88話 兄のいる時間 ジーコ
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「兄様、着きましたわよ」
「……」
昨日はジーコがルドと手錠で繋がれる番だった。
ジーコが車椅子に座るルドを連れて来た場所はエルフ族がいる森の中だ。
いつもジーコがアルテミスと修行する場所だが、エルフ族が住処に選ぶとあって生命の鼓動を感じれるほど神聖な空気に包まれた場所だ。今のルドにとってもいい休息になるだろうと思い、アルテミスに頼んで森を貸して貰っていた。
「いつもは気づきませんでしたが、ここは空気が澄んでいてとても呼吸がしやすいですわ」
「……」
「兄様、これ覚えてらっしゃいます?」
「……」
ジーコが取り出したのは、古びた木の弓だった。子供用の為小さい。
「これは、私が初めて兄様に貰った弓ですわ。あの頃は素直にお礼が言えませんでしたが、今なら言えます。兄様、私に弓を与えてくださってありがとうございます」
「……」
小さい頃のジーコはツンデレで、素直な気持ちをハッキリと告げるのが苦手だった。
「懐かしいですわね。丁度実家の近くの森で弓の練習をしていたのを思い出しますわ」
「……」
大好きな兄から弓を貰ったのが嬉しくて、でも喜んでる姿を見せるのが恥ずかしくて、1人で弓の練習をしていたジーコ。
「ふふっ。あの頃は止まっている木に当てることさえ難しかったですが、今では、」
そう言って一本の光の矢を生み出したジーコ。そのまま人差し指をクイっと曲げると、背後に飛んでいく光の矢。
矢はヒラヒラと落ちる葉っぱを射抜き穴を開けたが、葉っぱは矢に射抜かれたことを気付いてないかのように落ち続けた。
「自在に矢を操れるようになりましたわ、兄様」
「……」
ルドに目線を合わせるように屈み、ルドの右手を両手で包み込むジーコ。
「全て兄様が与えてくださった力ですわ。兄様は……何もしていない、頑張ったのは自分自身だと仰るかもしれませんわね」
「……」
ルドの目を見つめるジーコ。ルドの目には光が無い。
ふと、ルドは今何を考えているのか気になってしまった。
孤独な者というくらいだから、1人で考え事をしているのだろうか。そして絶望感により打ちひしがれているのだろうか。
そう思うと、いても経ってもいられなくなったジーコ。そして——
静かに顔を近づけて小さな口付けを交わした。
そのまま顔を抱いて頭を撫でる。
「兄様……必ず私達がお救いしますので待っていてください。今は辛いかもしれませんが、私達はいつも側におりますよ」
「……」
相変わらず返事が無ければ体温でさえ感じない。しかし、鎖を着けるようになってから感じ始めたルドの精神力。
前の希望に満ちた力とは違うが、微かに感じる前の兄の存在。
それに向かってただ精神力を注ぐ。届くことを祈って。
それでも反応はない。
わかっていた。わかってはいたが、感情は別だ。
涙が溢れてくるジーコ。
「兄様……元気なお声を……お聞かせください……」
「……」
ルドの膝に顔を埋めて泣くジーコ。いつもであればルドが頭を撫でてくれるが、今は孤独に包まれて泣くしかなかった。
そんな時、背後から声がかかる。
「泣いていても何も始まらんぞ」
「師匠……」
姿を現したのは、ジーコの弓の師である弓神・アルテミス。
「泣いている暇があるなら、強くなれ小娘」
「わかっていますわ……でも……」
「お主がそんなではルドも嘆いているであろうな。ルドが信じた妹の姿は、泣き崩れて動けなくなる姿か?」
「……違いますわ」
「ならば、下を向くな」
「…………」
「矢は前にしか飛ばないように、弓術とは未来を切り開く物だ。お前が未来をを開け」
「…………」
そう言い残してその場から去るアルテミス。気を遣って2人の時間の邪魔をしないつもりだったが、何だかんだ泣いている弟子を放っておけなかった。
「ごめんなさい……兄様、私は前に進みますわ」
「……」
「そうですわね。こんな姿を兄様が見たら……きっと幻滅してしまいますわ。さぁ兄様、次は奥にある滝へ向かいますわよ!」
「……」
さっきまで泣いていた少女はもういない。
そこに見えるのは、自分の足で立って未来へと進む可憐な女性の姿だけだった。
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