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87話 兄のいる時間 イクス

こちらの作品は、小説サイト「カクヨム」の方で最新話を更新しております。

是非そちらでもお読み頂けると妹達が喜びます。

「兄上、それでは参りましょう」


「……」


 自分の髪の色と同じ白いワンピースに身を包んだイクスは、車椅子に座るルドと共に家を出る。


 2人の手は、手錠で繋がれている。これはアルファが作ったもので、ルドと妹を手錠で繋げば精神力を送れる仕組みになっていた。


 王都の街を歩くイクスとルド。王都の街並みだけは襲撃を受ける前と同じだ。


 アルファが大量のアンドロイドを投入して王都の修繕をしたため、街並みだけは元通りとなっていた。


 復興に力を入れなければと口にしていたアーノルドもこれには驚きを隠せなかった。


 だが、王都を歩く人の顔はどこか悲壮感が漂っている。


 大切な人を亡くした人、家族を亡くした人、友人を亡くした人。誰もが何かを失っていた。


 兄を失わなかった妹達は、まだ幸せだったのかもしれない。


「街を……守れなくてごめんなさい。兄上」


 兄の育った街を、襲撃者の手から守れなかったことを悔やむ。


 だが、その気持ちは精神力に影響してしまうと思い、イクスは両手で自身の頬を軽く叩く。


「ダメですね兄上。今日は兄上と久しぶりの2人でのデートです。天気がいいので王都の外まで行ってみましょうか?」


「……」


 声は届いていると信じて歩く。


「今日はコルがお昼にサンドイッチを作ってくれたんですよ、兄上。風が気持ちいい場所で食べましょう」


「……」


「そういえばこの前コルが喋ったのですよ。お兄様を心配して声が出たといった様子でしたので喜ばしいとは言えませんが……それでも、親を亡くしたショックからは少し立ち直ってきたみたいです」


「……」


「他の子達も心配していますよ。早く……兄上のお声が聞きたいですね」


「……」


 王都を出て街道を少し進むと、近くに大きな木に日陰が出来ていたので、イクスは木の近くへと車椅子を押した。


「日陰で風が気持ちいいですね。ここで少し休みましょうか」


「……」


 イクスは車椅子の前に立ち、ルドの身体を抱き上げて木の根元へ座らせる。イクスも左隣へ座り、ルドの左手を両手で包み込んだ。


「兄上、少し疲れましたか?」


「……」


「ふふっ。兄上がこの程度で疲れるわけはありませんね。私も騎士団で隊を預かる身として、このくらいでは疲れていませんよ」


「……」


「そう言えば、第三部隊の部隊長のエルガーがお兄様に会いたがっていましたよ。命を救われたのでお返しがしたいと言っていました」


「……」


「彼は人情に溢れた人間です。きっと兄上も気に入ります。よろしければ今度会ってあげてください」


「……」


「そういえば、マルとリンとシームがクッキーを焼いてくれたのでした。兄上も食べますか?」


「……」


 お昼の入ったバスケットからクッキーが入った小袋を取り出すイクス。小袋を開けて、小さなクッキーを取り出した。


「これはシームが作った物でしょうか? 小さくておもしろい形ですね。犬をイメージしたのでしょうか?」


「……」


「兄上、クッキーですよ」


 手に取った小さなクッキーをルドの口へ運ぶ。だが、ルドはクッキーを口に入れることはなく、クッキーはそのままルドの服の上に落ちてしまった。


「今はいりませんでしたか兄上? ごめんなさい気付かなくて……それでは私だけ頂きますね」


「……」


「甘い……優しい味がします。どうですか? 兄上も食べたくなりましたか?」


「……」


「食べたくなったら教えてください。まだこんなにありますからね」


「……」


「そういえばアルファが探し物をしてほしいと言ってました。なんでも、兄上がとても大事にしているフォルダ? だと言っていましたよ? 兄上は心当たりがありますか?」


「……」


「私も何のことかわからないのですが、どうやらそのフォルダには兄上を元に戻すかもしれない物が眠ってるそうなのです。写真のデータ……とも言っていましたね。何のことでしょう?」


「……」


「もし思い出したら教えてくださいね、兄上」


 そう言ってイクスは立ち上がり、ルドを抱きかかえて再び車椅子に乗せる。


「さ、休憩はここまでにしてもう少し歩きましょうか」


 返答のない会話は、人によっては心が折れてしまうほど苦しいことかもしれない。それでも、イクスにとってはルドが生きているというだけで幸福なことだった。


 イクスの目には、強いケツイとキボウの光が灯されていた。


「兄上、この道はどこまで続いているのでしょうか? 兄上が元に戻られたときは、今日のように一緒に歩いてみるのもいいですね。どこまでも——どこまでも」


「……」


 2人は太陽に照らされながら、終わりが見えない長い道を再び歩きだした。



長い作品になりますので、よければ【ブックマーク】してお楽しみください。

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