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026

 部屋に着くと、ルドはゆっくり私をベッドに下した。


 しかしその顔は、先ほどの外での様子とは真逆だ。


 どうして部屋を勝手に出たのか。


 明らかにそう、顔に書いてあるほど不機嫌さを隠そうとはしない。


 でも私にだって言いたいことはたくさんあるんだから。



「どうしてあの(・・)令嬢とあんなとこで二人きりで会話をなさっていたのですか?」



 ルドが口を開くより前に私が口を開いた。



「君に花を摘んで帰ろうと思って中庭へと向かったとことで、声をかけられたんだ」


「それを私に信じろ、と?」


「そうでなければ、彼女と二人でなんて会話はしないさ」


「本当にですか?」


「ああ本当だよ、アーシエ。僕には君だけだ」


「私にとっても……」


「ん?」


「私には……ルド様しかいないのです」



 ルドの瞳の中に私が映る。


 この瞳にずっと自分だけを映していきたい。


 ああこれ、私……本当にダメね。


 やっぱりルドのことが好きだ。


 しかもかなり重症なのかもしれない。


 もしかしたらルドと同じくらいに。


 こんな風になりたかったわけじゃないのに。


 でもいつの間にか、この感情を抑え込めなくなっていた。



「うれしいよ、アーシエ。でもだとしたらどうして、ここを抜け出したんだい? この部屋からはあんな場所まで見えないだろう」


「それなのですが、まず、ルド様は私からのお手紙を受け取られましたか?」


「手紙とは、何のことだいアーシエ」


「やっぱり……。おかしいと思ったんです」



 私の中の疑惑は確信に変わる。


 おかしいと思ったのよね。


 確かに手紙を託したのに、その返答が伝言だけだなんて。



「そんな! わ、わたしは確かに離宮の侍女に案内してもらって、王宮付きの侍女に手紙を渡しました」


「いいのよサラ。誰もサラのことを疑ってなんていないわ」


「一体どういうことなんだい、アーシエ。僕にも分かるように説明してくれ」


「私はお昼過ぎに屋敷の周りを一周くらいしたくて、ルド様にそのお願いの手紙を書いて届けてもらったんです」



 そう、そしてその手紙はサラに託した。


 サラの説明では、手紙を王宮の侍女に渡すためにまず離宮の侍女の元へ行き、王宮の侍女たちの元へ案内してもらった。


 そして王宮の侍女の一人に手紙を託し、部屋へと戻ってきた。


 本来ならばその手紙はルドへと渡されるはずだった。


 しかし肝心なルドはその手紙をもらっていない。



「アーシエからの手紙ならば、必ず僕のところに届くはずだ」

 

「と、思いますよ、私も。でも現実として、私が出した手紙はルド様の元へは届かなかった」


「ああ、僕のところには来ていない……」


「でもルド様の名を騙って私に許可を出し、私の行動を知っている人がいた」


「ユイナ嬢か!」


「そうです」



 ユイナ嬢は私が屋敷の周りをお散歩するのを知っていた。


 だからこそ、ルドがこの離宮に帰るタイミングで声をかけたんだ。


 私に、自分とルドとの密会があったと見せつけるために。


 で本来彼女の目的は、そこで私にダメージを与えることだった。


 もちろんあんな風に私が反撃に出るなんて思ってもみなかったのでしょうね。


 ホント、ご愁傷様。



「だが彼女はなんのために」


「自分と仲の良いルド様との関係性を私に見せつけたかったのではないですか?」


「ああそういうことか……」


「おそらくは。そしてあの場でショックを受け、泣く顔でも見たかったのではないですかね」



 ルドは顎に手を当て、私から視線を外した。



「でも今一番の問題なのは彼女の行動というよりも、私の手紙がルド様に届かなかったことです」


「ああそうだな。しかも僕の名前を騙って、君をここからおびき出したと言っても過言ではない」


「そうですね」



 今回はたまたまあんな幼稚な手だったけど、もしあの場に暗殺者でもいたとしたら。


 騙されたと気付かなかった私は、簡単に殺されていたかもしれない。


 冷たいものが、背中を伝う。


 ついこの前だって毒を飲まされたばかりなのに。


 すっかり今の生活の中で、私は自分の身が危険だということを忘れてしまっていた。



「城の中にまで敵がいるだなんて……」


「アーシエ、君にもしものことがあったら気が気ではないと思ってここに入れたのだが、ここも万全というわけにはいかないな」


「いえ。すべては私の軽率な行動のせいです」



 ルドは初めからちゃんと考えてくれていた。


 毒を飲んだのはアーシエ自身だとは思っていても、王妃候補として命を狙われるだろうことを。


 それなのにルドの傍にいるうちに、自分の身が危ないだなんてことはすっかり忘れてしまっていた。


 挙句この中にずっといるのも暇だからと、部屋を出たのは全部自分の責任だ。


 ここは乙女ゲームの世界だって。


 この中でヒロインの自分はそう簡単には死ぬわけないって、勝手に決め込んでいたんだもの。



「アーシエ、君が謝るようなことではない。全ては僕のせいだ。すまない」


「やめて下さい! 殿下ともあろうお方が、そんなに簡単に頭を下げてはいけません!」


「簡単になどではない。これは僕の落ち度なのだから」


「違います、そうじゃない……私が……」



 口外はしなくても、ここにはサラもいる。


 次期王となるルドがこんなに簡単に頭を下げていいものではない。


 私が悪いのに、ルドを謝らせてしまった。ルドのせいではないのに。


 最悪だ。本当に最悪。自分の馬鹿さ加減に泣きそうになる。



「そんな顔をしないでくれ、アーシエ。君を泣かせたいわけじゃないんだ」



 慌てたようにルドが私を抱きしめた。


 ふわりとルドの甘いムスクの匂いに私は包まれる。


 しかしそのルドの言葉と裏腹に、私はただ声を殺して泣いた。


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