038
「王妃様におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」
口をそろえ、日傘をさしこちらに近づいてくる王妃様に私たちは最上位の挨拶をその場でする。
アーシエの体がこういうことを覚えていてくれることに本当に感謝しかないわね。
あの方が王妃様……。
やや顔を上げながら見れれば、その艶やかな長い髪も瞳の色もルドと同じだった。
可愛らしいというよりは端正で綺麗という表現がいいと思う。切れ長の目も、ルドに似ているし。
私にとっては初だけど、アーシエにとってもおそらくそんなに会話などしたことないんじゃないのかな。
先ほどから体が緊張で強張っているのが自分でもよくわかる。
「楽しいお茶会を邪魔してしまったかしら?」
「いえ王妃様。そんなことなど、あるはずもございませんわ」
「この国一の美しさを前に、花たちも霞んで見えてしまいますわ」
口々に王妃を称ええる姿はさすが令嬢たちと言うべきなのね。
真似しようと思っても、上手い言葉が思いつかない。こういう時のために、やっぱり勉強とかもしておきたいなぁ。
ルドに頼んだら家庭教師みたいな人を紹介してくれないかな。ほら、王妃教育みたいなやつ。
って私……完全にルドと結婚する気でいるとか……もう。私のが沼にはまってしまってる気がする。
「ちょうどお話してみたくて、見かけたから立ち寄ってしまったのよ」
王妃はさらりと微笑みながら、私と並ぶユイナ嬢の方へ近づいてきた。
「まぁ王妃様」
嬉しそうなユイナ嬢。
あー、王妃様はどっち推しとかあるのか聞いておけばよかったわ。
ルドのお母様なのだし、やっぱり仲良くできるならしたいのよね。でも自分の息子が病むほど入れあげてる女なんて、親からしたら嫌そうだけど。
「いえ、今日は貴女じゃないわクルム公爵令嬢。クランツ侯爵令嬢とお話したかったのよ」
「え」
「私ですか? 王妃様」
「ええ、そうよ」
唖然とするユイナ嬢の横を抜け、私の前まで王妃はやってきた。
その光景に驚いているのは他の令嬢たちもだった。
「あの……」
「あのマリナ子爵夫人を陥落したなんて、一体どういう手を使ったの?」
「え、あ、え?」
え、え? マリナ子爵夫人を陥落?
王妃様はやや子どものように不貞腐れたような表情で私に詰め寄る。
目の前にまで来ると、王妃のスレンダーさとスタイルの良さが際立つなぁなんてのんきに思っていた私は、いきなり質問の意味が分からず素っとん狂な声を上げてしまった。
陥落って、どういうことだろう。いや、マリナ子爵夫人は超特急でドレスを仕上げてくれたけど、あれは陥落っていうかルドのおかげよね。
別に何か特段したわけでもないし、急にそんなことを聞かれても。
「いつもならワタクシ優先でドレスを仕上げてくれるのに、貴女のドレスが忙しいからって構ってもくれないのよ」
「えええ。そ、そうなのですか?」
「そうなのよ」
顔をぐいっと近づけてくる王妃が、なんとも可愛らしい。きっと不敬罪よねと思いながらも、なんだか思わずその言葉は口からこぼれていた。
「王妃様、かわいい」
「え、あ、な。もぅ。そういうコトじゃありません!」
そんな返しをしながらも、王妃の顔も耳も赤くなっている。
ややキツそうなんてぱっと見思ったのが、嘘のようだわ。ルドよりももっと、可愛いという言葉が似合う気がした。
「マリナ子爵夫人が王妃様のドレスを断るだなんて、どうしたのでしょうね」
「そうなのよ。お茶に呼んでも忙しいからって来ないし」
「あー、もしかして新しいデザインを提案してしまったからですかねぇ?」
「そうなの? きっとそれよ!」
「でもそれだけの理由で王妃様を断るだなんて」
「昔からそうなのよ。凝りだすと周りが見えなくなるっていうか……」
王妃様はぶつぶつと文句を小さな声で言いだす。
王妃とマリナ子爵夫人はただの専属ってだけじゃなくて、仲の良い友だちのような関係なのね。
だから初め夫人が私のとこに来た時にツンケンした態度を取った意味も分かる。
大事な友だちの息子をそそのかした女って私は思われていたんだろうなぁ。
「王妃様も新しいドレスを提案してはいかがでしょう」
「え……でもワタクシはそういうのは、詳しくないのよ」
「私がいくつかご提案させていただきますので、それをマリナ子爵夫人に言ってみてはいかがでしょう?」
「でもそれだと貴女の案ではないの」
「私からの王妃様への細やかなプレゼントとして受け取っていただけないでしょうか?」
「……それなら、また来てくれるかしら」
「もちろんですわ。マリナ子爵夫人にとって王妃様以上に大切なお方などいないのですから」
私の言葉に、王妃は満足げな笑みを溢した。
そんなにもドレスとかって詳しいワケではないけど、今みんなが着ているようなドレス以外にもいくつか思いつくのはあるから力になれそうで良かったわ。
ゲームとかちゃんとやっておくものね。多少でも役に立ってくれたもの。
「では今からワタクシの部屋で、ドレスのお話をするのはどうかしら」
「もちろん光栄です、王妃様」
お茶会での目的も達成したし、王妃様と仲良くなる機会なんて滅多にあるものじゃないからね。
むしろ抜け出せるなんて感謝でしかないわ。
「では、クルム公爵令嬢、この子は借りていくわね」
「……はい。王妃様の御心のままに」
悔しさすら通り越し愕然とするユイナ嬢を尻目に、私は王妃と並び歩き出した。