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エピローグ さよならの後で

 今日は私が夕飯当番。

 共働きの私達夫婦は交代で家事をこなしている。

 雄二さんの実家もそうだったし、私の実家もそうだった。


 おじいちゃん夫婦が両親を呼び戻す際、家事は夫婦交代でやりますと宣言した。

 家長制度が色濃い地域だったが、両親の頑とした態度におじいちゃん達が折れた。

 でも、結局仕事に忙しかったお父さんはお母さんに任せっきりになってしまったそうだが。


 結婚して4年、私は30歳で雄二さんは29歳。

 私は1つ年上だから当たり前だけど、一足先に三十代になったんだ...


「まだまだ大丈夫よね?」


 肌のケアや、体型の維持には気をつけている。

 綺麗な奥さんじゃないと雄二さんに恥をかかせてしまう。

 それより雄二さんに悪い虫が付いたりしないか心配だ。

 会社で結構人気があるみたいだから。


「ママどうしたの?」


「なんでもないわよ」


「大丈夫、ママは綺麗だから」


「そう?」


 ()は笑顔で私を見る、ありがとう。


「ただいま」


「お帰りなさい、お疲れ様」


「おかえりパパ!!」


 雄二さんが帰ってきた。

 迎えに行きたいが、料理の手が離せない。

 代わりに娘の郁ちゃんが玄関で雄二さんを出迎えに走って行った。


「手紙が来てたよ」


「手紙?」


「アイツの両親からだ」


「ああ、文香の」


「おじいちゃん達から?」


 それは文香の両親から、幼馴染みの近況を知らせる手紙。

 あれから5年が過ぎたんだ。

 文香が孝明と別れてから...


「無事に卒業できたのね」


「文香は昔から先生になるのが夢だったからな」


 食事を終えて、私達はゆっくりと手紙を読む。

 内容は文香が入り直した大学の教育学部を卒業し、来年から私立小学校の教員に採用が決まったと書かれていた。


「遠回りしちゃったけど、良かった」


「そうだな」


 手紙に同封されていた写真には卒業式で仲間と一緒に笑う文香が写っていた。

 そこに郁ちゃんの姿は無い。

 当たり前だ、郁ちゃんはここに居るのだから...


「お母さん嬉しそうね」


「そうね」


「ああ」


 写真に写る母親を見る郁ちゃん。

 その心中に去来する物は彼女にしか分からない。

 離婚の後、文香は両親と離れ、都会の大学で1人暮らしを始めたのだ。

 両親と同居する事はしなかった文香。


 彼女なりの考えがあったのだろう。

 私達が、とやかく言う事では無い。

 文香の両親と郁ちゃんの同居は一年しか続かなかった。

 文香の父親が病気で倒れたのだ。

 叔父夫婦は郁ちゃんの引き取りを拒んだ。


 結局私達が郁ちゃんを引き取った。

 幸いにも文香の父親は回復したが、郁ちゃんは私達の元に残った。

 それは郁ちゃんの意思を尊重した結果だった。


「孝明はどうしてるんだろ?」


「さあな、アイツ再婚したからな」


「お父さん幸せに暮らしてるかな?」


「大丈夫よ、きっと」


 7歳になる郁ちゃんの頭を撫でる。

 郁ちゃんに孝明の記憶は殆ど無い。

 あの時、郁ちゃんは2歳だったから仕方ない。

 郁ちゃんは文香の事をお母さん、そして孝明の事はお父さんと呼んでいる。

 私達の事はパパとママ。

 ややこしいが、郁ちゃんなりに考えた事なんだろう。

 郁ちゃんはまだ私達の養子じゃないから。


 孝明は離婚した後、東京へ一人上京した。

 最初の数年は私達に定期的な連絡があった。

 しかし、向こうで知り合った女性と交際するにあたり、私達の親族と縁を切ったのだ。


 相手は資産家のお嬢様。

 叔父夫婦は手切れ金を渡され了承し、海外に移住した。

 胸糞が悪いからホッとしたのは内緒だ。

 そのまま、かの地で土に還って欲しい。


 私達にも郁ちゃんの養育費が一括で払われ、面会も放棄された。

 もっとも、離婚以来、最初の数回しか面会してなかったが。


 二年前、雄二さんと私の元に届いた一枚の結婚写真。

 それは孝明と新しい奥さんの姿だった。

 これは郁ちゃんに見せて無い。

 一体何のつもりで送って来たんだ?

 やはり孝明は理解できない。


「お母さん、これからどうするのかな?」


「どうかしら、でも郁ちゃん、お母さんの事は...」


「分かってるよ、お母さんにはお母さんの幸せがあるから」


 郁ちゃんはなんて健気なの。

 文香も現在、都会で見つけたパートナーと同棲している。


 今度こそ幸せになって欲しいと願う一方、娘である郁ちゃんの事をどう考えているのか心配になる。


 これも私達が口を挟む事では無いのだが、この一年、面会すらしない文香に文句の1つも言いたくなる。


「文香に会いに行くか?」


『文香はおそらく、郁ちゃんの事を...』

 それは雄二さんも感じていた。

 文香の両親は『やむを得ない、もう私達には何も出来ない』と以前に...


「そうよね、ちゃんと話し合わなきゃ」


「パパ...ママ...」


 そんな不安そうにしないで、私達は貴女を決して手放したりしないから。


「あ、泣いてるよ」


「本当、早く行かなきゃ」


 寝室から聞こえるのは私達の娘、一歳になる優子の泣き声。

 起きちゃったんだね。


「大丈夫だよ優子ちゃん」


 ベビーベッドから赤ちゃんを抱きあげ、あやす郁ちゃん。

 手慣れたもの、生まれた時から一緒だから当然。


「お義父さんとお義母さんは?」


「今日は仕事で遅くなるって」


「そっか」


 両親は私達の近所に住んでいる。

 5年前、田舎の自宅を離れ、本当にこっちへやって来た。


 毎日仕事終わりに顔を出して、優子との時間を楽しんで帰る。

 まだ同居を狙っているが、それは拒否だ。

 優子が産まれた時は世話になったけど。


「よしよし、お姉ちゃんだよ」


「郁ちゃん」


「...郁」


 優子を見つめる郁ちゃんの姿に熱い物が込み上げる。

 それは雄二さんも同じの様だ。



「パパ、ママ、どうしたの?」


「いや...」


「なんでもないわよ」


 文香と孝明、2人の幼馴染みが残した郁ちゃん。

 それぞれの事情があったにせよ、このままじゃダメだ。

 単なる同情じゃない。

 他人を育てるのは甘い物じゃ決して無い。


 だから何度も私達は家族と話し合って来た。

 反対は無かったが、賛成も無かった。

 正解は無い、不正解も。

 全ては私達の覚悟なのだ。


「ねえ郁ちゃん...」


「なに?」


「僕達の家族にならないか?」


「...え?」


 驚いた顔で私達を見つめる郁ちゃ...郁。


「...良いの?」


「もちろんよ」


「郁さえ良ければ、本当の、優子のお姉ちゃんになってくれ」


「......うん...優子ちゃん...お姉ちゃんだよ、ずっと一緒だからね」


 優子をしっかり抱きしめる郁の姿に覚悟を固める。


 文香、孝明、さよなら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公夫妻が聖人すぎる 糞みたいな幼馴染に世話焼いてその子供を育てるとか なんか体良く利用されてるようにも感じる
[一言] とりあえず郁ちゃんが幸せそうでよかったです。 これまでは預かってもらってる立場ってことで、ひょっとすると無意識的に遠慮があったかもしれないけど、それも大丈夫ですよね。 あとは自分の子供すら…
[良い点] 文香と孝明に騙され精神的に追い詰められた雄二がもし涼子に振られていたらゾッとする話なのだが雄二と涼子が幸せで長女を授かった事は本当に良かったし長男も頑張って授かって欲しい涼子の親はいいがw…
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