044
私は日記をぱたりと閉じた。
これがアーシエとルドとの出会い。出会ったその次の日には、アーシエを婚約者候補とルドがしたのだ。
そうだ……。候補者は二人だった。侯爵家の令嬢であったアーシエと、公爵家の令嬢であったユイナ様。
ある意味三角関係は、あの時から始まっていたんだ。
「……ただ、これ……日記というには……」
日付も書かれている、普通の日記。
しかしその内容が、当時子どもだったアーシエが書いていたにしてはずいぶんと大人びている。
パラパラと数ページめくっても、同じように日にちは飛んでいるものの、その日起きたことを書いているようだっだ。
「ん-、なにかな……さっきから……」
日記から伝わる、漠然たる違和感。
その日の出来事とそぐわないような大人びた感想以外にも、もっと根本的ななにか。
「とにかくコレは持って帰らないとね」
そう言って日記をカバンに入れようとした時、手からするりと日記が落ちる。
「もぅ」
拾い上げようとした時に、そのページに目が留まった。内容ではない。先ほどから感じていた違和感は、文字だ。
「これ、日本語……」
日記に書かれていた文字は、この世界の文字ではない。
全てが日本語で書かれていた。
「まって……これはどういうことなの?」
アーシエが日本語を使えていた。それが事実ならば、答えはもう一つしかない。しかしそれを答えとするには、問題がある。
まずは記憶だ。なぜ今、どうして……。
私は居ても立っても居られなくなり、そのまま日記を抱え走り出した。
◇ ◇ ◇
走る私に使用人たちが驚いた表情で私に道をあける。
しかし余裕のない私は、それすらも気にかけることなくレオの部屋へなだれ込んだ。
「レオ! 教えて! 私は何だったの」
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「だって、だって日記が! 日本語が!」
ページを開き、レオに見せるように掲げた。
レオはちらりと視線を日記に向けたあと、深くため息をつく。
「とりあえず落ち着いて下さい姉上。座って話しましょう」
「……わかったわ」
言いたい言葉を一度飲み込み、私は促されるままにレオの部屋のソファーへ腰かけた。
「まずどこからせつめいした方がいいというか……でも一番はそうですね、姉上は憑依者などではなく、転生者なのですよ」
憑依者じゃなくて、私は転生者……。それなら私はずっと、初めからアーシエだったってことになる。
確かにそれなら、日記の文字が日本語であることの説明はつく。だけど、その説明だと私はアーシエに生まれてきて育ってきたということ。
でも現実今は、私は美奈であってアーシエとしての記憶など欠片もない。ただ体が思えていることだけは、なんとなく分かるレベルなのに。
「私が転生者だなんて……。だって、アーシエとしての記憶も何もないのよ? 私は前世の記憶しか持ち合わせてないし」
「そうですね。確かに、今の姉上は美奈さんであってアーシエ姉さんではない」
「難しいよレオ。もう少し分かりやすく説明して」
「ん-。美奈さんはアーシエとしてこの世界に生まれ変わった。姉上は初めは混乱していたものの、ルド殿下に出会ってアーシエとして、この世界の貴族令嬢としてきちんと生きることを決めた」
「私がアーシエとして?」
「そうです。殿下の婚約者としてふさわしくなるために、過去は封印してアーシエとして生きる道をということです」
ルドのために、美奈だった過去を封印してアーシエとして生きる。
ん-。ある意味、ちゃんと第二の人生をって感じだったのかな。ルドのために、貴族令嬢としてきちんとしようとしていたんだ。
「姉上は本当にすごいですよ。過去など振り返ることなく、アーシエそのものとして生きることを決め、実際その通りに生きてきたのですから」
「ねぇ、さっきからその言い方だと……」
私はやや暗くなったレオの顔を見た。
過去を思い出すように話しているのに、なんだろう。レオからはまるで、アーシエを羨ましく思っていたように聞こえてくる。
そう。ずっとおかしいと思っていたのよね。だって、レオはアーシエの過去を知るばかりか、きちんと美奈って発音も出来るのだもの。
「レオももしかして私と同じ転生者なの?」
私の言葉に、レオはただうつむくように頷いた。