017
「それでなのですが義兄上、姉上のお世話のために我が家でも一番の信頼をおける侍女をここにしばらく置いていただけないでしょうか」
「その娘か?」
「そうです。元々ボクの侍女をしていたのですが、姉上との関係性も良く、誰よりも忠義の深く信頼が出来ます。そしてどんなことがあろうとも、姉上を守ることも出来るでしょう」
紹介された先ほどの侍女は、やや顔を赤らめながら深々とルドに頭を下げた。
レオナルドの絶大なる信頼っていうか、んー、なんだろう。言葉の節々からそれ以上のモノが窺える。
「そうだ。あなたの名前を聞いてもいいかしら」
「サラと申します、アーシエお嬢様。これからお側にて誠心誠意勤めさせていただきます」
「よろしくね、サラ」
「はいお嬢様」
うん。素直で可愛い。
そして私とレオナルドのこんな変な会話を聞いていたのに、まったく動じていないし。あ、もしかしてこの世界で転生っていうのが、マイナーじゃないとかかな。
それなら納得はいくけど。でもそんな世界観って、ちょっとどうかとも思うんだけどなぁ。
「まだ心配なことはあるのかな、アーシエ」
考え込む私の顔をルドが覗き込み、そして頬に触れた。ひんやりと冷たく大きなルドの手、気持ちいい。そしてその冷たさが、現実のこの場に意識を戻させる。
「ふふふ。ルド様の手、気持ちいいですね」
私は私の頬に触れる手に、自分の手を合わせた。少しルドはびっくりしたような顔をした後、うれしそうに眼を細める。
「外に王宮の侍女を待たせてある。仕事はその者から聞いてくれ」
「かしこまりました、王太子殿下」
「また近いうちに面会の申し込みを入れますね。その時は母からの差し入れなどもお持ちします」
「ありがとう、レオ」
「……はい、姉上」
レオナルドは前のように名前を呼ぶ私に少し微妙な表情をしたもののそれも一瞬で、私とルドに深々と頭を下げて部屋を出て行った。
ルドはレオが出ていったことを確認すると、待っていたかのように私の髪を撫でる。
スキンシップしたいのに我慢をしていたような子犬みたいね。大きい黒い犬。そう思えば、案外可愛いのかもしれない。
他の者に盗られたくなくて威嚇したり、焼きもちを焼いて噛みついたり。うん。犬と思えば、怖くはないかも。
ふふふ。そう考えたら、なんだかルドの頭の上のところに耳が見えてくる気もする。
「ルド様もお疲れ様でした」
私は精一杯背伸びをして、ルドの頭を撫でる。あ、髪サラサラだ。触ってる私の方が気持ちいいかも。
このまま触っていたいけど、さすがにダメよね。これもある意味不敬罪だし。
「君から触れてくれるなんて、珍しいなアーシエ」
「ダメでしたか?」
「いや……むしろうれしい。もう少しお願いしてもいいかな。今日は少し疲れてしまった」
やっぱり、公爵家との板挟みなのかな。それなら確実に私のせいだし。仕事に行ってきていい、だなんて軽いことを言うべきではなかったわね。
ルドだって、ある意味ここに引きこもってるのは、嫌なことから逃げ出したかったのかもしれない。
「ルド様、こっち来てくださいな」
私はルドの手を引っ張り、そのままソファーへ誘導する。
「ん?」
先に深くソファーへ座った私の隣に、疑問符一杯のルドが座った。私は自分の足をポンポンと叩きながら、ルドを見上げる。
「アーシエ?」
「もう。ルド様、膝枕ですよ。さ、アーシエの足の上に頭を乗せてくださいな」
「あ、頭かい?」
恥ずかしそうに慌てるルドがなんだか可愛くて、私はルドの顔をそっと掴んだ。
そしてそのまま私の足の上に誘導する。
「アーシエ、これはさすがに」
「いいんです。疲れた時はコレが一番です!」
「だ、だがさすがにこれは……」
「はいはい」
抗議しつつも、膝の上で身動きしないルドの髪を撫でた。
私も好きだった。小さい頃、よくおばあちゃんにしてもらったっけ。泣いている時はいつもそう。おばあちゃんの膝に顔を埋めると、頭を優しく撫でてくれた。そしてそのまま寝てしまってたよなぁ。
だから元気がない時は、私の中ではコレが一番だって思ってる。頑張ったっていうか……ルドにも同じ思いを共有してもらいたかった。
なんでかって言われると、少し説明は難しかったけど。
「これが一番って、誰かにしたことがあるのかい、アーシエ」
「やってもらったことはあっても、するのはルド様だけですよ」
「そうか……」
「そうです。特別なのです」
私がそう言うとそれ以上ルドは何も言わず、ただ静かにされるがままにしていた。
そしてしばらく経つと小さな小気味いい寝息につられ、私も目を閉じた。