005
「ルド……様?」
先ほど抱きかかえられていたのとは、また違う恐怖だ。仄暗さを抱える瞳が狙っているものは、私でしかない。
「この日をどれだけ待ち望んだことか」
「ルド様、違うのです。私は……」
「何が違うというんだい? アーシエ」
「そ、それは」
今ここで私がアーシエではないと言ったところで、彼には通じないだろう。
しかし、このままというわけにもいかない。ゆっくり後ずさりすると、ルドの表情が変わった。
「僕から、まだ逃げようと?」
「んーーーー」
足首を捕まれ、そのままルドの方へ引き寄せられた。
「やっぱり、そうだね。優しくしてあげようかと思ったけど、それではダメみたいだね」
状況的に、今一番ダメな位置にいることだけは分かる。抵抗したことが、彼の中では拒絶と思われてしまったようだ。
「違うのです。ただ、ただ……」
その先に続く言葉すら、出てこない。怖いというのも、もはやNGワードだろう。
「ただ?」
なんて言えば正解なの?
拒絶でもなく、でもこの状況を受け入れるでもない最適な言葉ってなに!
もー、なんでこんなときにコマンド選択とかないのよ。フリースタイルとかって、聞こえはいいけど喪女に難易度高すぎるでしょう。
「こ、こんなコトをされたら、アーシエはお嫁に行けなくなってしまいます!」
「アーシエは、誰のお嫁に行くと言うんだい?」
あ、コレ絶対に間違えたわね。完璧に目が怒っているし。
ダメダメダメダメ。死亡エンドとかむーりーです。
「も。もちろん、ルド様の、です!」
「結婚をするのなら、いいんじゃないのかな」
「ダメです。これでも私は貴族令嬢なのですよ。こ、婚前で、こ、こんな……」
「くくくくく。アーシエはまったく想像力豊かだな、一体何を想像していたんだい?」
「えええ。だ、だって今」
「このままでは寝れないと思って、僕は着替えさせてあげようと思っただけなんだけどな」
私が慌てふためく姿が気に入ったのか、それともルドと結婚をすると言ったのが良かったのか、ルドは嬉しさを隠そうとはしない。
こうやって笑ってくれたら、本当にヤンデレだって忘れられるのになぁ。
ああ、でも忘れたら痛い目見るのは私だったわ。あれ、でもルドの言っていることって……。
「どっちにしてもダメです。き、着替えを手伝うだなんて!」
危うく笑顔でごまかされるとこだったけど、結局着替えを手伝ってもらったら裸とまではいかなくても下着姿見られちゃうじゃないのよ。
だいたい、どこの世の中に殿下に着替えを手伝わせる人がいるのよ。
ちょっとどころじゃなくて、不敬罪すぎるでしょ。
さすがに私がアーシエとしての記憶がなくたって、そんな失礼なコトさせないわよ。
「でも君一人じゃあ、着替えは出来ないだろ?」
「だとしてもダメです。なんとかしますから、大丈夫です」
「僕がしてあげたいんだけどなぁ」
「そ、そんな子犬のような顔をしてもダメです。侍女を呼んで下さい、ルド様」
「選定も出来ていないし、君にまた何があるとも限らない。ココには誰も入れさせないつもりだ」
きっぱりとルドは言い放った。
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