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閑話 幼馴染みに起きた事

「久し振りだな」


 大きな長屋門に尻込みする。

 相変わらずの威容、確か江戸末期に作られたって言ってたな。


 門を潜り抜け、綺麗に手入れされた日本庭園を通りすぎると一際大きな日本家屋が現れた。

 懐かしい、ここに来るのは7年振りだ。

 涼子がここを飛び出して以来になる。


「ごめんください」


「来たな」


「ご無沙汰しております。

 急な来訪にも関わらず、お時間を頂き...」

「そんな事はいい」


 玄関に現れた1人の男性。

 威厳に溢れた容姿、その顔はどこか涼子に似ている。

 それもその筈、この人は涼子の父親で現当主、山口康之氏だ。


「まあ上がりなさい。

 今家内は留守だ、直ぐ戻って来る」


「失礼します」


 軽く一礼を済ませ中へと上がる。

 俺を見る眼光は鋭い、さすがはこの辺りを代々束ねて来ただけの事はある。

 背中から大量な汗が流れるのを感じていた。


「さっき涼子から連絡があった、後1時間程で来るそうだ」


「はい、私にも連絡が有りました」


『文香と話をしたの、家で待ってて』って。

 ちょっと怖かったので、文香と何の話をしたのか聞けなかった。


「座りなさい」


「失礼します」


 奥座敷に案内され、座布団を薦められる。

 作法には疎いが、付け焼き刃でなんとか乗り切った。


「今日の用件は涼子が来てからにするつもりだったが、先ずは雄二君に聞きたい事がある」


「はい」


 来たか、覚悟は出来ている。


「雄二君、涼子と同棲しているな」


「はい、2年前から」


「何故私に黙っていた?」


「それは...」


 涼子は許可を取ったと言っていたが、俺からも言うべきだった。

 涼子のお父さんが怖くて甘えていた。

 何しろ涼子は一人娘で康之さんから溺愛されていたからな。

 しかし大きな失点、大失敗だった。


「まあいい、それより文香と会ったそうだな?」


「はい公園で、子供を連れていました」


「そうか、どう思った?」


「どうとは?」


 次は何を言うつもりなのか?

 俺が文香と孝明にされた事は知らない筈だ。

 俺の家族にも言わなかったし、あの2人(孝明、文香)が自分から言わないだろうから、知っているのは涼子だけだ。


「そうですね、すっかり母親の顔でした」


 幼馴染みが母親、それしか感じなかった。

 された遺恨は殆ど消えていた、不思議な程に。


「そんな事は聞いてない、文香の様子に何か気づかなかったかと聞いている」


「様子ですか?」


 一体何を聞きたいんだ?

 文香の様子...文香の...


「少し疲れていた、くらいでしょうか」


「どうしてだと思う?」


「どうして?」


 そんな事分かる筈が無い。

 文香達と絶縁以来、全く近況を知らなかったし、知りたくも無かった。

 涼子は知っていたのか?

 いや知らなかった筈だ。

 涼子も連絡をするのを極力控えていたし。


「憔悴していただろ」


「言われてみれば、そうも見えました」


「原因は孝明だ」


「孝明さんですか?」


 一応は敬称を付けておこう、次期当主様だし。

 関係ないけど。


「正確には孝明と和明だ。

 それと孝明で構わない、まだ正式には次期に決定してないからな」


「そうでしたか」


 和明って涼子の叔父、康之さんの弟だな。

 確か孝明が次期当主に決まったと涼子から聞いたが、話が違うな。


「当主にふさわしくと孝明は仕事で無理を重ねておる、そんな事は望んでおらんのに」


「変わりませんね」


 アイツらしい、直ぐ自分を大きく見せようとする。

 変わらないな、悪い意味で。


「それも、どうしてだと思う?」


「それは...やはり親族の会社で、当次期主たる実績を」

「違うな、雄二君に対する劣等感だろう」


「私に?」


 なんだそりゃ、孝明が劣等感を持つ理由なんかあるか?

 あの時だって、孝明は文香と黙って付き合ってて、俺は笑いのネタにされたのに。


 分かったのは、クリスマスに2人が手を繋いで歩くのを見たからだ。

 こっちは文香に断られ、寂しく1人で映画を観た帰りだった。


『バレたか』

 問い詰める俺に言った孝明の一言は忘れない。

 文香は謝っていた気がする、どうでも良いが。


「雄二君は大学生活を謳歌して、希望の会社に就職しただろう。

 対する孝明は和明に煽られ、次期当主はお前だと...大学も地元に縛られ、私は孝明をこっちの会社に入れるは反対だったのだ」


「それは、大変ですね」


 何とも思わない、自業自得だな。


「雄二君が涼子の婿になって当主の座を狙っている、そう和明は考えているのかもしれん」


「そんな事は全く考えておりません」


 とんでもない、まっぴらごめんだ。


「即答だな」


 当たり前だ。


「私はとても充実した日々を送っております。

 涼子さんも同様です、今さらそちらの事には」

「興味もないか」


「はい」


「言うようになったものだ、7年前と随分変わったな」


 おっと、話がそっちに来たか。


「8年前です」


 8年前、俺は涼子の事を康之さんに聞かれたんだ。

 涼子をどう思っているかと。


 憧れはあったが、それが恋愛に結びつけられなくて、姉の様に慕っておりますって答えてしまった。


「どっちでも同じだ」


「違います」


 それが間違いだと後で気づいた。

 だから文香と付き合っていた時もキスすら出来なかった要因だ。

 まあ、騙されていたんだけど。


「あの時、私は涼子さんの気持ちに気づかず、彼女を傷つけてしまいました。

 それは許されざる失敗であったと痛感してます」


「全くだ、どれだけ涼子が傷ついた事か」


「私も色々あり、ようやく気がついたのです」


 手遅れかもしれない。

 それでも、俺は涼子の近くに向かった。


「それで涼子にすがり付いたのか、女々しい奴め」


「返す言葉もございません」


 図星だ、何も言えない。


「雄二君、涼子の事だが」


「はい、私にとって掛け替えのない人です。

 彼女無しには生きていけない程に」


「...分かった」


 何やらプロポーズみたいになってしまった。


 「後は向こうだな」


 「向こうですか?」


 向こうって和明側か?


 「あのままでは文香が壊れてしまうだろう。

 本当ならもっと上の大学にも行けたのに無理矢理孝明と同じ大学に進ませ、地元に閉じ込め、自由を束縛だからな」


「その事を和明側に言ったのですか?」


「言った、家の嫁だから干渉しないでくれだと。

 もう当主気分だな...バカが」


 そう吐き捨てる康之さんの顔は怒りに染まっていた。

 涼子そっくりだ。


「今、孝明は?」


「この3日間ずっと、仕事の失敗にお詫びの為近くを走り回っている、孝明が隠しても社長の私に伝わると言うのに...愚か者が」


「私に何か出来ませんか?」


 俺は何を言ってるんだ?

 バカげた事と分かっていたが、言葉が出ていた。


「見届けるのだ」


「見届ける?」


 何を見届けるんだ?


「ケリをつけなさい。涼子の為にも。

 いや、涼子はそのつもりか」


「分かりました」


 真剣な眼差しにしっかりと頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 和明は人に頼るのを忘れてる感じなのかな 上に立つのが独り善がりなのは致命的
[気になる点] 正直、難しい所だと思う。 実家+事業を丸く収める為なら、 孝明夫婦を当主候補から外して雄二夫婦を次期当主に収める。 だけど、それは家を出てそれなりに幸せに生きてる二人を 生家に縛り付…
[一言] 地方のそこで完結するコミュニティ。小さい世界とそこから離れた人の話かなと思いました。 ただ、関係は切れる事はなく過去を過去として先を見るか、囚われるかの対比の物語と楽しく読ませていただきまし…
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