006
鳥籠とは言ったって、本来令嬢は一人では何も出来やしない。
身支度や入浴、それに食事の用意。それらは普通ならば侍女たちが手伝ってくれること。
それなのにココにその侍女すら入れないなんて、徹底しているとは思ったけど、これからどうするのかしら。
まぁ、私には過去の記憶があるから着替えや入浴は困らないだろうけど。にしてもねぇ。
「では、私の家から侍女を呼ぶわけにはいかないのですか?」
「どうしてそんなに二人でいることを拒むんだい、アーシエ」
「いいえ、そうではありませんルド様。むしろ逆ですわ」
「逆?」
「だって、ルド様がそんな用事をしてしまったら一緒に居られる時間が少なくなってしまうではないですか」
「……」
今度こそ、この受け答え完璧じゃない?
しおらしくルドを想うフリをしながら、ちゃんと要求をする辺りが絶対にいい感じだと思うのよね。
しかも顎の下で両手を組みながら、上目使いで見つめれば、落ちないワケがないでしょう。
ほら、ちゃんとあざとく好き好きアピールしていますよー。
ルドさぁぁぁん、ここはそんな風に疑ったような顔をせず、大好きな彼女の意見を取り入れるべきじゃないですかねぇ。
ああでも急にこうもキャラが変わったら、やっぱりおかしいかな。でも、アーシエとしての記憶がないからどんな人間だったのか分からないのよね。
「アーシエがそこまで言うのなら、検討しよう」
「ありがとうございます、ルド様。うれしいです」
「他に要望はあるかい?」
「あ、あの。家の者との連絡は取れるのでしょうか。このようなことが起こって、きっと心配していると思うのです」
「ああ、そうだな……。そちらは、早急に対応しよう。だが」
「分かっています。私はここから出るつもりも、ルド様のお傍を離れるつもりもありません」
そう、ある意味これは本音だ。
今この何も分からない状況で家に帰らされたところで、対応のしようがない。だって家族のことも分からないんだもの。
これ以上、分からないことを増やしてしまってこのヤンデレルートから抜け出せないのは困るのよね。
ただアーシエとしての記憶がないことをうまく伝えて、過去のアーシエがどんなだったか、なぜこんな状況になっているのかを探らないと。
一番の問題は、敵と味方が分からないのよね。
私がもし本当にヒロインだったとしたら、こうなった原因を作った本物の悪役令嬢や黒幕がいるはずだし。
下手に今の状況でそんな敵と対峙したら、バッドエンドまっしぐらだわ。
「それが本心であることを祈るばかりだよ」
ルドは一瞬視線を落としたあと、ベッドから立ち上がった。
私は演技をやめ、真っすぐルドを見つめる。
アーシエとルドの間に何があったのだろう。大好きだった人を牢に入れなければいけないような何か。きっと私はそれを知らなければいけないのね。
「きっと今はまだ信じてもらえないかもしれません。私自身も何が起きたのか、まったく思い出せないのですから……」
「思い出せない、か」
「でもコレだけは分かります」
「なんだい、アーシエ」
「私はルド様の傍にいると安心します。このお部屋も、です。私のために一生懸命用意して下さったんですよね。その思いをどうして無下に出来ますでしょうか」
「君は……」
「ルド様?」
「いや、そこの奥に着替えがある。僕はなにかつまめるものをもらってくるから、それまでに着替えておいてくれ」
何かを言いかけたルドは深く息を吐いた後くるりと向き直り、私に着替えの場所を指さした後、部屋から出て行った。
やや重たく、ガチャリという鍵のかかる音。そんな鍵までしなくたって、逃げ出したりしないのに。
ああでも、侵入者は困るから安全のためには鍵があった方がいいのか。
そうね。普通、ココが自分の家だったら確実に鍵しめるものね。あれこれ考えすぎるのはやめよう。
ヤンデレルートって下手に意識しすぎて、余計に固くなって失敗したら意味がないし。
あくまで自然体で恋人に接するようにして、溺愛ルートとかに移行してくれるのを祈らないと~。って、恋人出来たコトないのに、全然大丈夫じゃないよ。
まず誰か、私にゲームじゃない恋を教えて!
泣きそうになりながら、そのままベッドに横になる。
ああ、着替えないとルドが戻ってきてしまう。そんな思いとは裏腹に、やや火照った熱も意識も冷たいベッドに広がって落ちていった。