91話 兄のいる時間 ウド
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「よいしょ、やっぱここが最高のロケーションだよね」
「……」
車椅子を押してウドがやってきたのは、学園の女子寮の近くにあるベンチ。
以前ウドがルドに対して自身の不安をぶつけた場所だった。
「ここは星が綺麗に見えるから好きなんだ。兄さんはどう?」
「……」
「寒かったら言ってね。ブランケットも持ってきたんだ。それじゃ、準備するから少し待っててね」
「……」
ウドは肩に掛けていたギターのケースをおろし、ケースからギターを取り出す。
ルドがウドにプレゼントしたアコースティックギターだ。
「相棒、今日は大切な人のためのワンマンライブだ。よろしく頼むぜ」
歌が大好きになったウドは、このアコギを相棒と呼んで、いろいろな場所で路上ライブをしていた。
この前の王都襲撃で、圧倒的な歌声で異形の人を弱らせたときに、王都の人々はウドの歌声を聞いて救いの声だと表現した。
そしてそれが自分たちを救ったシスハレナインの中の一人ということ、いつも路上で歌ってる子だということも知った。
「あの一件以来、路上ライブがしにくくなっちゃってね。王都の暗い雰囲気を晴らしてあげようと思ったんだけど、歌ってみたら泣きながら拝まれちゃって……嫌ってわけじゃないんだけどね」
「……」
「だから今日は兄さんにたくさん聞いてもらうよ! 久しぶりだから楽しみだな! あ、こんな遅い時間で迷惑にならないか心配してる? 大丈夫、学園側にも許可はとってるよ」
「……」
時間は既に夜中であったが、女子寮のカーテンは全て開かれていて、窓際に少しだけ顔が見える。女子寮にいる子達もウドの声が聞きたいようだった。
だが、窓を開けて聞いたり近くに来たりはしない。ルドとウドの時間を邪魔しないためだ。
あぐらをかいてアコギを膝の上に乗せるウド。1弦ずつ音を鳴らしてチューニングをする。
「最初は何からいこうか、兄さんが好きなあの曲がいいかな? 丁度星も月も見えるし」
「……」
手慣れた手つきでチューニングをしながら話すウド。全ての弦のチューニングを終え、始まりを告げる様にコードを押さえて弦を鳴らす。
「よしっ準備完了。兄さんの心にも……届かせてみせるよ。聞いてください。moon drop」
学園祭で披露した曲を、アコースティックバージョンで歌い上げる。
バラード風にアレンジされたその曲は、とても優しく夜空に響いた。
♪八方塞がりが良いんだ いつも側にいてくれるから
♪愛されてる 私は ずっと 愛する事を伝えるよ
♪相応しい世界と思えた ワタシから歌いたいメロディー
♪星空の下 もう迷わない
♪この場所から 届けよう moon drop
アウトローのギターが鳴り終える。
だが、拍手は響かない。
「どうだった兄さん? この景色の中で聞くとより一層泣けるでしょ」
「……」
「いやぁ、私もちょっと泣いちゃったよ。感情入り過ぎたかな」
「……」
「この曲はさ、兄さんの妹であること、みんなの真ん中に入れることを誇れる歌なんだ。ここで兄さんが教えてくれたんだよね」
「……」
「この場所で兄さんに教えてもらえなかったら……私は今も殻に閉じこもったままの人間だったかもしれない。兄さん、私の殻を破ってくれて……ありがとうね」
「……」
「そうだ、今日は新曲あるんだよ。まだ半分しか出来てないけどね。よかったら聞いてくれる?」
「……」
ギターを鳴らして調子を確認するウド。そして——
「それじゃ、聞いてください。"届け"」
♪光に照らされてたことに気づけたのは
♪足元に影を見つけたから
♪私の弱いところを全部さらけ出したのは
♪君が魅せる何気ない陽だまり
♪遠くにいても繋がってるよね?
♪そんな不安を掻き消すほど
♪君の声を聞きたいよ
♪ただそれだけ たったそれだけ
♪些細な願いを届けてほしい
♪色のない世界を彷徨う
♪私の心を知ってほしい
♪ただ一つだけ たった一つだけ
♪叶うとするならば
♪灰色に染まる夜空に色をつける
♪君の声が聞きたいよ
ギターが鳴り終わり、静寂が包む。
「どうだった兄さん? いい曲かな?」
「……」
「まだ未完成の曲なんだけどね、あれ……涙が……」
「……」
「兄さん……声が聞きたいよ……」
「……」
月に照らされた少女は、隠しきれない思いが溢れて唇を噛み締めながら泣いた。
今だけは許してほしいと、誰にも届かない声を心で叫んで。
明日からは、普通に戻るからと——
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