プロローグ
銀河の辺境に位置する一つの太陽系。
領事拡大を目的とした大規模戦争が引き起こす激烈な戦場は見るに耐えず、そこには既に人類の繁栄も存亡もなかった。そのような退廃を匂わせる人類へ向けて新たな歴史の火蓋を切ったのは、ある特殊な能力を持つ少女1人の戦争介入からだった。
未だ善を知ったばかりの小さき少女は幾多の戦野に赴き、無垢なる御心と誰も敵わぬ圧倒的な力で世界に穏やかな静寂をもたらしていった。戦後間も無く、魔法のような巨大で凄まじい能力を持った彼女は、すぐに研究に連れていかれて幾度と無く外科的な検査を施された。幼気な命の犠牲が功をなし、彼女のような異能者は15歳未満の少女であれば力の覚醒は容易なことが実証された。
異能を操りし少女達が兵器として運用されて、早四半世紀。
科学者たちは長い時間をかけ、幼い少女以外の人類も魔法を使えるよう、実験を重ねた。結果として、まだ第二次成長期を迎えていない健常な児童、能力適正あり、以下の条件を満たしている者のみ人工的な処置によっての能力覚醒が可能になった。
衰退への道に律儀な大人達は国中の子供を多額の金で買収、時には拉致し、より確実な量産兵器としての実用を考えた。こうして集められた特質な未成年者の能力覚醒に大きな足枷となったのは月経や精通をもたらす生殖器の存在だった。下垂体から分泌される成長ホルモンが能力の程度を一段階、場合によっては二段階も下げてしまうことが分かったのだ。その為に男子は精巣や男根、女子は卵巣や子宮の切除が余儀なく行われた。
去勢処置により少年少女達の成長を著しく阻害し、脳への負担を大きくすると共に能力の発現を促進することに繋がった。
こうして生まれた少年少女兵達を、人々は畏怖を込めて『魔法少女』と呼んだ。
世間一般では魔法少女なぞという響きを聞けば、純情たる乙女は星のような瞳を輝かせ、次元を超えたものを愛する大人は静かに脂下がるものであろう。
可愛らしいフリルのついた衣装をひらつかせ、手に握るステッキを一つ振りかざせば淡い光と共に自分の思い描いた魔法が飛び交い、星々が瞬く夜空も飛べる。時には辛い試練もあるけれど、支えてくれる仲間がいるからへこたれたりなんて絶対にしない。友達を傷つける存在なんかがいようものなら全力で守り抜く。正義感に満ち溢れ、自身の善や共に肩を並べる同志達との暑い絆を信じて懸命に憎っくき悪と戦う。実に素晴らしいお伽話の一説が魔法少女という概念に詰め込まれている。
“美しい夢物語が実現するのであれば、なってみたい”と年頃の少女はノートに妄想を書き連ねながら密かに期待する。それはこの廃れた世界でも健在であり、特に少し裕福で平和ボケが募った地では未だその思想は疑われていなかった。
今だに幼気な女の子達が切磋琢磨しながら魔法少女として成長していく物語が規制どころか、大量に出回っているのはただ単に商業的に有利だからと言うだけでなかった。
ある戦争をしないと誓約した先進国の政府は実際に海外で魔法少女がどういう扱いをされているのかを徹底的に伏せていた。物心つき出した子供達に少しでも夢を持たせて自主的に志望させる人材を増やし、多額な資金を寄越してくれる海外に横流しする為である。
敢えて、魔法少女の存在を良いように印象づけて、人知れず軍隊配属の幇助を促しているのだ。
そして、ここにもその戦略に落ちた哀れなる女児が1人。
「はい!私世界とか、みんなの為にたたかいたいんです!魔法少女の特訓が辛いことは知ってるけど、私、精一杯頑張ります!!」
「元気が良くて良いねぇ、26年前に大きな戦争を終わらせた魔法少女は君みたいに正義感のある子だって聞いたよ」
会議用の卓上と椅子以外、余計なものは一切取り払っている清潔感溢れる試験会場。私立小学校の制服を身を纏ってツーサイドアップを揺らす少女は、最終審査を担当する研究員の言葉に白く下膨れた頬をかきながら甘ったるくはにかんだ。
好印象に捉えられたことを年相応な態度で素直に喜び、泳がせる視線を研究員に戻すと堅く引き上がった肩口を立て直す。
「ありがとうございます!!でも、そんなんじゃないです……。私は、私の大切な人達を守りたくて……それで……」
「ああ、思いは十分伝わった。今すぐにでも合格と言ってあげたいが、試験の結果は後日封筒で送られる事になっているんだ。それまで魔法の呪文を練習してみるのも良いかもね。」
少女の純粋な言葉に動ずることなく、研究員は気さくに笑いながら肺腑に潜む可哀想だと同情する情を押し隠して、新しい非検体候補、研究員からして見れば新しい貴重な玩具の背を見送った。
後日健常者かつ能力の適性を認められた少女の自宅には、無事合格通知の封筒が送られた。両親や知り合い共々はさぞ大喜びしてくれたのか、再び研究員と顔を合わせた時には寄せ書きにお守りを握り締め、ツーサイドアップを結ぶ髪には新しいリボンが括り付けられていた。
真の感情を打ち消し、和かに微笑む研究者が夢を膨らませて今にも宙を漂ってしまいそうな少女を連れていった先は、大学病院の手術室だった。
ここでは能力の覚醒に邪魔になると判断されている生殖器を奪われる。少女は自分の体にメスを入れられたことには気づいても、自身がもう子を成せない体になっているとは夢にも思っていない。
一切の間髪がない鎮痛剤の投与によって痛みも薄かったのが余計に拍車をかけた。傷口が埋まるまでは大量の成長ホルモン抑制剤や脳波の測定が頻繁に行われた。どこか違和感を覚える病人のような生活を送らされ、縫合の傷が言える頃には少女の転属先が決まっていた。
ついた先には初めて自分と同じ境遇の子供達を見て、少女は安心すると共にその奥に潜む生臭い血の匂いを僅かに勘ぐり始めていた。昨日まで笑顔で訓練に挑んでいた仲間が今日になって、忽然と姿を消すことはしばしば。深夜には何処かの施術室にて、稚児の奇声と何かが薙ぎ倒されるような音。健全に部隊の配属を夢見る仲間達はそれをネタに怪談話を持ちかけてきたが、少女にはどうも笑える話で片付けきれなかった。 彼女はそれに気付かぬようにする為に1人の大切と思える友人を作って、心の拠り所を探した。
依代は心の背もたれになり、無駄な不安を取り払った末に彼女は訓練実績を重ねてすぐにでも即戦力に成りうる優等生に成長した。新しい転属先に連れて行かれた彼女を待っていたのは、白を基調とした清潔な研究所でもサイバー感溢れる先進的な基地でもない。
血で血を洗い流し、魔法だけでなく実弾を以て皮と肉塊を散らし、歩く死体となっても戦い続ける者が徘徊する地獄だった。魔法少女達による戦場では、少女達と同様に改造された兵士達が死と隣合わせの日々を送っている。
彼らには忠誠心や何か守るものの為なんていう未来のある綺麗事を語る暇はなかった。泥だらけの顳顬に銃口を押し当てて引き金を引く者、発狂しながら敵味方関係なく銃を乱射する狂人、足にしがみついて近くの医療テントに連れて行けとせがむ者。皆一様に、この世に失望していた。
少女は人型の人形に引き金は押せども、実際の人間相手を殺めた試しはない。だが、彼女達の部隊に配属されてから幾日か過ぎた頃に、初めて人を殺した。
荒々しく波打っては落ち着かなく乱れる精神はもう収拾がつかない。薬物臭漂う鮮血に浸かった小さな手を震わせながら嘔吐を繰り返している間にも敵は止めどなく前進し、泣きながら蹲る少女を狙っていた。
我を忘れて口許を吐瀉物で汚した少女は、迫り来る銃弾に恐怖しながらも震える手で必死に人差し指に力を入れて引こうとした瞬間。
一つの素早い銃弾が少女の頬を焼いた。掠めて尚速度の衰えを感じさせない弾はそのまま、兵士の眉間を突く。
「何処のどいつだよ。こんな戦力外寄越して来た奴」
露骨に腹を立てた稚児聲がはしたなく怒鳴り上げ、とばっちりの腹いせを喰うように少女に襲い掛かろうとした兵士が蹴り飛ばされた。元々眉間に一発食らっている兵士は立ち上げることなく、でかい図体を死体の山の一部にさせようとしていた。
肩につかないほどの金髪を揺らして目尻を歪ませる少年は、舌打ちを漏らして倒れた死体に蹴りを入れる。脊髄反射といえど、ぴくりを指先が動いた瞬間には脳天にもう二、三発食らわせて、美味いだろと笑いをこぼす。呆気に取られる少女に白い目を向ける少年は躊躇いなく少女に短機関銃を押し付けた。
「ひぃ、ひどい…」
少女以上の幼さを滲ませた背丈で佇む彼は少女が与える痛罵の言葉に余計口許を緩ませて、10歳にも満たないような無邪気で素直な笑みを満面に湛えた。
「戦争屋だからね!」
一番の賛辞を受け取ったと言わんばかりに嬉しがる声と共に彼が握りしめた引き金は、少女の胴体を貫いた。薬剤の臭いが染み付いた鮮血の上には、少女の肉塊が無惨に倒れ伏していた。
今回のお話はプロローグなので、魔法少女に夢を見まくって後悔した女の子はもう出てきません。
続きを書くとしたら次からは一気に品性が落ちて、退廃的な描写が増えるかもしれないですね。