帰ってきた2人
都会から7年振りの帰省。
幼馴染みの五木雄二と、懐かしい公園を散策していた。
雄二は私より1つ年下の24歳。
7年前に大学進学で1人暮らししていた私を頼り、翌年彼も進学の為、私の住むマンション近くのアパートにやって来た。
それ以来の帰省なのだ。
お互い幼馴染みとの恋に破れた者同士...
いや私は違う、2年前から雄二と同じマンションで暮らしているのだから。
「変わらないな」
「そうね、遊具は随分入れ替わったけど、砂場はそのままみたい」
日曜日の昼下がり、木漏れ日が注ぐ公園。
砂場の中では数人の子供達が砂山を作ったり、バケツに砂を入れ、何やら始めようとしている。
その光景は20年以上前の私達を見るようだった。
「ほら、そこをちゃんと固めないとトンネルが崩れちゃうでしょ!」
砂山に穴を掘っていた女の子が指示を出す。
彼女が砂山のリーダーなの?
「はーい」
反対側を掘り進めていた男の子が指示に従い小さなシャベルで砂山の側面を叩いて固めた。
懐かしくも、可愛らしい光景に私達は微笑んだ。
「あの子って、涼子姉ちゃんみたいだ」
「そうね、ならあの子が雄二かな」
「だな」
久し振りに私に姉ちゃんを付けた雄二。
ずっと一緒だったから雄二から姉ちゃんと呼ばれるのが当たり前だった。
でも中学位で姉ちゃんから姉さんになって、いつの間にか、呼び捨てになっていたっけ。
「涼子姉ちゃん?」
「誰?」
振り返ると1人の若い女性がベビーカーを手に掛けながら笑っていた。
相手が誰かと考える間でも無かった。
「文香ちゃん」
「久し振りです」
幼馴染みの伊藤文香ちゃん。
彼女は雄二と同い年の24歳で7年振りの再会だった。
「へえ...可愛いな」
いつの間にか隣にいたはずの雄二が、文香のベビーカーに顔を近づけていた。
中を見ると1人の幼児が気持ち良さそうに眠っていた。
「ゆ...雄二」
突然現れた雄二に文香が固まっていた。
緊張した表情の文香、その気持ちは痛い程分かった。
「名前は?」
「か、郁よ、2歳なの」
自然体のまま雄二が尋ねた。
郁ちゃんって言うのか、可愛らしい女の子だ。
「文香には似ない方が良いな」
「え?」
不器用な雄二が言った冗談に文香の表情がますます強張る。
仕方ない、お姉さんが助けよう。
「ちょっと雄二、それはどう言う意味かな。
文香の昔は可愛くなかったって意味なの?」
「いや、そんなんじゃなくって。
文香も十分見られた顔だったし...」
テンパる雄二があたふたしている。
けど、なんか余計に失礼な事言ってない?
「私はどうせ可愛くありませんでしたよ~」
「あ、そんな意味じゃなくって」
文香と雄二のやり取り。
本当、懐かしい。
この2人のやり取りを私はずっと見ていたんだ。
そう...本当に懐かしい。
「はいはい、おしまい。
文香もお母さんなんだから、煽りに乗らないの」
「だって...雄二が」
すっかり笑顔になったね、その方が貴女らしいわよ。
「涼子姉ちゃ...涼子さん、どうして今日は?」
「うん、ちょっと頼まれ事でね。
それで7年振りに」
「そっか...」
私と会話をしながら、文香の視線は時折雄二に向かっていた。
分かりやすいわね。
「そろそろ行くわね、孝明に宜しく言っといて」
「じゃな仲良くしろよ」
「いつまでこっちに居るの?」
立ち去る私達に文香が尋ねた。
チラッと雄二を確認すると、彼は小さく頷いた。
「明日の午前中に帰るわよ」
「ありがとう」
手を振りながら文香達と分かれてからずっと雄二は無言。
やっぱりまだ...
「ひょっとして...?」
「いや...そんなんじゃないから」
静かな表情の雄二。
不快な様子ではないみたいだけれど。
「...ただアイツの母親姿がな」
「だよね、孝明が父親か」
山口孝明、彼も私達の幼馴染みで、雄二達と同い年。
そして、私の従兄弟でもあった。
「だよな、孝明があの子お父さんなんだ...」
「ねえ...」
静かに呟く雄二に少しだけ聞いてみたくなった。
「まだ文香の事を許...」
「もうあの事は大丈夫...だから、こうして来た訳だし」
「そうよね」
ちゃんと話合って、そして雄二は一緒に帰って来たんだから。
「先に帰る」
「待って!」
突然雄二が走り出した。
やっぱりまだ無理だったの?
雄二が文香と孝明にされた心の傷は癒えて無かったのか。
「1人で、お願いだ」
「分かった、けど駅はそっちじゃないよ...」
消えて行く雄二の背中に呟いた。
携帯は持ってるから、後で連絡をしよう。
意外と頭が冷えたら戻って来るかもしれない。
『そうよ、雄二は私が元気にしたんだから!!』
こぶしを固め。再び公園の前を通る。
どうやら文香は帰ったみたいだ。
会えば、間違いなく睨んでいただろうから良かった、孝明なら蹴飛ばしていたかな。
「ちょっと...」
「ん?」
公園の脇に隠れる様に電話をする女性...文香だ。
「どういう事よ孝明、今日は帰るって言ったじゃない!」
どうやら文香の電話相手は孝明の様だ。
さっきまでの優しい彼女ではない、怒りに震えていた。
「もういいわ!」
乱暴に電話を切る文香の姿に唖然とする。
孝明と文香の夫婦仲は良いと叔父から聞いていたのに。
「涼子姉ちゃん...」
「ごめんなさい、聞くつもりじゃ」
私の姿に気づいた文香がやって来た。
困ったな...
「そこは何も聞いてないって言わなきゃ」
「あ...」
しまった。
でも、あんなの聞いて無いと言う方が不自然だよ。
「文香があんな大声出してたからね、うん」
「少し話...良いかな」
文香はポツリと呟いた。
私の隣に雄二が居ない事に気づいて無いのか?
...そんな筈ないよね。
「いや、その」
「お願い、誰かと話してないと...堪えられないの」
「分かったわよ」
『参ったな、なんで私が...』
大切な雄二を傷つけた女と話さなければ行けないんだ?
心の声は口に出せないまま、私は文香と近くの喫茶店に向かった。
幼い郁ちゃんは、ベビーカーの中でまだ眠っていた。
「雄二は?」
「先に帰ったわ」
「そっか...」
店に着くと文香が思い出した様に聞いた。
気になるのかな、自分がフッた男なんて。
いや、気になるか。
幼馴染みで、ずっと一緒だったし。
「やっぱり雄二は私達を許してないわよね」
「それは....」
『当たり前だろ!
雄二の告白を受け、付き合っておきながら、孝明とそれ以前から...コイツ等は...』
怒りを懸命に抑える私だった。




