幼馴染みに出来る事
長くなりました。
文香と話が終わった後、私は急いで実家へ戻り、両親と雄二に話をした。
彼女の置かれている立場に雄二はショックを受けると思ったが、余り驚いている様子では無かった。
「後はお願い」
「もちろんだ。私達に任せなさい」
「ええ、悪い様にしないから」
それだけで話は終わってしまった。
その後、私と雄二は実家に泊まったが、晩酌で酔ったお父さんとお母さんに散々絡まれてしまった。
「早く孫を見せなさい」
「そうよ涼子の結婚式楽しみだわ」
雄二は小さくなっていた、ごめんなさい。
でも早くしてね。
そして翌日を迎えた。
実家にやってきたのは叔父夫婦と孝明、そして文香の4人。
座敷の上座にお父さんが座り、静かに一礼をした。
「みんな揃ったところで始めようか」
「ちょっと待って下さい」
お父さんの言葉に叔父が手を上げた。
「なにかな?」
「なぜ文香がここに?」
「そうよ、貴女は嫁でしょ?
立場を弁えなさい」
文香は叔父達とは別に、タクシーで来て貰った。
そりゃ驚くわな、文香は自由になるお金なんか持たされてないから。
「私が呼びました、それが何か?」
不満そうな叔父達を睨む。
文香を外すのは家族と認めて無いという事に気づいて無いのか?
孝明は伏し目がちに私を見ていた。
「なんですって?」
「こ...子供はどうした!郁は!!」
やかましい夫婦だ。
叔父も好きでは無いが、叔母はもっと苦手。
『孝明の奥さんに』そんな冗談でも気持ち悪い事を以前言われたからだ。
「...両親に預かって貰ってます」
文香が小さく呟いた。
お母さんが、文香の両親を呼んだのだ。
今は別室で郁ちゃんの面倒を見て貰っている。
もちろん、叔父夫婦と孝明には内緒だ。
部屋の声が洩れるかな?知らないけど。
「なんだと?」
「私達になんの断りもなく」
「娘が親に孫の子守りを頼むのに許可なんているのかしら?」
まだ何か言ってる夫婦に、お母さんが呟いた。
その目は冷たく、私でさえ背中が震えた。
怒ったらお父さんより怖いからな。
「当主の私が許可したのだ。まだ不満か?」
「い...いいえ」
お父さんが念を押すと叔父共は黙りこむ。
最初からそうすれば良いのだ。
「それでは始めるぞ。
今日集まって貰ったのは、先ずこの屋敷の事についてだ」
「屋敷?」
「民間に委託をと考えている」
「なんだと?」
「そんな馬鹿な事を!!」
叔父は眼を剥き、叔母は金切り声を上げた。
お父さん達はそんな事を考えていたのか。
「不満か?」
「当たり前だ!我々に何の相談もなく!!」
「だから今、話をしているのだろう、違うか?」
お父さん叔父を一睨み、本当うるさい夫婦だ。
「...ぐ」
「和明はどうして、そう考えたか聞かないのね」
母さんの呟きにようやく叔父は顔を上げた。
「そ...そうだ、どうしてそんな馬鹿な事を考えたんだ、ここは山口本家の象徴だぞ!
一族の威厳が損なわれるじゃないか!!」
「そうよ、孝明が当主を継いだら私達がここに移るのに。
自分勝手にも程がありますわ!!」
「自分勝手?」
自分勝手とは随分な物言いだ。
お父さんの事だ、売ったり、取り壊しはしないで、民間委託してリノベーションだろう。
当然費用は向こう持ち、抜け目ないからな。
「涼子はどうしてそうするか分かったか?」
「ええ、まあ」
そりゃ分かるわよ。
郊外といえど、1000坪を軽く越える敷地と歴史ある建物だから。
「雄二君は?」
「おそらくですが」
雄二も分かったみたいだ、当然だよね。
「なんでこの2人に聞くの?」
「そうだ!無関係じゃないか!!」
また叔父夫婦が噛みつく。
文句があるなら、早く自分の考えを言えば良いのに。
「...無関係?
貴方達、今涼子が無関係と言ったの?」
「聞き捨てならんな」
お父さん達は違うとこで怒ってる。
私としては無関係で良いんだけど。
「お母さん、お父さんも落ち着いて」
ひとまずクールダウンだ。
両親は顔を見合せ、苦笑いを浮かべてる。
大丈夫みたいね。
「孝明さんは分かったかしら?」
「あ、えーと...古いからですか?」
お母さんの質問にふざけた答えを返す孝明。
アイツの頭は真空か?
「...バカ」
「なんだよ」
思わず心の声が漏れてしまった。
雄二さんも苦笑い、孝明は真っ赤な顔でうつ向いた。
「文香さんは分かる?」
「なんで文香に」
「母さんが聞いてるの、あんたは黙って」
孝明は邪魔をするな!
「...維持費です。
固定資産税や、建物、それと庭木の手入れの費用が、結構掛かりますから」
「そうだ」
「正解よ」
流石だね。
「そんな物くらい事業収入で賄っていけるだろ」
「そうよ、分家に頼むとかすれば良いだけでしょ?」
文香が答えた事に不満らしい。
にしても、夫婦揃ってバカ丸出しな答えだ。
分家に頼るって、本家の威厳とやらはどうした?
「ほう...なら負担してくれるのか」
「そうね、代わりに払ってくれる?年間数百万単位だけど」
「なんで私達だけが?」
「他の分家は私の提案に合意したからな、反対してるのはお前達だけだ」
他の分家には手回し済みか。
やるね、お父さん達。
親族の中にはもっと理知的な奴等もいるのに。
「一部を処分するとか...」
「バカ孝明!」
孝明の言葉に場が凍る。
なんとまあ...頭は真空とかじゃない、コイツは一切考えて無いのだ。
「お前達は売る算段を既に考えていたみたいだな」
「そんな事は...」
「これで決まりだ、
お前達に任せては取り壊す事が目に見えている。
文化財の損失だ、土地の切り売り等もっての他」
孝明の自滅発言でやっと終わったかな...
「に、入場料を取れば良いんだ!
見物人を入れてさ」
「そうよ、孝明さすがだわ」
「それじゃ、早速市の観光課に問い合わせて...」
今何を聞いたの?個人でやるつもりか?
開いた口が塞がらないのをリアルで体感したよ。
「...救いようが無いな」
お父さん、ご苦労様です。
「なんだその言い種は」
「そうよ孝明のアイデアに」
こりゃダメだ。しょうがない、
「文香、言ってやんなさい」
「...人件費はどうするのです?
人を雇うとなると、保険が。
それに観光利用するならトイレの設置や、その他の費用も」
こんな奴等と暮らす文香も気の毒だ。
少し同情するよ。
「そんなのはボランティアに頼めばいいだろ!
余計な口を挟むな!」
「そうよ、嫁の分際で」
「身の程を知らんか!」
訂正する、大いに同情するよ。
1つ息を吸い込み、父さんと目を合わせた。
「身の程を知るのは貴様等だ!!」
「大概にしろ!!」
「何がボランティアだ!
伝も無いのに人が集まるか!」
「あんた達家族がやるつもり?
揃いの法被でも着てさ、『どうぞ~』とかするの?」
「落ち着いて涼子」
「ごめんなさい」
「貴方も」
「すまない」
雄二ごめん、でもスッキリしたよ。
お父さんは頭を搔きながら、叔父達を再度睨みつけた。
次は何をするんだ?
詳しく聞かされてない。
「やはり考え直さないとな」
「何をだ?」
「次期当主の事についてだ、決まっているだろ」
話はそっちにか、でも当然だ。
私達には振らないでね、雄二が不安そうだから。
「それは孝明で決まったのじゃ?」
「まだ正式では無かった、そうだったな?」
「いやしかし」
「あくまでも仮だった、違うか?」
仮か、叔父は私の住むマンションにわざわざ連絡まで入れて来たんだ。
興味無かったから、お父さんに確認しなかったけど。
「...読めたぞ」
何が読めたんだろ?
叔父の発言に注目しよう。
「お前は涼子にこの山口家を継がすつもりだな?
だからさっきから孝明と私達を貶めて!!」
「そうよ、涼子なんかに継がせるもんですか!」
お父さんをお前呼ばわりか...
どうなっても知らないよ。
「涼子にその意思は無い、確認済みだ」
「そうよ、涼子は向こうで雄二さんと幸せなのよ。
もう2人で暮らしててね、それはそれは、幸せに...ね?」
「...母さん」
恥ずかしい、実際幸せだけど。
雄二も真っ赤だ、早く終わらないかな。
有給は明日まで取ったから、帰りどこ行こう...
「...羨ましい」
そんな私達を見ていた文香が呟く。
頬に涙が伝っていた。
「羨ましい...私だって自由に生きたかった」
「何をお前は」
「孝明黙れ!文香の気持ちを聞くんだ!」
孝明に雄二は怒鳴りつける。
あんな目をした雄二は初めてだ。
「文香、言いたい事があるなら早く、今言わないと一生そのままだぞ」
「そうよ、郁ちゃんの為にも」
これが幼馴染みに出きる最後の事なのだから。
「孝明さんは悪い人じゃない...でも私の事はいつも後回し...本当は行きたい大学もあった、勉強したい事も...就職も...」
怯えながらもしっかり話す文香。
辛く、寂しかったでしょうね。
「何を言うか、ちゃんと仕事は与えているだろうが!」
バカ叔父が叫ぶ。
何が仕事を与えただ、コイツは親族の会社を全て追い出され、お父さんの援助で小さなリサイクル工場を経営しているんだ。
文香はそこの作業員兼、事務員じゃないか。
「その仕事を手伝いたいと私言いました?...それに、いつ給料をくれました?」
「...それは」
「貴女の為を思って」
バカ夫婦は明らかに怯えている。
当然だ、私とお父さん、そしてお母さんと雄二が睨んでいるのだから。
「嫁だから当たり前。
貴女は耐えられるのかしら、なんなら今からやってみる?」
お母さんがバカ叔母に呟く。
文香に事務を全部任せて、更に家事まで押し付けていたそうだ。
唯一の息抜きが公園の散歩って...
「生活費が足りないと言えば詰られ、友達と遊ぶ事も出来ない...実家にも年数回しか...」
「「文香!」」
突然襖が開き、部屋に飛び込んで来た一組の夫婦。
文香の両親だ、我慢できなかった気持ちは痛い程分かった。
「お母さん!!お父さん!!」
「ごめんね!もう絶対に離さないから」
「どうして言わなかったんだ...嫁に行こうが、私達は家族じゃないか」
「ごめんなさい...心配かけたく無かったの...」
抱き合う文香達、文香の父親が叔父夫婦、そして孝明を睨み付けた。
「よくも家の娘を...貴様等は!!」
「いや誤解で...」
「やかましい!!特に孝明!お前は亭主だろ!!
それなのに娘を守らないで!!」
「す...すみません」
「もう遅いわ!!」
文香の両親は私達に一礼すると、もう1度バカ達を睨み、文香と郁ちゃんを連れ、部屋を出ていった。
「...そんな文香...」
「諦めろ孝明」
「うるさい!!雄二は黙れ!!」
「そうよ部外者が!」
まだ言うか、呆れを通り越すな。
「だいたい康之、お前もだ!婿養子の分際で!!」
「そうよ、本当ならこの人が当主だったのに」
「ほう...」
「言って良い事と悪い事があるわよ...和明」
「あちゃー、言っちゃったか」
お父さんは婿養子だ。
だからお母さんが山口家の血筋、馬鹿叔父は母さんの弟。
雄二には内緒にしてたのに。
「え?まさか?」
雄二は絶句している。
「貴様、今までの失敗...誰が尻拭いをしてきたと思っている」
「そうよ、私達はおじい様に頼まれて...本当なら涼子の様にしがらみ無くあのまま生きていたかったわ」
馬鹿叔父はおじいちゃんが生きている頃、仕事で大失敗を次々やらかし、都会で暮らすお母さん夫婦を呼び戻した。
まだ私が産まれる前の話だ。
お父さんは商社を辞め、粉骨砕身して実家を立て直した。
分家達もそんなお父さんに一目置き、当主に選ばれたんだ。
叔父は追放される所をお父さんに助けて貰ったのに、よくもまあ。
「いや、言葉のアヤで...」
「吐いた唾は飲み込めない...貴様の会社、覚悟するんだな」
「そんな!!」
「謝ります!だから!!」
部屋を出ていくお父さんとお母さんに馬鹿夫婦がすがりつく。
孝明は呆然としたまま固まっていた。
「孝明」
雄二が孝明に声を掛けると、虚ろな目で私達を見た。
「...何だよ、まだ笑い者にしたいのか?」
「するかよ、お前じゃあるまいし」
6年前を思い出たのか、孝明は情けない顔。
「そんな顔すんなよ、これから大変なんだから」
「...うるさい」
「黙って雄二の話を聞け!」
何故分からないの?
雄二の気持ちを理解せず、まだ強がる孝明に我慢できなかった。
「まあ...された事は消せないけどさ。
俺は幼馴染みで良かったと思ってるんだ。
いつも真ん中に涼子姉ちゃんが居て、その後ろに文香が、俺と孝明が肩組んで...いつも一緒に笑ってたよな」
「...雄二、俺は...」
「頑張れよ、文香と切れても、お前は郁ちゃんの父親なんだから」
「...そうだよな」
2人は離婚になるかな?...なるな、間違いない。
それからが孝明の償いだ、私からも一言贈ろう。
「孝明」
「なんだよ」
「しっかりやんな」
「...姉ちゃん」
「バカ、父親が泣くな」
やっぱり言わなきゃ良かったかな。
「...うん」
「さて帰るか」
「そうね、お疲れ様」
そっと雄二の腕を掴むと、苦しかった記憶も消えて行く。
戻らない時間、私達は何を間違えて、失いそして得たのだろう?
いつの日が、また幼馴染みとして、みんなで会えたら...
いや無理だ、それが生きる事なんだ。
「涼子!雄二君」
駅に向かう私達の後ろから声が。
まさか追いかけて来るなんて。
「お父さん、お母さんも」
「帰るなら一言くらい言わんか」
「そうよ」
だって、お父さん達修羅場だったし。
一応メールはしたんだけど。
「すみません、取り込み中かと思いまして」
雄二は律儀だね、そんなところも好き。
「お灸はすえたから暫くは大丈夫だ」
「ええ」
「でも次の当主はどうするの?」
得心してるけど、やっぱり気になる。
「とりあえず空位だ」
「お父さんには後少し、頑張って貰わないとね」
お父さんは55歳だから、後20年は大丈夫だ。
その内に誰か親族で頼れるのが出てくるだろう。
「言っとくけど私は嫌だからね、雄二さんもそうだから」
「お願いします」
しつこいが、念を押す。
これは譲れない。
「分かっとる、しがらみは我々の代で終わりだ。
屋敷もカタがついたから、後は会社だな」
良かった。
「本社を移転しましょうか?」
お母さん、なにを?
「それは良いな、ここに本社を残して、第二本社を涼子と雄二君の近くに」
「ついでに新居も近くに、同居も良いわね、二世帯住宅かな」
どこまで行くつもり!!
「「冗談じゃない!!」」
雄二と叫んだ。
で、エピローグへとつづく。