追憶
私、ノエルは同年代の子供たちは片手で数えられるほどしかいないような地方の村で暮らしていた。
貴族じゃなければ学校に通うなんて、裕福な人かよほど頭のいい人ぐらいだったので、私は手伝いと友人との遊びを繰り返して生きていた。
村中を駆け回り、日光を浴びまくった私の鼻上にはそばかすが出来ていた。髪の毛は邪魔だからと短く切りそろえていたし、顔立ちも大人っぽい方だったのでよく男の子と見間違えられた。
母方の祖父は高山で山羊の放し飼いをしており、私はそれをよく手伝っていた。祖父の作るチーズを塗ったパンは格別に美味しかったのを覚えている。それを食べる為に、毎日毎日、山羊の後ろを着いて行き、山羊に害を成す魔獣を見つけてはやっつけ、体調の悪い山羊の面倒を必死に見ていた。
で、その時使っていた魔法が実は聖魔法という大層なものだったらしく、私は貴族たちに保護されることになったのだ。
「今日からノエル様にはこの国の聖女として、そして次期王妃として厳しい教育を受けてもらいます。」
王妃になりたいだなんて1つも望んでいなかったのに、私は何故こんなことをしているのだろう。聖女は王妃にならなければならないなんて、一体どこの誰が決めたのだろう。
「この国の頂点に立つお方の隣に、聖女様が支えてくださっていたら国王様も、国民の方々も心強いのです。だからノエル様は強く賢い聖女にならなければならないのです。」
どうやら独り言が聞かれていたらしい。如何にも厳格な淑女と言うような先生から物凄くまともそうな答えが返ってきた。
「さぁ、気を取り直してもう一度」
「……はい」
貴族って、もっと優雅に、ずっと踊ったりお茶会開いたりしてる物なんだと思ってたな。
確かにご飯は美味しいけど、とてもおかわりを強請れる様な雰囲気では無いし、ベッドもフカフカだけど寝る前に今日の復習と明日の予習を〜とか言って中々寝かせてくれない。日中は常に重たいドレスを着せられるし、少し走っただけで淑女らしくないとかなんたらかんたらと怒られる。パーティーにもお茶会にも連れ出されたけれど、今まで想像していたような楽しさは無かった。国立の学園にも通わせてもらったけど、私は他の貴族の令嬢の方々に良いように思われていないようで、何だか居辛さを覚えていた。
さらにはアドニス第1王子から私への対応は酷いものだった。
「アドニス様、アドニス様のお好きなマドレーヌを作ってみました。宜しければお召し上がりになりませんか?」
「いらない。捨てろ。」
私のこのそばかす顔が余程気に入らなかったのだろうか、先生の勧めでプレゼントをしてみても、王子にも楽しく話せそうな話題を引っ張り出して話しかけても、冷たい反応をされた。時には無視されたり怒られたりしたこともしばしば。
暫くして私は王子と仲良くすることを諦めた。せめて聖女として、王妃としての責務を果たそうとひたすら努力をした。
まずは基本的学力を身につけることから始まった。それがある程度進むと他に王妃として必要な知識も身につけさせられた。この国と周辺の国々の情勢や法律について。正しい言葉の使い方と近隣数カ国の言語の取得。魔法、魔素、魔獣への理解と対処法について。他にも魔獣を討伐するための訓練等色々。
勉学と魔獣討伐に追われる日々。そんな生活が8年も続けば、室内にいることが増えたお陰でそばかすは少しだけ薄くなった。後数年もすればそばかすは消えていくだろう。しかし、長年の努力による疲労は溜まり続け、それが目の下に現れるようになってしまった。
「……そばかすが消えれば、アドニス様は私と仲良くしてくれるのかな…」
そしたら、仲睦まじい国王と王妃になれて、皆から祝福される……?そうすれば、私は幸せになれるのだろうか…?
「………違うな」
それは、私が望んでいる本当の幸せではない。私は自由に、自然の中で村の人たちと、生き物たちと生きていたい。野原の上を駆け回りたい。
「聖女だとか王妃だとか国のためだとか、もうどうでもいい……」
負の感情が遂に溢れ出て、何かが壊れていく気がした。
翌日から、私は逆にそばかすを作るようにした。化粧をする時にほとんど消えかかったそばかすの上に色を乗せてハッキリと見えるようにしたのだ。そして自室や勉強の時だけ掛けていた眼鏡を常にかけるようにし、アドニス様に話す時に笑顔を作るのを辞めた。彼に伝えなければならないことは彼の側近の方々にお願いして伝達してもらった。
そうすると、3ヶ月もした頃から、王子に対するある噂が出てきていた。
「アドニス様は最近、1人の伯爵令嬢に夢中みたいよ。」
私が笑顔で話しかけていた頃も、彼の周りに令嬢が数人いて、彼が嬉しそうにしていたのは覚えているが、特定の相手ができたのか…このまま、婚約破棄でも何でもしてくれればいいのに。
そんなことを考えていた矢先に、私は王宮舞踏会に王子に呼び出され、あの話を切り出されたのだった。