今さらな事実
「そんな事聞かれても、私は雄二じゃないから答えようが無いわ」
「......」
ずっと文香は黙っている。
これでは話が進まない、再び口を開いた。
「それで何を雄二に言いたいの?」
「あ...その」
つまらない時間だ。
こんな事をしてる場合じゃない、早く雄二と連絡を取りたいんだ、本当に帰ったりしてないか心配だ。
ちょっと悪いが、踏み込ませて貰うよ。
「ごめんなさい、質問を変えるわ。
どうしてあんな事したの?
孝明と付き合っていたのなら、雄二が告白した時に断るべきだったんじゃない?」
雄二が文香に告白したのは、彼が高校2年の時だ。
『涼子...俺、文香に告白する』直接聞いた。
その言葉で私は雄二に好意を抱いている事に気がついた。
(私は雄二が好き)
そう言う訳にも行かず、
『まあ頑張んなさい』
お姉さんぶって、雄二に言った。
たぶん文香は断るだろう。
何の根拠も無く、そう思っていたが、まさかのOK返事を貰ったと聞いて、どれだけ辛かったか。
「...言えなかったんです」
「何を?」
言えなかったって、言い訳にもなってない。
「私達、みんな一緒だった...
今さら孝明と付き合ってましたなんて...」
「それは雄二の告白する何年前から?」
「1年前です、孝明から」
1年前って、雄二達が高校1年からか、全く気づかなかった。
それにしても、なんて下らない答えなんだ、やっぱり雄二がここに居なくて正解だった。
「付き合ってるのを隠してたのは、孝明と話し合って決めたの?」
「...そうです」
孝明と文香が付き合うのは勝手だし、私や雄二がとやかく言う事じゃない。
ずっと文香の事を雄二が好きだったかは知らないが、問題は隠れて付き合っていながら、雄二の告白を文香がOKした事だ。
「バカ」
「バカですか」
思わず出たが、それ以外言葉が見つからない。
「バカじゃなきゃアホね、二人共どアホウよ」
言葉が厳しくなる。
しかし本音だ、雄二の気持ちを無視して、踏みにじった二人には他の言葉が見つからなかった。
「それじゃ...どうしたら良かったんですか?
私だってこんな事したら駄目だって分かってた!
でも孝明がそうしろって」
「それが間違いよ」
「間違い?」
分からないの?
昔から文香は私達にベッタリだったから自分で考えるのを放棄してたのか?
「雄二が身体を迫ってたら、どうするつもりだったの?」
「まさか...雄二はそんな事をしなかった」
「あのね...」
なんてふざけた答えなんだ。
雄二はしなかったって、まだ高校生だから我慢していたに決まってるじゃない。
生々しい言葉に頭が痛くなる。
「それじゃキスは?
彼氏がいたのに雄二と出来たの?」
雄二は文香とキスすらしなかったと後で聞いたが、当時の私が知るはずもなく、どれだけ枕を濡らした事か。
「した事があったから...覚悟してるつもりでした」
「はあ?孝明以外に?」
「はい...」
文香が孝明以外とキスを?
一体誰と?まさか雄二...私に黙っていたの?
「幼稚園の頃...涼子姉ちゃんが私と雄二に」
「止めなさい!」
黒歴史だ。
『大人は大切な人にチューをするんだよ』って。
私は雄二と文香に...孝明にしなくて良かった。
なんてマセガキだったんだ。昔の私を叩きのめしたくなる。
でも、あれが雄二と私のファーストキスだった。
よくやったぞ昔の私...いやそうじゃない。
「本当にされたらどうする気だったの?」
「.....」
またダンマリか。
主体性が無いのにも程があるわね。
これは文香だけのせいじゃない。
だいたい見えて来たわね。
「孝明...あのバカも同罪、いや罪はもっと重いか...」
「そんな」
言うべきか悩む。
何しろ、孝明は文香の旦那で、郁ちゃんのお父さんだからな。
「教えてください...孝明さんの事を」
「良いの?」
「はい、そうじゃないと私達が先に進めませんから」
文香は眠っている郁ちゃんを見てから私に向き直った。
良い目だ、母親になってから強くなったのね。
「本当の孝明は小心者よ、周りには強がっているけど」
「ですよね」
知ってたか。
まあ幼馴染みだから当然か。
「雄二には劣等感を持っていたわ」
「まさか?」
それは知らなかったのね。
でも事実なのよ。
奴は隠していただろうが、私の目は誤魔化せなかった。
「本当よ。
運動は確かにアイツの方が雄二より出来てたけど、友達は雄二の方が多かったでしょ?
それに勉強だって」
「そう...だったかも」
雄二と文香は私と同じ高校だっだが、孝明は1つランクを落とした高校に進んだ。
奴は受験したかったそうだが、不合格を恐れた本家が止めたんだ。
一族の恥になるからって。
あの時は少し気の毒だったな。
泣いていたって、叔父から聞いたし。
「誰だって劣等感は持ってる物だけど、アイツは雄二に対して優越感を持ちたくってやったんでしょうね」
全くふざけた奴だ。
なんて女々しい、私の大嫌いなタイプだよ。
だから孝明は苦手なんだ、従兄弟じゃなかったら絶縁したいくらいだ。
「...私もです」
「何が?」
文香は何を言うつもり?
「私も嫉妬してましたから」
「嫉妬?誰に」
「涼子姉ちゃんに」
「私に?」
何で嫉妬されなきゃいけないの?
言っちゃなんだが、見た目は文香みたいに女の子らしくないし、性格だって男みたいだって言われてたよ?
本当は違うのに。
「だって涼子姉ちゃんは綺麗で、勉強も出来て、人気者で...
そんな涼子姉ちゃんは昔から雄二の事が好きで」
「ち...ちょっと待って」
一体なんの話だ?
それに私が雄二の事を好きってなんで知ってたの?
「誰だって分かりますよ、雄二を見る涼子姉ちゃんの目は...間違いなく」
「そうだった?」
なんて事だ、気づいていたのか...
「はい...だからそんな涼子姉ちゃんが好きな雄二を...私は」
「なる程ね...」
お互い嫉妬に狂った二人が惹かれあって付き合った訳か。
「雄二が居なくなって...私達心に穴が空いたみたいで...でも別れるなんて出来なくって」
「それでそのまま、結婚か」
「大学は地元で、ずっと...どこにも行けず」
やっぱりか。
私の実家は結構な旧家だ。
私が婿養子を取る話もあったが、断固拒否で家を飛び出したから。
分家筋から孝明が跡継ぎに指名されたんだ。
そりゃ、文香には窮屈な大学生活だったろうな。
「...何を間違えたんだろ...孝明は仕事、仕事って、全く構ってくれないし」
今さら後悔しても遅いが、文香の不幸が子供に及ぶのは可哀想だ。
姉ちゃんに任せなさい。
「携帯貸して」
「はい?」
「携帯よ、早く」
文香から携帯を受けとる。
ロックすらしてないか、こりゃかなり実家に縛られてるな。
『なんだよ文香、話は終わったんじゃ無かったのか?』
孝明に電話をすると、不機嫌な奴の声が返って来た。
「こら孝明」
『あ、え?まさか...』
「お前は何をやってる」
どうやら声で分かったか。
この野郎...
『涼子姉ちゃ...』
「お前に今さら名前を呼ばれる筋合いは無い。
簡潔に言うぞ、私は明日までこっちにいる。
お前は直ぐ戻って来い」
『いや、俺今出張で...』
「ほう...」
口ごたえするとはな。
コイツの勤め先は本家筋の会社と知っているのに。
「直ぐだ、貴様等がやった事全部晒されたくなかったら帰って来い」
『あ、いや、ちょっと待ってくれ!』
バカは慌ててるが、後は知らない。
通話を切り、携帯を文香に返した。
「ありがとう」
「...あ、いや...」
なぜか文香まで孝明と同じ言葉を呟いて固まってしまった。