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「っっーーー」


「お嬢様! お嬢様に何を!」



 口の中から血の味がした。サラは私をかばうように、手を広げてユリティスの前に立つ。


 私よりも小柄で華奢なのに、きっとこの人に何かされたら大けがしてしまうわ。



「サラ!」



 私はサラの肩に手を置き、そっと私の後ろに回らせた。



「女性には優しくと習わなかったのかしら?」


「貴様!」



 売り言葉に買い言葉なのは分かっている。そしていかに私が短気だったということも。


 でもそれでも私以上にルドを馬鹿にした行動が、どうしても許せなかった。



「お兄様、それ以上顔に傷をつけると、後が面倒ですわよ」


 

 やや古ぼけ、使われなくなった別荘からユイナ令嬢が出て来た。


 『お兄様』ねぇ。よく言うわ。今頃のこのこ出てきて。


 王妃になりたい妹と、王妃の兄という権力を持ちたい兄。



「仲の良い兄妹ですこと」


「その減らず口だけは、どうにかしたいモノですわね。ホント、嫌な女」



 ユイナ令嬢が吐き捨てるように言った。


 申し訳ないが、それはこちらのセリフである。毒を飲ませた挙句にこんなとこにまでさらってきた人間の言うことじゃないわよ。



「まぁいいですわ。日が暮れて来たので、中に入りましょう? それとも、夜の森を二人で彷徨ってみます?」


「そんなこと言ったって、逃がす気なんてないのでしょう?」


 

 ユイナ令嬢のその形の良い唇が弧を描く。


 悪役そのものだな、心の中で悪態をつき、私たちは二人と共に無言のまま別荘に入って行った。



     ◇     ◇     ◇



 別荘に入り、私は二階の客間、サラは別の部屋へ連れて来られた。


 別荘内のどこもかなりの埃が蓄積されており、長い月日、使用していないことが窺える。


 ただ置いてある装飾品などは、細部まで装飾が施されており高そうだ。


 そんな高いものを平然と放置しているあたり、公爵家の別荘とみてまず間違いないだろう。


 なんともこんな足の付きそうな場所を選ぶなんて、やはり頭が悪いと思えてしまう。


 今頃、王城では私がいなくなったことで大騒ぎになっているはずだ。


 別々に連れて行かれたサラが心配だけど、時間さえ稼げればなんとかなるかもしれないわね。



「そうそう。何か期待されているようなので言っておきますわ、アーシエ様。城へは空の馬車と共に、あなたからのお手紙を乗せてありますの」


「お手紙?」


「貴女が、他の殿方と駆け落ちしたというモノですわ」


「まぁ、ずいぶん想像豊かなことで。この計画はもしかして、初めからだったの?」


「よくお分かりになりましたね。そうですよ。あなたにあの薬を飲ませた時からね」



 悪気なく、ユイナ令嬢は毒花の様な笑顔を浮かべた。


 初めからアーシエの人格をなくし誰かと既成事実でも作らせ、駆け落ちさせようとでもしたのだろう。


 殺すことのリスクを考えれば、確かに簡単なことなのかもしれない。


 右も左も分からない少女に、颯爽と現れた男がそれを献身的に助け、恋に落ちる。


 夢見る令嬢の考えそうな計画だ。


 頭の中を開けなくても、きっとお花畑なのだろうということは想像できる。



「それで、ご自分が殿下からの寵愛を受けようと?」


「貴女さえいなければ、ルド様はわたくしのモノだったのです。幼い頃から婚約は決まっていたのに」


「でもそれは、あなたの御父上である公爵様とのお話でしかないのですよね?」


「だからなんだというのです」



 今にも噛みつきそうなぐらいの勢いだ。


 すべてにおいて、残念としか言いようがない。


 まぁもっとも、貴族の令嬢ならばユイナ嬢の考え方は普通のことなのだろう。


 私はアーシエであって、アーシエではないから。


 きっと考え方が違うのだ。



「そこには、ルド様の意志はないのですよね。親同士がという結びつきだけで、ユイナ様はルド様の心を少しでもお考えになったことはないのですか?」


「あははははは。殿下の御心? 公爵家の娘たるわたくしが、王妃となるのですよ。それのどこに不満があると言うのですか! 身分すら卑しいくせに、貴女はなにを言っているの?」


「これは身分の話ではなかったはずですが?」


「だったらなんだというの。貴女みたいな、あばずれ女など、社交界ではたくさんいるではないんですか。わたくしのように可憐で礼儀作法も完璧な人間などにいるものですか!」



 自分に絶対的な自信があるのだろうなというコトは理解出来る。


 でもその中にルドの気持ちという概念がない。



「はぁ。自分が可愛ければ、礼儀作法が出来れば、身分があれば、無条件でルド様からも愛してもらえると本気で思っていたのですか?」


「なんですって!」


「無償の愛は家族だけですよ。誰かを愛し、愛されたいのならば、まず相手を理解しないと。理解した上で、お互いが尊敬できる存在にならないと無理だと思うんですけど?」


「貴女、ホントに……。いつもいつもいつも、わたくしをそうやって馬鹿にして!」


「馬鹿にしてではなく、真実を述べたまでです」


「うるさい。貴女になにが分かるというの。分かったような口を聞かないでちょうだい」


「……分かったようなではなく、分かったからです。私はルド様を愛しているから。たとえ記憶がなくても、アーシエではなくても」



 『あの方がもう愛してくれなかったとしても』その一言だけをそっと飲み込む。


 本当だったら、一番にルドに聞かせたかった私の答えだった。

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