004
「ど、どこに行くのですか」
「気になるのかい? 大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。ちゃんと君のために愛の巣を用意してあるんだから」
「……」
今この人、鳥籠って言ったわよね。牢獄と大差ないんじゃないの、それって。ああでも、部屋になるだけマシなのかしら。
少なくともココみたいにカビ臭くはないし。だけど全然マシな未来が思い描けないのよねー。鳥籠だって牢屋だって、結局は閉じ込めておくためのモノじゃない。
心配しなくていいよだなんて、どの口が言うのよ。そんな悪い口は引っ張ってやりたい。
そう思ってやっとの思いで顔を動かせば、自分のすぐ近くにルドの顔が見えた。本当に整っていて、かっこいい顔ではある。
せめてこれがヤンデレルートじゃなかったらよかったのに。でもココがヤンデレルートだとして、アーシエはルドのことが嫌だったのかな。
少なくとも今、こうやって抱きかかえられ運ばれていても嫌悪感はない。むしろふわふわした高揚感のようなモノは胸にある。
もっとも、喪女だった私にはコレが恋なのかどうかなんてさっぱり分からないんだけどね。
「珍しいなアーシエ。そんな風に僕のことを見つめてくれるなんて。いつもは淑女たるものは~なんて言って顔を赤らめて見てはくれなかったというのに」
「あの、そ、それは……」
しまった。ガン見しちゃっていたのね、私。だっていい男なんだもんしょうがないじゃない。
でも確かにガン見とかはしたないし、貴族令嬢っぽくはないわよね。
それに、仮にも今私はアーシエなのに。でもアーシエとしての記憶がないから何が正解なのかもわからない。
だいたいヤンデレルートに入ってしまっている以上、もう正解なんてないのかもしれないし。
それなら手探りでやるしかない。攻略して見せようじゃないの。せっかく憧れの異世界。ヤンデレルートで、はい終了なんて絶対にさせないんだから!
乙女ゲームしかなかった喪女をなめないでよ。
ルドに抱きかかえられたまま、王宮内を進んでいく。意気込んではみたものの、恥ずかしさのあまりルドの胸に顔を埋めた。
ただ廊下で何人かの人とすれ違ったが、誰も声をかけてはこない。そのように言いつかっているのか、身分的にも声をかけることができないのか。どちらにしても、異様な光景であることだけは間違いないだろう。
「ルド様、どうか……どうか、お放し下さい」
「ダメだよ? こんな人のいるところで声を出したら。その口を塞ぐか、聞いた者たちの耳を削ぎ落さなくてはいけなくなってしまうよ」
「み、みみぃ」
そうでした、そうでしたね。あまりのルドのカッコよさに私、一瞬忘れていたわ。
ココはヤンデレルートでしたね。いや、本当にすみません。危うく周りの人に迷惑をかけまくるところでした。
口調は柔らかくとも、言っている内容は常軌を逸している。
さすがヤンデレルートなどと、プレイヤーだった頃なら、ただ『すごーい』と感心していたところだったけど、残念ながらコレが今の私の現実なのよね。
ううう。泣きそう。いや、泣いても何も変わらないから意味ないんだけどさ。
私は必死に、ヤンデレルートにはなにがあるか思い出すことにした。どんな乙女ゲームであっても、結ばれなかったヤンデレルートは悲惨だ。確実に、死者が出るようになっているのよね。
ああ、でも、これってもしかしてまだいい方なのかな。ほら、ある意味結ばれた……みたいな?
もっとも鳥籠から出られないだろうけど。いや、それって幸せとはだーいぶ違うと思うのよね。たぶん。
「少し寒いが大丈夫かい、アーシエ?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
ルドの言葉で顔を動かすと、風が顔をかすめていく。どうやら王宮内から外へ移動していたようだ。鳥籠というくらいなのだから、定番からいけば離宮か塔といったところかな。
ルドの足取りは軽やかで、初めから決まっていたかのようにどこかへと進んでいく。
用意周到っていうか、なんていうか。あそこよりはマシなんだろうけど。
「ここが、これからの君の僕の暮らす家になるんだよ。本当は王宮の部屋をと言われたんだけど、あそこだと他の者の目に付くからね。ここなら王宮からも離れているし、どんなに声を出しても大丈夫だからね」
「どんなに、声……を?」
その言葉に背筋が凍る。
ルドの脇から背後を覗き見ると、確かに王宮からはかなり離れていて、大声を出したとことで誰も助けになど来てはくれないだろう。
そして目の前には、かなり立派な離宮が見えてくる。 しかし、そういう意味の声というわけではない気がするのが問題なのだ。
え、まさかこれエロゲの世界とか言わないわよね。
恋愛すらしたことないのに、そういうのは無理すぎるんですけどぉぉぉぉぉ?
「今日のために、中はすべて君の好きな色やモノで揃えておたし」
器用に私を抱えたまま、ルドは離宮へのドアを足で開けた。そしてそのまま二階の一番奥の部屋へ。
「さぁ、着いたよ」
言うなり、ルドは私の体をベッドへと降ろした。周りを見渡せば、どこかで見たことがあるような既視感に襲われる。
薄いピンクで統一された室内。カーテンやシーツには細やかな金の刺繍。そして女の子が好きそうなふわふわしたクッションや人形たち。あれ、コレどこかで見たことがある気がする。
んんん。なんだろう。どこかのゲームで見覚えがあるのかな。でもソレとは違う気がするのよね。かといって私が住んでいたのは、ただの六畳のワンルームだったし。
あの部屋は、ほぼ寝に帰るだけだったから何もなかったしなぁ。
んー、なんだろう。なんか、モヤモヤする。
「これは……」
「気に入ってくれたかな? 君の部屋と全く同じものを用意したんだよ? 少しでも君の心が落ち着くようにと」
ルドを見上げて、彼の言葉の意味を考えた。
同じモノを用意した。それってつまり、アーシエが住んでいた部屋を再現しているということなのかな。うわぁ。さすがヤンデレだわ。極めちゃっているのね。
随分な念の入れようというか、ここまで来ると本当に恐怖でしかない。
「ああ、アーシ、嬉しくて、声も出ないんだね」
違うと否定したくても、仄暗さを称えたルドの瞳を見てしまうと、声にはならなかった。
否定すれば、もっとひどい結末が待っているのを私は知っていたから。ゆっくりと、ルドが近づいてくる。
ベッドが軋む音は、これから始まることを伝えているように思えた。
お読みいただく皆様に激感謝。
この度はこの作品をお読みいただきまして、ありがとうございます。
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