔法騎士団
「今朝…ノエル殿が…偽聖女だったとしてアドニス王子殿と正式に婚約破棄をされたらしい……」
「……は?」
俺は魔法騎士団のユリエル。この騎士団に配属されてからもうすぐ4年になる。人並み以上には魔法も剣も使えるので、なんとか中隊長まで上り詰めていたりする。
今朝、クレア騎士団長が緊急招集を掛けた。また魔獣討伐の要請かな、なんて思いながら集まってみれば、告げられたのはその一言だった。その言葉を聞いた途端、殆どの騎士たちの表情が歪んだ。普段感情が顔に出ないクレア騎士団長の表情からでさえも信じられない、という心の声が読み取れる。
「ノエル様」団員にそう呼ばれ深く親しまれていた聖女様。
俺らよりも背も体格も小さく細いのに、自ら前線へ乗り出し、魔獣討伐をする彼女の姿はとても勇敢で、物語に出てくるヒーローのように思えた。自分の傷よりも先に負傷した団員たちの治療をしている様子はまさに女神のようだった。
魔法騎士団には、魔法に優れている貴族だけでなく、色々な身分の奴がいた。貴族の第2子以下、平民、過去に奴隷として扱われていた奴に、荒くれ者まで。だから大抵の奴は過去に何かあった事が多く、周りの人間への警戒心が強かった。そんな俺たちが唯一懐いたのがノエル様だった。
少しでも俺らが怪我を負わぬようにと、進んで身体を張るノエル様を悪く思う奴はいなくなった。最初思ってたような、めちゃくちゃ美人な聖女様ってわけでは無かったけど、魔獣を祓い、大地や人々の傷を癒し、そして俺たちの話を聞いて笑うノエル様は本当に、聖女だった。
そんな素敵な彼女が偽聖女………??今までノエル様があげてきた数々の功績が見えてないのか…??
「ノエル殿は貴族社会から追放、そして真の聖女としてナディヤ・キャンベル男爵令嬢が婚約者となるらしい…」
「じゃあ、そのナディヤっつー女がノエル様の代わりとして聖女の役割を果たすってことか?!」
「そいつにノエル様の代わりが務まるのかよ……」
団員たちの話し声はどんどん大きくなっていった。いつもなら咎めてくるクレア騎士団長も、今は何も言ってこない。
「私も本当に驚いているのだ…ノエル殿が………とにかく、これで今日の通達は終わる。各自、訓練に取り組むように。」
そう言ってクレア騎士団長は壇上から降りていった。取り残された騎士たちは、ザワザワと周りの奴らと会話をしていて、すぐに訓練に取り組めるような様子ではなかった。俺自身も、今言われた事実を飲み込むことが出来ず、ただただそこに立ち尽くすことしか出来なかった。
「ノ、ノエル様がオレらの元に来てくれたぞ!!」
そう叫ぶ声が聞こえたのは、各自が今朝告げられたことを飲み込みきれないまま訓練を始めて1、2時間経った時だった。
「なんだって?!?それは本当か!?」
「ああ!間違いねーよ。今団長の部屋にいるんだ!!」
それを聞いて団長室の方へと駆け出す騎士たちを止める者はいなかった。
あの舞踏会から2日後、やっと正式な婚約破棄の手続きが完了された。やはり国王側が王子を説得しようと奮闘したらしい。しかしロマンスの魔法にかかっている王子にその説得が届くことは無く、王子の頭の悪さを利用して甘い汁を啜りたい1部貴族の後押しもあって、婚約破棄は無事取り決められたのだった。
昨晩その話を聞いた私は、ウェスト伯爵に明日の朝にはここを出ると伝え、ウッキウキで眠りについた。
そして今私は、よく世話になっていた魔法騎士団の団長室にいる。
「ノエル殿…!!大丈夫でしたか?!アドニス王子と婚約破棄したのは本当で…?!」
今目の前で取り乱しているのは魔法騎士団団長のクレア・アレスティエルだ。歳は30代前半だった筈だ。綺麗な薄紫色の髪は丁寧に整えられている。さすがこの国1の騎士団団長なだけあって、背丈も体もデカい。そして更には外見だけでなく内面も真面目で仲間思いで頭が切れるという、本当に何故恋人の1人すらも居ないのかが不思議になるような人だ。
「えぇ、残念ながら」
「……全く残念に思ってないな?」
「バレました?」
クレア騎士団長はなんでもお見通しだ。私が王子に冷めきっていることも、あの生活から抜け出したかったことも全てバレてしまっていた。きっと読心魔法か何かが使えるのだと思う。
「で、ノエル殿はこれからどうするんだ?」
「……貴族の方々には絶対に誰にも言わないと誓えますか?」
「……ああもちろんだ。ここでの話は貴族の奴らには言わないと誓おう。」
貴族には伝えないで欲しい、の一言でクレア騎士団長は大体のことは察してくれたようだ。少し悲しそうな顔をしているのは、私が騎士団に入る可能性がほとんど無いことを察したからだろうか。
「ありがとうございます。私はこの後生まれ故郷に戻った後、適当に働きに出ようかと思っています。」
「随分適当な予定だな…」
「まあ、10年間も故郷を離れておりましたので…何の仕事があるのか分かりませんから」
昨日色々と考えたが、やっぱり現地に着いてから色々と考えようという結論に落ち着いたのだ。祖父が生きているのであれば、羊飼いの仕事を是非とも引き継ぎたいのだけど…あれから10年、元気にしているのだろうか。
「一応聞くが、私たちと共に魔法騎士として戦うという選択肢は無いのだね?」
「はい、残念ながら。」
「理由を聞いてもいいか?」
「あんな王子の下でこき使われるなんて、想像するだけで嫌なんです。」
ああ、あいつの事を思い出すだけで気が悪くなりそうだ……
「……そうか。まあ、気が変わったら教えてくれたまえ。私も団員たちも、いつでも大歓迎だからね。」
「ありがとうございます、クレア騎士団長様。」
そんな暖かい騎士団長の言葉に、つい頬が緩んでしまった気がした。